移転価格税制の実務研究ノート

移転価格税制の勉強の過程。実務のヒントを探しています。

[固定記事]本の目次

『移転価格税制の実務研究ノート』という本を作るイメージで、記事をまとめてみました。(まとめてみると、まだまだ自分の知識の抜け漏れが多いと感じました。)

はじめに

 

移転価格税制と寄附金

 

TNMMの論点

 

独立企業間原則/TNMMへのアンチテーゼ

 

役務提供取引とロイヤリティ取引

 

無形資産

 

金融取引

 

利益分割法

 

事前確認/相互協議

 

最近の国際税務の動向

租税回避

Pillar One

Pillar Two

 

移転価格税制の周辺

PE

外国子会社合算税制

炭素税

会社法との関係

管理会計との関係

経営学との関係

 

おわりに

 

委託契約とはリスク引受契約

以下の前回記事の続きとして、藤澤鈴雄「移転価格課税における本質的問題」『租税研究』2009年9月P.276-296のなかの、移転価格税制におけるリスクの概念について書かれている部分を読んでみたい。

tpatsumoritaira.hatenablog.com

 

独立企業間のリスク引き受け関係は、関連者間では再現できない

独立企業間では、リスクの結果がどうなるかわらかない「事前の段階」でその引受が行われ、リスク引受の対価は棚卸資産等の取引対価に含まれる形で整理される。そしてその後リスクを引き受けた者が自分の意思と費用でリスクに対応し、当該者がリスクの帳尻(結果損益)を受けることとなる。 これと同等のことが、TPM上でどこまで実現できるのかという純理論的な視点で、これまで十分議論されてこなかったように思われる。(P.286)

移転価格課税上はリスク分析を行って独立企業間価格を算定することとされている。これはリスクの引受者が、当該リスク合計損益を享受するように所得を計算することであると理解できる。そのためには①リスクの引受者を認定し、その合計損益、即ち②リスク引受対価(事前)と③リスク結果損益(事後)を算定してこれをリスクの引受者に帰属せしめる必要がある…。しかし…殆どのリスクに関して、このことは論理的には不可能であるといえる。(P.287)

このことの「根源は独立企業原則とTPMとの関係にあると考える。つまり、リスクの負担関係は独立企業間では取引価格ひいては利益に大きな影響を与えるものであるが、そのことを独立企業間では用いることのないTPM上で再現しようとすることに無理があるのである。独立企業間では①契約時点で対価を以て整理され、②その後のリスク結果損益については互いに絶縁されているが」(P.291)、関連者間ではリスク結果損益を「リスクの引受者に帰属せしめる必要がある」。

 

委託契約とはリスク引受契約

一方、「殆どのリスクに関して、このことは論理的には不可能」ではあるなかで、唯一、可能なのが以下のような委託契約、問屋契約であると指摘されている。(下線は本記事筆者。)

…一般的に関連者間においては、リスクの真の引受者の認定は困難であり、また、リスクの結果損益を区分把握することは出来ないので、リスク分析に基づいた所得計算は不可能であり、リスク分析に基づいて所得計算を行うという手順を維持するためには、リスク引受の認定方法を変えざるを得ないと結論づけた。しかし、例外的に結果損益を把握できるリスクも存在する。 …包括的なリスクを対象とした場合、例えば「全ての事業リスク」を対象とした場合には、その結果損益はその事業の純損益と言ってよいから、これを把握することは可能である。包括的なリスクを対象とした取引としては、委託契約、問屋契約がある。 これらは、本人が委託先又は問屋に対して一定の対価(リスク引受対価(事前))の支払いを約し、自らは委託等をした事業の損益(リスク結果損益(事後))を享受する契約と見ることが出来るからリスクに関わる取引であるといえる。(P.292)

委託契約、問屋契約のような契約を「リスク移転契約と呼ぶ」(P.293)こととして、「…関連者間におけるリスク移転契約については、何らかの規範を設けないと殆どフリーハンドの所得移転を容認することとなる恐れがある。特に、A社を本人、B社を問屋とする関連者間の問屋契約は、…A社がB社の事業リスクを全て引き受け、よって一定額を上回る事業損益を全てA社に帰属せしめる契約と言ってよ」い。(P.293)

「『独立企業の間であったとしたならば、果たして当該リスク移転契約は締結されたのかどうか』というテストが必要であるということなのかも知れない」が、このようなテストを「税務当局を含め当事者以外の者が行うことは不可能であろう」(P.293)。

TNMMを前提とした海外製造子会社との生産委託契約、海外販売子会社との販売委託契約も、日本親会社が「事業リスクを全て引き受け、よって一定額を上回る事業損益を全て」日本親会社に「帰属せしめる契約」なのであろう。そして、「全ての事業リスク」だけは「把握することができ」、その帰属先が決められる唯一の方法がTNMMであるからこそ、企業側としてはTNMMだけがまだ安心して採用できる方法なのであろう。

 

独立企業原則の限界

「…独立企業原則は、関連者間における恣意性の排除のための基準として独立企業の行動を参照するものといえるが、契約形態やリスク負担関係の選択に関してはこの原則からは的確な回答を得られないと考える。このような独立企業原則の限界は、更に上位の課税権の適正配分という目的から補うべきだと考える。」(P.296、下線は当記事筆者。)

そして移転価格税制の上位の目的が課税権の適正配分にあるとするならば、価格調整金こそがその目的に合致した手段であり、その本質は「価格の調整」ということよりも「利益(ないし所得)の調整」にあるはずであり、「利益調整金」という名称・位置付けがより適切のように思う。

 

経営学者の楠木建先生が引いている以下の言葉が、独立企業間原則を関連者間取引に持ち込もうとする今の移転価格税制にそのまま当てはまるのではないか。(引用されている文脈は異なるが。ここでは競争優位にある企業を他社が真似することでかえって、その真似した側の会社がおかしくなる、という意味合いでの紹介。)

しびれる名言-その3 藤沢武夫のインパクト。 - Executive Foresight Online:日立 (hitachi.co.jp)

イギリスの文学者サミュエル・ジョンソンの名言に、「愚行の原因は似ても似つかぬものを真似することにある」があります。

ちなみに、楠木先生は以下の指摘もされている。「組織ではないもの」(独立企業原則)を組織(関連者間取引)に持ち込もうとするからややこしい、ということか。

概念と対概念―その1 市場、組織、取引コスト。 - Executive Foresight Online:日立 (hitachi.co.jp)

組織の対語はひとつには個人ですが、組織は個人の集合ですから、対概念というよりも含む・含まれるの関係。取引コストの理論は組織の対概念を市場だと考えます。市場でないものが組織であり、組織でないものが市場であるということです。

 

アドビ事件のおさらい②(リスクの負担から考えると…)

