移転価格税制の実務研究ノート

移転価格税制の勉強の過程。実務のヒントを探しています。

雪かき仕事と火消し仕事

     f:id:atsumoritaira:20201227072908j:plain

ちょっと脱線します。

題名の「雪かき仕事」は内田樹著「村上春樹にご用心」(アルテスパブリッシング)に収められている「村上春樹とハードボイルド・イーブル・ランド」の以下の箇所(P.205)より。

雪が降ると分かるけれど、「雪かき」は誰の義務でもないけれど、誰かがやらないと結局みんなが困る種類の仕事である。…人知れず「雪かき」をしている人のおかげで、世の中からマイナスの芽…が少しだけ摘まれているわけだ。私はそういうのは、「世界の善を少しだけ積み増しする」仕事だろうと思う。

同じ文章の最後(P.211)にはさらに、以下のことも書いてある。

そして、おそらく、そのような危機の予感のうちに生きている人間だけが、「世界の善を少しだけ積み増しする」雪かき的な仕事の大切さを知っており、「気分のよいバーで飲む冷たいビールの美味しさ」のうちにかけがえのない快楽を見出すことができるのだと私は思う。

脱線している記事のなかで、さらに脱線すると、内田先生のこの文章の初出は昔よく読んでいたMeets Regionalという関西の雑誌の2002年3月号で、この文章は当時読んだ記憶がある。Meets Regionalという雑誌は自分にとって不思議な雑誌で、特集にもよるが、典型的には様々な関西の場所(京都、大阪、神戸など)の飲み屋・レストランが紹介されていて、ぱらぱらとめくるのが楽しいけれども、実際に紹介されている飲み屋には元々飲み歩くことが好きでもないので一軒も行ったことがない。でもなぜかーー記事が魅力的なのか、写真なのか、編集なのかーーよくわからないけれども、Meets Regionalは一時期よく買っていた。(Meets Regionalに限らず、実はこの雑誌を発行している京阪神エルマガジン社という出版社の出版物全般が魅力的。)

 

話をもとに戻すと、企業内における移転価格実務で最も大事なのはこの「雪かき仕事」だと思っている。「世界の善」を積み増しするほど大げさなものではもちろんないのだが、要は雪が降る中で(=企業内外の状況が様々に変化していく中で)、いかに降り積もってしまって「みんなが困る」前に、「マイナスの芽」(=将来の課税リスク)を摘んでおけるか、にかかっている。それは例えば、移転価格の典型的な実務であれば、「毎年の海外関係会社の利益率をとにかくレンジ内に収めること」だったり、一つずつの新しい取引の検討だったり、各部門にガイドラインを提示したり、さらには、より難易度の高い、買収会社との移転価格ポリシーの話だったり、というような対応をいかにしっかりとできるかにかかっている。

 

しかし、このような地味な「雪かき仕事」に対して、一方で、題名で取り上げた「火消し仕事」も税務の世界には存在する。こちらは、勝手に命名しただけだが、移転価格実務で言えば、課税当局に目をつけられてしまい、移転価格調査の対応をする仕事である。要はすでに火がついて、炎上しているイメージの仕事である。原因としては「芽」のうちに対応できなかった、そもそも気付いていなかったこともあるし、あるいは、会社側では全く問題ないと思っていたが、ある種「理不尽」と感じられるような突然の指摘もあり得る。

企業内で税務の仕事をしていると、実は「火消し仕事」の方が社内的な「受けがいい」と感じてしまうことがある。「調査が入った!」「〇億円の課税の指摘を受けた!」と事業部門や経営層等の社内関係者に報告している方が「仕事をしている」と見られがちかもしれないし、自分自身でも「仕事をしている」という実感、あるいは変な高揚感すら味わえるかもしれない。

もちろん「火消し」も必要であるし、大事なことではあるが、やはり、税務の実務担当者としては「火」が発生した根本的な原因に遡らないといけないと思っている。「なぜ指摘を受けてしまったのか」から、過去の「雪かき仕事」をよく見返し、どこに「漏れ」があったのか、なぜ「漏れてしまったのか」を考え、そして、今後に向けて必要な手を打っていかないといけない(それはあまりに「過去」のことで、自分が担当していなかった時期のことかもしれないが、そんなことは関係ない)。

 

こんなことを考えていたら、月刊「国際税務」の2020年12月号の記事「誌上座談会 税務調査への対応経験を活かしたグローバル税務マネジメント力の向上〈上〉」に同じようなこと(と勝手に解釈しただけかもしれないが)が書いてあって、やっぱり、と意を強くした。

以上、自