この記事の続き。

tpatsumoritaira.hatenablog.com

同じ改変事例(以下の商流図)で考える。参照文献及び文献番号も前記事を引き継ぐ。以下に再掲。

  • ①藤枝純・角田信広著「移転価格税制の実務詳解(第2版)」中央経済社(特にP.158~164)
  • ②海老原宏美「独立企業原則の限界と修正ーアドビ事件を題材としてー」(2013年、「租税資料館賞受賞論文集22(中)」pp,3-105(論文へのアクセスは、公益財団法人租税資料館 第22回入賞作品より。)
  • ③居波邦泰「アドビ事案に係る国際的事業再編の観点からの移転価格課税の検討(上)」税大ジャーナル(第14号、2010年6月)、「アドビ事案に係る国際的事業再編の観点からの移転価格課税の検討(下)」税大ジャーナル(第15号、2010年10月)
  • ④田島宏一、西村憲人(編著)、南繁樹著「移転価格税制・海外寄附金のケーススタディ中央経済社、P.185-190
  • ⑤太田洋、手塚崇史「アドビシステムズ事件東京高裁判決」(中里実、太田洋、弘中聡浩、宮塚久「移転価格税制のフロンティア」有斐閣、2011年、P.44~73)

当記事では、前記事における第2時点(再編後)における関連者間取引、つまり、再編後に親会社Pが子会社Sに対して委託する販売関係の業務への対価である、業務委託料の計算方法について、もう少し考えてみたい。(上図の改変事例では、P社はS社に対して、S社のコストに数パーセントの利益を上乗せした業務委託手数料を支払う前提である。)

 

今回考えてみたいこと

前記事では、当該P→Sに対する業務委託料について、文献②を参照しながら、以下のように書いていた。

再編後も改変事例における子会社Sが「再販売者の行う主要な機能を果たし」続けている、再編後も子会社Sが「販路や営業担当者を中心とする従業員の専門知識や経験といった無形資産」を活用し続けるとするならば、第1時点(事業再編時)においては、無形資産は何も移転していないが、再編後も「再販売者の行う主要な機能」、「従業員の専門知識や経験といった無形資産」に見合った対価が子会社Sには必要ということになる。上記で引用したOECD移転価格ガイドライン(2017年版)9.65の「そのような現地の無形資産は存在するものの再編対象のメンバーの元に留まることが判明した場合、再編後の業務に係る機能分析において、このような資産が考慮されるべきである」ということである。

つまり、S社のコストに数パーセントの利益を上乗せした業務委託手数料を受領するだけでは不十分であり、販売会社と同等の機能を果たしていることから、役務提供会社に再編された後であっても、自身が獲得した売上高(P社で計上される)に対する一定率のリターンの分け前にあずかる、ということになるだろうか。

下線部、特に2つ目の引用の下線部について、自分自身が書いたことに反論してみたい。

手がかり

反論の手がかりとしたいのは、小森敦「海外論文紹介 リスク・コントロール、DEMPE機能とR&Dサービス・プロバイダーへの対価」『租税研究』2022年1月号の内容をまとめた以下の記事である。

tpatsumoritaira.hatenablog.com

多国籍企業グループにおける超過利益は、リスクを負担するグループ会社にのみ配分される。サービス・プロバイダーはDEMPE機能を遂行したり、「ユニークで価値ある貢献」を行っていたとしても、リスクを負担しない限りは、超過利益の配分に預かることはできない。リスク負担企業として認められるには、自社の活動に関連するリスクを財務上の結果とともに引き受け、かつコントロールする能力を有していなければならない。 

②どのグループ企業がリスクを負担し、どの企業グループはリスク負担をしないのかは、多国籍企業グループ自身が決定する。

③R&Dサービスの遂行に従事する社員がユニークな能力を有している等の場合には、比較可能なサービス・プロバイダーマークアップ率を修正する方法が認められる可能性がある。ただし、これはあくまでも無形資産の使用から生じる利益を分割するかたちをとるべきではない。

 

検討

再編前の子会社Sは、X国親会社Pが製造子会社Aに生産させた製品を、日本市場で販売する機能を担っていたところ、再編後は、P社自身が日本得意先に直接販売する一方で、子会社SはP社からの業務委託に基づき、実質的には再編前と同様の、売り込み、納期調整、回収支援等の業務に従事している前提である。

これは、再編前は、子会社Sが単独で販売の機能・リスクを担当していた(基本的にはLRD=Limited Risk Distributorに近い)が、再編後はPとSの2社で、Sが担っていた販売機能・リスクを分割して担当するようになったと考えることができるように思う。文献②で指摘されているように、販売の「機能」そのものを移転することは「通常困難」である。一方で、「リスク」のPとSとの間での割り振り方(担い方)によって、業務委託料の計算方法が変わってくるのではないだろうか。

下図は再編前後での販売機能に係る機能・リスクのP/S両社間での割り振りを示している。

  • 機能については、再編前後での変更点は、実際の得意先への転売オペレーション自体が、元々Sで行われていたところ、再編後はこの機能がPに移ったことを示している(青字部分)。転売オペレーション以外の、販売の中心的な機能(得意先への売り込み等)そのものは、引き続き得意先との接点であり続けるSが担い続ける。
  • リスクのうち、回収リスクや在庫リスクについては、得意先への販売を行う機能と一体であることから、再編前後でS→Pに移ることを示している。一方で、市場リスク、つまり、販売数量が不足することで赤字になるリスクは、再編前はSが負っていたが、再編後はパターン(あ)と(い)の2通りが考えられる(上表赤字で示す部分)。
    • パターン(あ)ではPがそのリスクを負担する。
    • パターン(い)では再編前と同様にSがそのリスクを負担する。

そして上記前回記事からの引用②の通り、パターン(あ)と(い)のどちらを採用するか、つまり、子会社Sに再編後、どのようなリスクを負わせるか、については、多国籍企業グループ自身が決めることである、ということであれば、そのリスクの負わせ方に応じた業務委託料の計算方法を採用すればよいことになる。

(あ)を採用するのであれば、すべてのリスクはPが担っているので、業務委託料は、Sコストに一定マークアップを乗せて計算すればよいし、(い)を採るのであればSも販売機能に係るリスクを一定を負っていることになるので、PとSとの2社で、通常の販売会社(1社)に配分されるべき利益を分割するような業務委託料の計算方式になるのではないか。

  • (あ)において、もしS社の『ユニークで価値ある貢献』が認められるのであれば、それはマークアップ率に反映される。(上記前回記事の引用③より。)
  • (い)の利益分割のイメージは、実際にPが得意先に販売した売上取引におけるP/S合算利益を、得意先向け売上高を分母としたROSベースで分配するもの。この時、Sの再編後の損益計算書においては、「得意先向け売上高」は見えなくなっている(得意先に売り上げるのはPのため)が、Pの売上高ベースで、販売機能・リスクをPとSで分担して担当するという建付けでリターンを考える必要がある。(再編後のSのPLでは収益はP社からの業務委託料となるが、この業務委託料収入とコストとの関係は一見過大に見えてしまう場合があるだろう)。

 

仮結論

最初の問いに戻る。前回記事には以下の通り書いたが、これに反論する、ということであった。

つまり、S社のコストに数パーセントの利益を上乗せした業務委託手数料を受領するだけでは不十分であり、販売会社と同等の機能を果たしていることから、役務提供会社に再編された後であっても、自身が獲得した売上高(P社で計上される)に対する一定率のリターンの分け前にあずかる、ということになるだろうか。

  • 「機能」面で考えると、上表の通り、再編前後での日本子会社Sの機能はほとんど変わりない。日本得意先に対して転売するオペレーションそのものは再編後親会社Pに移っているが、より重要な機能である、得意先への売り込み等の販売機能としての中核機能はSが再編後も担い続ける。
  • 一方で、利益配分を決定するリスク負担について考えると、再編後のS社は、販売関係業務の実行に対して、そのコストに数パーセントの利益を上乗せした業務委託手数料を受け取る形では、市場リスクを負担しない格好になっている。回収リスクや在庫リスクは再編後、直接得意先に販売するP社が負担していることは明らかであり、再編後のSはあらゆるリスクの負担をしない会社として整理されている。 そう考えると、S社は、「S社のコストに数パーセントの利益を上乗せした業務委託手数料を受領するだけ」で十分、ということになる。(つまりSが「売上高…に対する一定率のリターンの分け前にあずかる」ことはない。)

 

なお、アドビ事件においては、会社側は再編後、改変事例における日本子会社Sに相当する日本子会社は、「日本国内のアドビ製品の純売上高の1.5%の手数料及びアドビの役務提供に際して生じた直接費、間接費及び一般管理費配賦額相当額を得る」(文献②P.4)とのことであり、上記パターン(あ)と(い)が混ざったような業務委託料の形式を選択したことになる。

「役務提供に際して生じた直接費、間接費及び一般管理費配賦相当額」というのがフルコストカバーと考えると、日本子会社側は市場リスクを負っていないと考えてよさそうである。そう考えると、より(あ)の色合いが強いのかもしれない。

むしろ、日本子会社側がリスクを一切負わない前提とすると、フルコストをカバーしてもらった上に、「純売上高の1.5%」までを獲得するのは、リスクを負担していないのに利益の分け前に預かる形となっており、本件での争いとは逆に、日本子会社側が受け取りすぎのような気がしないでもない。(フルコストにマークアップを乗せる形で計算する手数料ではなく、このような方式を採用されたのは、日本子会社の売り込みモチベーションを落とさないためなのかもしれない。)

移転価格はリスク負担が10割か?

「国際税務」2023年9月号におけるジョーンズデイ法律事務所 井上康一先生の「移転価格税制についての素朴な疑問23 無形資産取引について何に留意すべきか(5)」にて参照されている論文、小森敦「海外論文紹介 リスク・コントロール、DEMPE機能とR&Dサービス・プロバイダーへの対価」『租税研究』2022年1月号を読んでみた。本論文は、Michael McDonald, Eyal Gonen, Leonid Karasik, ”Control Over Risk, DEMPE Functions, And the Remuneration of R&D Service Providers”, Tax Notes International, June 21, 2021, pp. 1615-1630の内容を翻訳、要約して紹介するもの。

 

 

まとめ

自分なりにポイントとなる点をまとめてみる。

  • 多国籍企業グループにおける超過利益は、リスクを負担するグループ会社にのみ配分される。サービス・プロバイダーはDEMPE機能を遂行したり、「ユニークで価値ある貢献」を行っていたとしても、リスクを負担しない限りは、超過利益の配分に預かることはできない。リスク負担企業として認められるには、自社の活動に関連するリスクを財務上の結果とともに引き受け、かつコントロールする能力を有していなければならない。
  • ②どのグループ企業がリスクを負担し、どの企業グループはリスク負担をしないのかは、多国籍企業グループ自身が決定する。
  • ③R&Dサービスの遂行に従事する社員がユニークな能力を有している等の場合には、比較可能なサービス・プロバイダーマークアップ率を修正する方法が認められる可能性がある。ただし、これはあくまでも無形資産の使用から生じる利益を分割するかたちをとるべきではない。

一言で言えば、「グループ内の利益配分はリスク負担がすべて」ということになるように思う。やや脱線かもしれないが、この「リスク負担」(=損失を負担すること)の覚悟なくして、より高い利益の配分のみを求めるのは、「リスク」、もっと言えばビジネスの本質を理解できていないように感じてしまう。

 

「移転価格ガイドライン」の事例

OECD移転価格ガイドライン」内でこの内容を端的に表しているのは、本論文の注釈65の参照先である「移転価格ガイドライン」第 6 章別添Ⅰ 「無形資産のガイダンスに係る事例」の事例14であると思い、以下やや長いが全文を引用する。

事例 14

46. Shuyona 社は多国籍企業グループの親会社である。Shuyona 社は X 国で設立され、事業を行っている。Shuyona グループは、消費財の製造及び販売に従事している。市場での地位を維持し、可能であればさらに高めるため、Shuyona グループでは継続的に研究を実施し、既存の製品の改良及び新製品の開発に努めている。Shuyona グループは 2 ヵ所の研究開発センターを有し、その一つは Shuyona 社が X 国で運営するものであり、もう一つは Shuyona 社の子会社である S 社が Y 国にて運営している。Shuyona 社の研究開発センターは、Shuyona グループの研究プログラム全体に責任を負っている。同センターは、Shuyona グループの経営幹部の戦略方針に基づいて活動し、研究プログラムの考案、予算の策定及び管理、研究開発活動の実施場所の決定、全研究開発プロジェクトの進捗のモニタリングを行い、概して、当該多国籍企業グループの研究開発機能を管理している。

47.    S 社の研究開発センターは、Shuyona 社の研究開発センターが指定する特定のプロジェクトをプロジェクト単位で実行している。S 社の研究開発者による研究プログラムに対する変更点の提案は、Shuyona 社の研究開発センターによる正式な承認を必要とする。S 社の研究開発センターは、Shuyona 社の研究開発センターの管理者に少なくとも月に 1 度はその進捗を報告する。S 社は、その活動に当たって Shuyona 社が定めた予算を上回る場合、追加費用については Shuyona 社の研究開発の経営管理者に承認を求めなければならない。Shuyona 社の研究開発センターと S 社の研究開発センターとの間の契約には、S 社が引き受ける研究開発に関連する全てのリスク及び費用を Shuyona 社が引き受ける旨が明示されている。S 社の研究者が開発した特許、意匠などの無形資産は全て、この 2 社間の契約に従って Shuyona 社が登録する。Shuyona 社は、S 社の研究開発活動に対し役務提供料を支払う。

48.    これらの事実に対する移転価格分析は、無形資産の法的所有者は Shuyona 社であると認識することから始まる。Shuyona 社は自社及び S 社の研究開発活動を管理運営する。Shuyona 社は予算策定、研究プログラムの策定、プロジェクト設計、資金調達及び支出管理といった業務に関連する重要な機能を果たす。こうした状況下で、Shuyona 社は、S 社の研究開発活動を通して開発された無形資産の使用から得られる利益を稼得する権利を有する。S 社は果たす機能、使用する資産及び引き受けるリスクに対して対価を受け取る権利がある。S 社への対価の額を決定するに当たり、S 社の研究開発者の相対的能力及び能率、実施中の研究の性質その他の価値へ貢献する要因は、比較可能性の要素と捉えるべきである。移転価格調整は、比較可能な研究開発活動のサービス・プロバイダーがこの役務に対して支払われる額に反映される必要がある限り、当該課税は一般に、役務が提供された年に関連付けられるものであり、S 社の研究開発活動から得られる無形資産の使用から生じる将来の利益を享受する Shuyona 社の権利には影響しないであろう。

 

論文からの引用

以下は本論文からの引用。

個人的にもっともだと感じたのは、「研究開発活動はそれ自体が目的ではなく、目的を達成するための手段である。」(P.112)という点、及びこれに続く「サービスの受領者企業がリスクをコントロールしているということは、当該企業の管理者がサービス・プロバイダーの活動を細部まで管理している、あるいは、研究開発活動の場合においてソフトウェアのコードの一行一行を検証する能力を有しているということを意味するものではない。意思決定者にはむしろ、特定分野の研究を実施する決定が既存の研究開発に及ぼし得る影響や、当該研究開発の実施に関連するリスクに関する理解が求められる。」(P.112-3)という指摘である。

これは楠木建先生が指摘されている、「商売を丸ごと任されている」経営(者)に求められるシンセシス(Synthesis:統合)と、優れた担当者に求められるアナリシス(Analysis:分解)としてのスキルの対比に通じるものがあるように思う。研究開発も経営全体からすれば「部分」に過ぎず、「部分」にいくら優れていようとも、「部分」しか担当しない者にはリスクはない代わりに、分け前に預かれることもない。

 

  1. R&Dサービスやマーケティングサービスを多国籍企業グループ内で提供するサービス・プロバイダーがDEMPE機能「を遂行し、又は『ユニークで価値ある貢献』を行っているため、多国籍企業グループ全体の収益率に連動しないコスト・マークアップではなく、多国籍企業グループの実際利益の一部分を得ることができるとの主張が複数の税務当局からなされるようになってきている。これらの税務当局は、取引単位営業利益法(TNMM)の代わりに、取引単位利益分割法を用いてこれらの企業の課税所得を決定することを求めている。」(P.98)しかし、これらの「主張の多く」は「誤りであることを示」(P.99)す。
  2. 移転価格ガイドラインは「多国籍企業グループにはそのグローバル事業を自ら適切と認められるかたちに組成する権限があ」り、その「権限には、特定のグループ企業を低リスク企業とリスクを引き受ける企業として活動させるかに関する決定を行う権限も…含まれている」とする。(P.100)*1
  3. 「…リスクを負担している企業(”risk-bearing entities”)のみが、多国籍企業グループが実際に稼得した利益の配分にあずかる権利を有する。そして、リスク負担企業として認められるには、自社の活動に関連するリスクを引き受け、かつコントロールする能力を有していなければならない。このため、リスクの引き受けとコントロールが、多国籍企業グループの示す形式と一致するかどうかを判断する上での鍵となる。…一致しているのであれば、サービス・プロバイダーが『DEMPE機能』を遂行しているか否か、あるいは『ユニークで価値ある貢献』を行っているか否かにかかわりなく、その取引構成(”structure”)は尊重されるべきこととなる。」(P.100-1)
  4. 「…多くの企業グループでは、無形資産の開発機能を含む重要な機能を非関連者に外部委託している。しかしながら、これらの取引の結果として、サービス・プロバイダーとサービスの受領者企業との間に、実際利益のシェアをサービス・プロバイダーに認めるようなジョイント・ベンチャー関係が生じることはない。また、これらの取引は、開発された無形資産の法的所有…をサービスの受領者企業が放棄する結果を生じさせるものではない。その代わり、サービス・プロバイダーは、その活動の範囲と、負担したリスクの額に相応する対価を受け取ることとなる。これと類似の原則が、関連企業間取引にも適用されなければならない。」(P.105)
  5. 「リスクの引き受けとは、リスクが顕在化した場合に生じるアップサイドとダウンサイド両面の結果を、その財務上の結果とともに引き受けることを意味する。…リスクを負担する企業は、リスクを引き受け又は回避し、これらの結果を負担し、かつ、リスク軽減機能に対し対価を支払うに足るだけの資金源へのアクセスを有している必要がある。」*2(P.108)
  6. 「…契約上と実際上の双方において関連者間取引に関連するリスクを引き受け、コントロールしている企業を特定することが関連者間取引の描写における重要なステップとなる。」(P.110)
  7. 「これらの原則は、一の企業が、他の企業をコントラクトR&Dサービス・プロバイダーとして有し、その対価が、当該サービスから産み出された技術が商業上の成功を収めるか否かにかかわりなく支払われる場合に当てはまる。仮にサービスの受領者企業が、実施すべき研究活動の内容と目標を決定し、予算を設定し、研究活動の有効性を評価し、当該研究活動の成果を商業化し、かつ、研究開発リスクを引き受ける財務能力を有しているのであれば、サービス・プロバイダーは、受領者企業のコントロールの下で活動していることになる。そのことは、サービス・プロバイダーがユニークな能力を有する人員を雇用している、あるいはサービスの受領者企業が自社内で実施できないタイプの研究活動に従事しているとしても変わりはない。」*3(P.111-2)
  8. 「研究開発活動はそれ自体が目的ではなく、目的を達成するための手段である。」(P.112)「サービスの受領者企業がリスクをコントロールしているということは、当該企業の管理者がサービス・プロバイダーの活動を細部まで管理している、あるいは、研究開発活動の場合においてソフトウェアのコードの一行一行を検証する能力を有しているということを意味するものではない。意思決定者にはむしろ、特定分野の研究を実施する決定が既存の研究開発に及ぼし得る影響や、当該研究開発の実施に関連するリスクに関する理解が求められる。」(P.112-3)
  9. 「「サービス・プロバイダーが受け取るべき対価」は、「R&D活動の遂行に従事する社員の能力や当該R&D活動の性質を考慮に入れて決定されるべきである。仮に当該社員がユニークな能力を有している、あるいはサービス・プロバイダーがユニークな分野の研究を行っているとした場合、比較対象取引に対し差異調整が認められる可能性がある。しかしながら、当該差異調整は、無形資産の使用から生じる利益を分割するかたちをとるべきではない。その代わり、同一ではないが比較可能なサービス・プロバイダーマークアップ率を修正することは独立企業間対価を得る上で認められる可能性がある。」(P.121-2)

*1:ここに付されている注釈38の参照先であるTPG9.34を引用しておく。(下線は本ブログ記事筆者。)
9.34 多国籍企業は、その企業自身がふさわしいと考えるように自社の事業を自由に組織できる。税務当局には、多国籍企業に対して、その構成をどのように設計すべきか又はその事業活動をどこで展開すべきかを指示する権利はない。ビジネス判断に当たっては、租税も考慮要素の一つかもしれない。しかしながら、税務当局は、条約、特に OECD モデル租税条約第 9 条の適用の下で、多国籍企業が採用した形式の税務結果を決定する権利を有する。このことは、税務当局は、必要に応じ、OECDモデル租税条約第 9 条に基づく移転価格課税、又は国内法(例えば、包括的又は個別の濫用防止規定)で認められた課税を、そのような課税が条約上の義務と適合する範囲で行うことができる、ということを意味する。

*2:ここに付されている注釈46の参照先であるTPG1.63、1.64を引用しておく。(下線は本ブログ記事筆者。)
1.63 リスク管理は、リスクの引受けと同じではない。リスクの引受けとは、リスクが現実化した時にリスクを引き受ける者が財務上等の結果を引き受けるとともに、リスクのプラスとマイナスの結果を引き受けるということである。リスク管理機能の一部を果たす当事者は、その管理業務の対象であるリスクを引き受けないことがあるが、リスクを引き受ける者の指示の下でリスク軽減機能の遂行を請け負うこともある。例えば、日常的な製品リコールリスクの軽減は、リスクを引き受ける者の仕様に従って特定の製造工程の品質管理のモニタリングを行う他の当事者に、外部委託されることがある。
1.64 リスクを引き受ける財務能力とは、リスクを負担するか手放すための資金、リスク軽減機能を果たすために支払う資金、リスクが現実化した場合に負担する資金へのアクセスと定義することができる。リスクを引き受ける者による資金アクセスは、利用できる資産と、リスクが現実化した場合の発生見込みコストをカバーするために必要に応じて追加的に流動資産を利用できる現実的な選択肢を踏まえる。評価は、本節の原則の下で正確に描写されたことを前提として、リスクを引き受ける者が関連者と同じ状況下の非関連者と同じ活動をしているということに基づいて行うべきである。例えば、所得を生み出す資産の使用権は、その当事者の資金調達の可能性を広げることがある。リスクを引き受ける者が、必要な資金をグループ内から調達する場合、資金提供者は財務上のリスクを引き受けることはあるが、単な る資金提供の結果、追加資金の必要性が生じるリスクを引き受けることはない。リスクを引き受けるための財務能力が不足している場合は、リスク配分に関して、ステップ 5 に基づきさらに検討を加える必要がある。

*3:ここに付されている注釈65の参照先であるTPG1.83を引用しておく。
1.83 A 社は開発での成功を追求しており、研究の一部を専門会社 B 社に委託している。ステップ 1 で、この取引では開発リスクが経済的に重要であると特定され、ステップ 2 で、契約に基づき A 社が開発リスクを引受けていることが確認された。ステップ 3 の機能分析により、開発リスクを引き受けるかどうか、及び開発リスクをどのように引受けるかについて、数々の関連する意思決定を行う能力及び権限をA 社が行使していることから、A 社が開発リスクをコントロールしていることが示された。これらの意思決定には、開発活動の実施、専門家へのアドバイスの依頼、研究者の雇用、研究の種類及びその目的、さらに B 社に配分する予算の決定が含まれる。A 社は、A 社のコントロール下で研究活動に関する日常の責任を負担する B社に対して、開発活動を委託するという手段を講じることにより、リスクを軽減した。B 社は、A 社に対してあらかじめ決められた期日に報告を行い、A 社は、開発の進捗状況及び進行中の目的が達成されているかどうかを評価し、その評価結果からプロジェクトへの投資の継続が正当かどうかを決定する。A 社は、リスクを引き受けるための財務能力を有している。B 社は、開発リスクを評価する能力を有しておらず、A 社の活動に関する意思決定は行わない。B 社の主要なリスクは、優れた研究活動の確実な実施、並びに必要なプロセス、専門知識及び資産に関する意思決定によってリスクをコントロールするための能力及び権限の確実な行使である。B 社が引き受けるリスクは、契約に基づいて A 社が引き受ける開発リスクとは異なる。A社の開発リスクは、機能分析に基づいて A 社によってコントロールされている。

残余利益分割法とリスクの負担

以下の3つの文献をもとに、残余利益利分割法の適用を巡って争われた日本ガイシ事件を題材に、残余利益分割法について、実務を中心に勉強してみたい。(すでに一度文献①をもとに考えてみたが、文献②③も拝読し、再度考えてみたい。)

 

目次

 

事件の概要

以下の取引関係図は文献①P.74及び文献③P.12(図表1)より作成。

  • 日本親会社は「セラミックス製品の製造を主な事業とする内国法人」(文献③P.12)であり、「ディーゼル車から排出される微粒子の除去フィルター(以下「DPF」…)の製造に関する特許権やノウハウ等の無形資産を有していたところ」(同P.12)、「欧州で排ガス規制が強化されたため、ディーゼル自動車用フィルターの需要が急増することを予想」(文献①P.74)して、ポーランドに製造子会社を設立した。
  • ポーランド子会社は、日本親会社から上記無形資産のライセンス供与を受け、ロイヤリティを日本親会社に支払った上で、DPFを「量産するための生産設備を整備」し(文献③P.13)、DPFを製造・販売したが、欧州での排ガス規制により「EUのセラミックス製DPF市場…における需要が急増し」(同P.13)、「競合他社…とともに2社寡占状態を形成した」(文献①P.74-5)。
  • 本ロイヤリティ取引に関して、「課税庁は、日本ガイシ株式会社(本ブログ記事筆者注:日本親会社)とポーランド子会社との国外関連取引から生じる利益が、親会社の有する無形資産から生じた利益であるとして、公表データベースにおける同業者の営業利益率に基づき、子会社の基本的利益を算定した上で、残余利益を双方の研究開発費により分割して、独立企業間価格を算定した。ポーランド子会社における研究開発費は微少であり、本件処分は、国外関連取引において生じる超過利益が親会社の有する無形資産に帰するものであり、ポーランド子会社の利益の一部は日本親会社の課税所得とされ」た(文献②P.21)。課税処分額は約62億円(文献①P.75)。
  • 日本親会社が、「…基本的利益の比較対象企業の選定に誤りがあり、残余利益の分割要因とされるファクターの選択に誤りがあることを理由に提訴し」た結果、「納税者勝訴で判決は確定した。」(文献②P.21)
    • 「本件における超過利益の配分要因は…重要な無形資産の開発に係る支出額に加えて、国外関連者の超過減価償却額を分割要因に加算することが認められ」た。(文献②P.22)
    • 「本件判決において超過利益を生み出す要因として認められたのは、EU市場における『参入障壁』である。…本判決が市場を囲い込む『参入障壁』もまた、超過利益の獲得に貢献したと認めたことにより、ポーランド子会社が欧州市場に対する供給増を目指して行った多額の設備投資のための費用が、残余利益分割法における分割の要素として、親会社の無形資産生成のための支出に対抗することができた。」(文献②P.27-28)

 

リスク負担について

平成23年税制改正「に伴う措置法通達の改正によって、残余利益の分割要因は『重要な無形資産』ではなく、『独自の機能』に基づくこととされた(同通達66の4(5)‐4)。」(文献③P.71)とのことであることから、改正前後の通達を並べてみる。(いずれも下線は当ブログ記事筆者。)

改正前
(残余利益分割法)
66の4(4)-5 利益分割法の適用に当たり、法人又は国外関連者が重要な無形資産を有する場合には、分割対象利益のうち重要な無形資産を有しない非関連者間取引において通常得られる利益に相当する金額を当該法人及び国外関連者それぞれに配分し、当該配分した金額の残額を当該法人又は国外関連者が有する当該重要な無形資産の価値に応じて、合理的に配分する方法により独立企業間価格を算定することができる。

改正後
(残余利益分割法)
66の4(5)-4 残余利益分割法の適用に当たり、基本的利益とは、66の4(3)-1の(5)に掲げる取引に基づき算定される独自の機能を果たさない非関連者間取引において得られる所得をいうのであるから、分割対象利益等と法人及び国外関連者に係る基本的利益の合計額との差額である残余利益等は、原則として、国外関連取引に係る棚卸資産の販売等において、当該法人及び国外関連者が独自の機能を果たすことによりこれらの者に生じた所得となることに留意する。  
また、残余利益等を法人及び国外関連者で配分するに当たっては、その配分に用いる要因として、例えば、法人及び国外関連者が無形資産(重要な価値のあるものに限る。以下66の4(5)-4において同じ。)を用いることにより独自の機能を果たしている場合には、当該無形資産による寄与の程度を推測するに足りるものとして、これらの者が有する無形資産の価額、当該無形資産の開発のために支出した費用の額等を用いることができることに留意する。

この「『重要な無形資産』の概念は1995年の同ガイドライン(当ブログ記事筆者注:移転価格ガイドライン)における『ユニークでかつ価値のある資産』という概念を基にしていたものである。そして、『独自の機能』の概念は、改訂後の同ガイドラインにおける『ユニークで価値ある貢献』という概念を基にしたものである。すなわち、同改訂によって、残余利益の分割要因は「資産」…である必要はなくなり、残余利益の発生に「貢献」したあらゆるものが含まれるようになったと解される。」(文献③P.75、当ブログ記事筆者注:太字箇所は、実際の引用元では傍点)

そのため、「…現行の同通達における『独自の機能』は、『重要な無形資産』よりも幅広い概念であると考えられる。そして、『独自の機能』には『重要な無形資産』はもちろん、これ以外の『ユニークで価値ある貢献』についても含まれるものと解される。」(文献③P.74)

なお、『ユニークで価値ある貢献』は「OECD移転価格ガイドライン2022年版」仮訳P.96において、以下の通り定義されている。原文用語集の英語とあわせてみておく。

ユニークで価値ある貢献
貢献(例えば、果たす機能、又は使用若しくは提供する資産)は、(i) それらが比較可能な状況にある非関連者間による貢献と比較可能でなく、かつ (ii) 事業活動において実際の又は潜在的な経済的収益の主要な源泉に相当する場合に、「ユニークで価値ある」ものとなる。

Unique and valuable contributions
Contributions (for instance functions performed, or assets used or contributed) will be “unique and valuable” in cases where (i) they are not comparable to contributions made by uncontrolled parties in comparable circumstances, and (ii) they represent a key source of actual or potential economic benefits in the business operations.

 

そして、文献③はさらに、「当事者の行為について、①超過利益への貢献の事実、②超過的な費用及び③リスクの負担という3つの要件に照らし、これらの要件を全て満たす場合には、『独自の機能』に該当すると判断す」べきであると指摘する。(文献③P.102)

 

もともと、以前の自分の記事において超過減価償却費は基本的利益の算定で考慮すればよいのではないか、という感想を書いていたが、残余利益は「当該法人及び国外関連者が独自の機能を果たすことにより」「生じた所得」(上記引用の通達66の4(5)-4)であり、「独自の機能」とは上記文献③の指摘に照らして、取引当事者が自らリスクをとって構築したものであるとすれば、ポーランド子会社が負担した設備投資は、十分な発注を得意先からもらえずに操業度損を被るリスクがあった行為であることから、その負担額は残余利益の分割において考慮されるべき、との判決がよく理解できるようになった。

 

実務面から考えたこと

指摘の回避方法

グループ経営の観点から言えば、ポーランド製造子会社の設立及びその後の設備投資のタイミングや規模を含めて、実質的には親会社側が重要な判断をしていることは往々にしてあり得る(むしろほとんどのグループ会社は親会社の事業部門が主導する意思決定を行っているはずである)が、ポーランド子会社がリスクを取って設備投資を実行した格好になってしまったことが、そもそも本件において税務当局と争うもとになったと考えられる。

今回のケースでは会社側の読みと打ち手が当たって、高利益が発生したことが日本側当局の目をひいたわけであるが、仮に市場の好機が到来せずに、投資の「当て」が外れてしまい、ポーランド子会社が操業度損を被り、赤字が継続していたならば、ロイヤリティ取引について、逆にポーランド税務当局から指摘を受けていた可能性もある。

ポイントは関連者間でのリスク負担にあるとするならば、例えば以下のような方法を採用していれば、このような課税や裁判は避けられたのであろうか?

  • 代替案①:日本親会社が下図の下の商流の通り、DPF商流に介在して、ポーランド製造子会社からの製品買取価格をコントロールすることで、ポーランド子会社の操業度リスクを吸収してしまう。
    • つまり、ポーランド子会社を検証対象法人とするTNMMを移転価格算定方法とし、比較対象取引と同等の一定利益率をポーランド子会社に保証する。
    • ポーランド子会社が設備投資額を負担したとしても、この方法であれば実質的な操業度リスクは日本親会社側が負担していることになる。
    • (なお、日本親会社がポーランド子会社に無形資産をライセンス供与し、ロイヤリティを徴収したとしても、製品取引と「行って来い」となることから、別途製造子会社が親会社を通らない取引で製品を販売しない限り、ロイヤリティ取引は省略可能と思われる。)

  • 代替案②:DPF商流は上図「もとの商流」のままとしながらも、親会社と製造子会社との間のロイヤリティ契約において、超過利益、損失が発生した場合には、いずれもロイヤリティ額の中で調整するようにする。
    • より具体的には、ポーランド製造子会社がTNMMに基づく一定利益率を確保し、それ以上の利益が発生する場合はロイヤリティ額として親会社が受け取る、あるいはそれ以下の損失が発生する場合は逆に親会社側が補填のための支払いを行う契約にしておく。
    • このような取り決めは、製造子会社の設備投資のリスクを実質的に親会社が負担していることにはなるが、実務上これが可能かどうかはわからない。(中国等変動的なロイヤリティを嫌う国もあるので相手国次第か?あるいはロイヤリティ契約でありながら、ライセンス供与をしている親会社側が支払うケースが発生する可能性のある取決めはそもそも許容されないか?)

 

研究開発と設備投資の本来的なリスク

最後に、「親会社の研究開発は長期にわたるものと考えられるが、過去からの研究開発費用を総費用としたなら…日本親会社の利益は過少ではなかったのであろうか。」(文献②P.28)との指摘について。

そもそも残余利益の分割要素として集計されるべき研究開発費用はどこを起点にすべきなのだろうか。技術開発は通常、連鎖的につながっていくものである。その製品自体の実用化開発だけがその製品を成り立たせているわけではなく、それをもたらしている材料開発、工法開発、設備開発など、さらにはそれ以前の研究段階での試行錯誤も含めると、連綿とつながる蓄積が必要である。その蓄積には膨大な時間とコストを要す。それを、ある程度市場が見えてきてから実施されるはずの設備投資と同列に見なすことには違和感が残る。

この点は、以前の記事で引用した、井藤正俊著「移転価格の実務Q&A」(清文社)で、「…時間軸で見た場合に、R&D活動が時間的なスパンでは、製造や販売活動より長い」、「R&D活動の成果は、過去からの一定の積み重ね、あるいは蓄積により実現されるのに対して、製造・販売活動は、製造期間(リードタイム)や在庫期間などの一定の期間を含むものの、1つの取引のうえでは、比較的短期間であるのが通常…」であり、「製造という行為は、比喩的な表現を用いれば、過去のR&Dによる成果を背負って行われている活動」である、と指摘されている(P.195‐7)通りである。時間的に先行する開発行為は、必然的に設備投資行為よりも高リスクのはずであるが、その点は残余利益の分割において考慮される余地がないのであろうか。(というよりも、そのような考慮は課税実務上無理であり、だからこそ、実務担当者としては残余利益分割法が生じ得る場面自体を極力防ぎたいということになる…。)

独立企業間価格の立証責任

「国際税務」2023年12月号の外国法共同事業 ジョーンズ・デイ法律事務所 弁護士 井上康一先生の解説記事「移転価格税制についての素朴な疑問26 移転価格文書化制度にはどう対応すべきか(1)」にある以下の記述(Ⅲ2(4)(a))は当然のことなのかもしれないが、不勉強でこれまであまり意識してこなかった。記事の中の注釈も参照しながら、確認していきたい。

本来、独立企業間価格に関する立証責任は、税務当局(国)が負うが、かかる推定課税がなされると、立証責任が納税者に転換されることになる。

 

□□□

まず、この点に関して、本記事注13では東京高裁令和元年7月9日 訟務月報65巻12号1745ページ(上村工業事件)参照、とのことであり、以下がその該当箇所と思われる部分である(下線は本ブログ記事筆者)。

東京高裁令和元年7月9日 訟務月報65巻12号1745ページ以下

措置法66条の4第1項を適用した更正処分が適法であるためには,処分の対象である国外関連取引が特定され,その特定された国外関連取引について「支払を受ける対価の額」が独立企業間価格に満たないことが必要である。課税要件事実については,処分が適法であることを主張する被控訴人にその立証責任があるから,課税要件事実である「国外関連取引」の特定とその特定された国外関連取引における「支払を受ける対価の額」については,被控訴人が主張立証しなければならず,その立証がない場合には,処分は取り消されなければならない。

ここで控訴人は移転価格課税を受けた会社側、被控訴人は課税を行った税務当局側。

 

□□□

次に、ローカルファイルの規定が導入される前の推定課税の根拠条文となっていた租税特別措置法66条の4第7項についての判決文が、大野雅人「移転価格課税における文書化義務と推定課税」(「筑波ロー・ジャーナル15号(2013:11)」)に引用されていたことから、元の判決文に遡って、以下の通り確認した(下線は本ブログ記事筆者)。推定課税制度は、本来的には税務当局側に独立企業間価格の立証責任があるところ、納税者側の協力が得られない場合には納税者に立証責任を負わせる、「立証責任の転換を定めた規定である」、ということ。

東京地裁 平成19年(行ウ)第149号 平成23年12月1日判決

租特法66条の4第7項は,推定による課税の制度を設けているが,これは,主として,国外関連取引における独立企業間価格の算定の根拠となる帳簿書類等の提示又は提出についての納税者の協力を担保する趣旨で設けられたものである。すなわち,独立企業間価格の算定に必要な帳簿書類等の入手は,国外関連者からのものを含めて移転価格税制の適用に必要不可欠のものであり,そのような帳簿書類等の提供又は提出について納税者側からの協力が得られない場合に,税務当局が何の手だてもなくこれを放置せざるを得ないということになれば,移転価格税制の適正公平な執行が不可能となることから,推定による課税の制度が設けられたものと解される。

…同項に基づく推定課税の制度の趣旨は前記(1)アのとおりであり,同項の構造は,独立企業間価格の算定に必要な帳簿書類等が提示又は提出されなかった場合に,課税庁において「推定」した一応独立企業間価格と認められる金額を基に更正処分等をできるものとしつつ,納税者側が適正な独立企業間価格の立証をすることによりその推定を破ることを認めるというものであることからすれば,この規定は,納税者側の書類の不提示,不提出という事情が存する場合に,独立企業間価格の立証責任を課税庁側ではなく納税者側に負わせることとする一種の立証責任の転換を定めた規定であると考えられ…

 

□□□

最後に、藤巻一男「我が国の移転価格税制における推定課税について」税大論叢42号、平成15年6月30日も見ておきたい。(以下引用はP.100より。注釈50もあわせて引用する。下線は本ブログ記事筆者。)

課税処分の適否を争う訴訟において実体法上の違法が争われる場合、租税債権の存在を主張する課税庁側が立証責任を負うものと解される(50)。推定課税の場合も、その適法性や合理性を基礎付ける事実については、被告である課税当局が立証責任を負うものと考えられる。 
 
(50)松澤智『新版 租税争訟法-異議申立てから訴訟までの理論と実務』中央経済社
(2001)420頁によれば、「課税処分の適否を争う訴訟において実体上の違法が争わ
れる場合には租税債務の存否を争う訴訟にほかならないので、実質上は民事訴訟
債務不存在確認訴訟に類するのであるから、租税債権の存在を主張する課税庁側が
立証責任を負うものと解すべきである。最高裁判所所得税の課税について所得の
存在およびその金額について課税庁が立証責任を負うと判示している(最判昭38.
3.3訟務月報9巻5号668項)」とされる。 

複数年度データ②

この記事で書いたことの続きを考えてみたい。

tpatsumoritaira.hatenablog.com

 

上記記事では、検証対象法人の利益率を単年度/複数年度のどちらの損益を用いて算定するか、そして比較対象取引も同様に単年度/複数年度のどちらを用いるか、なので、以下4通りの組み合わせで考えた。(ただし、このうち、パターン③は考えづらいので、実質的にはパターン①②④の3通りについて考えた。)

そして、各パターンにおいて、日本の移転価格税制やOECDガイドラインアメリカの移転価格税制での取り扱いを見た。

本記事では、納税者側の対応について考えてみたい。

□□□

パターン①について

  • 厳密な意味で、課税時に使用される検証対象法人と同一年度の比較対象取引の単年度データは、納税者側の価格設定時(当該事業年度開始前、あるいは当該事業年度中)には存在しない。そのため、当局側課税時と同等の対応を、納税者側が取ることは不可能である。
  • できるとすれば、比較対象取引の「単年度」に、当該事業年度以前の特定年度の単年度データを適用することであるが、そうなると、その特定の過去年度データを使用する意味を見出しづらく、①は納税者側としては採用しづらい。

 

パターン②について

  • 上記の通り、どうせ課税時に使用される検証対象法人と同一年度の比較対象取引の単年度データがないのであれば、比較対象取引は複数年度データを取っておいた方が、特定事業年度においてたまたま発生したような変動の影響を回避できる、という意味において、実務上は複数年度の比較対象取引データを取得するパターン②と④の方が、パターン①よりも優先されるはずである。
  • となると、実務上の論点は、検証対象法人のデータとして、単年度を使用するか(②)、複数年度を使用するか(④)に絞られる。
  • この点に関しては、課税検討時には検証対象法人の単年度のみが検討される(②)こと(国税庁「別冊 移転価格税制の適用に当たっての参考事例集」【事例27】(複数年度の考慮)の解説や、ここで引用されている租税特別措置法66条の4第1項)から、納税者としては②(検証対象:単年度、比較対象:複数年度)で運用しておくのが普通であろう。

 

パターン④について

  • 当局側検討時には④(検証対象:複数年度、比較対象:複数年度)が認められることは前の記事で見た通りであるが、納税者側として、価格設定を行う場合に、あるいは価格調整をある事業年度中に行う場合に、検証対象法人の複数年度データに基づくことは可能なのだろうか?
  • また、仮に可能だとして、その場合に、「検証対象法人の単年度データvs比較対象の複数年度データ」(②)で検証対象法人の利益率が比較対象取引のレンジに入っているかどうかをみるのと、「検証対象法人の複数年度データvs比較対象の複数年度データ」(④)でレンジに入っているかどうかをみるのと、どちらを優先したらよいのだろうか?
  • 例えば以下のケースAと、ケースB。
  • 前記事でも参照した藤枝純・角田信広著「移転価格税制の実務詳解(第2版)」中央経済社で指摘されている通り、「事業年度は人為的なものであることを鑑みると」(P.264)、単年度ではレンジに入っていないが複数年ではレンジに入っているケースAでは価格調整を見送り、単年度ではレンジに入っているが複数年ではレンジに入っていないケースBでは価格調整を行う(=検証対象法人の利益率を下げる方向で価格を調整する)のが、理論的には正しそうである。(つまり、パターン④(検証対象:複数年度)の検討が、パターン②(検証対象:単年度)の検討よりも優先、ということであるが、ここはもう少し詰める必要がありそう。)

□□□

 

なお、実務上はさらに、相手国との関係が出てくるので、日本側だけの検討だけでは不足である。ケースBにおいて、検証対象法人の利益率を下げる方向で価格を調整した結果、単年の利益率が比較対象取引のレンジを下回ってしまった場合、検証対象法人の所在地国側で問題となってしまう。

となると、上記ケースBで問題視すべきなのは、今年が4%の利益率見通しにもかかわらず、複数年では10%の見通しであること、つまり過去年度において非常に高い利益率実績が出てしまったことであろう。

納税者としてはケースAもBも、検証対象法人の利益率を安定化できていないという点で価格調整はうまくいっておらず、価格設定のプロセスを見直すべきであろう。そして、どの年度のおいても、常に、検証対象法人の利益率を厳しくコントロールすることだけが、このような事態を避ける唯一の方法のようである。

(具体的にはいついかなる場合でも、常に中央値を目指すことであろうか?野球に例えれば、ど真ん中を目指して投げておけば、少なくともストライクゾーンには入るだろう、ということで…。また、相手国側との関係で言えば、同じく藤枝純・角田信広著「移転価格税制の実務詳解(第2版)」で触れられているような”Cherry Picking”(P.263)的な課税をしてくる税務当局が相手となるかどうかも関係してきそうである。)

2023年中に読めなかった移転価格本5冊

「今年読んだ本の中でのベスト〇冊」という記事は多々あり、個人的には年末に出てくるそのような新聞、雑誌、ブログは大好きなのだが、ここでは、Austin Kleonの以下の記事を真似して、今年読みたかったが、読めなかった、移転価格関係の本を5冊、挙げておきたい。(脱線だが、Austin KleonのSteal Like an Artistをはじめとした著作はとても好き。)

austinkleon.substack.com

 

移転価格関係の本はそもそもそれほど多く出版されているわけではないため、実務担当者としては、移転価格関係の本が出版されれば常にチェックし、また、基本的には購入し、読むようにしている。もちろん、過去の本の多くは絶版となっていることや、また、前提としている税制そのものも現在のものとは異なっていることから、すべての移転価格関係の本を手に入れようとしているわけではないが、過去の経緯の理解のためにも、なるべく、過去の本にも手を出すようにしている。

 

□□□

以下に挙げるのは、今年買おうと思ったものの、何らかの理由で買えなかった、読めなかった5冊である。必ずしも「移転価格税制」のみをターゲットにしたものではない本も含むが、広い意味で関係していれば読むようにしていることから、ここに含めておく。また、出版年も今年とは限らないが、今年読もうとした本ということで含めた。

 

まずはこれ。出版は2021年。

www.amazon.co.jp

月刊「国際税務」の連載記事をまとめた本と思われるが、連載は毎月必ず目を通すようにしていることもあって、同じ内容であればいいかな、と思ってしまい、買わずじまいになってしまっている。また、やや初心者向きかなという気もしている。住んでいる地域の本屋では見かけないことも買えていない理由になっているが、来年は大きな書店で手にとってみたい。

 

次は今年出版された本。

今村 隆 (著), 大野 雅人 (著)「BEPSプロジェクトと各国の裁判例から読み解く 移転価格税制のメカニズム」中央経済社 (2023/7/28)
こちらも実際に手にしていない。中身は把握できていないが、実務から離れた理論の本ということで後回しになってしまっている。タイトルには魅かれるので、これも大型書店に行くしかない。

 

次も2023年に出版された理論の本。

www.amazon.co.jp

理論の本は自分に理解できるのか、という不安がつきまとうが、実務対応をしているだけでは考えがどうしても浅くなってしまうことから、専門書にも手を出すようにしている。この本は実際に書店で手に取ったが、手強そうな印象を受け、書棚に戻してしまった。来年は購入する(かな?)。

 

こちらは年末に出版されたようだが、まだ書店で実物は目にしていない。実務寄りと思われるが、「入門」書とのことなので、中身をみて、初心者に寄り過ぎていなければ、買うつもり。

PwC税理士法人 (編集)「現場で役立つ「移転価格」入門」中央経済社 (2023/12/28)

 

最後は移転価格税制に限定した本ではないが、2023年の出版。

佐和 周 (著)「これだけは押さえておこう海外取引の経理実務ケース50〈第3版〉」中央経済グループパブリッシング(2023/8/31) 

こちらは第2版を持っていることから、第3版の購入を躊躇してしまっている。佐和先生の本は実務寄りで、実務の取っ掛かりとして非常に参考になるため、国際税務関係の著書はほとんどを購入している。

□□□

今後、移転価格税制の本はもっと多く、読み切れないほど出版されてほしい。国際課税のルールは激動期と言われているが、だからこそ、いろいろと勉強していきたい。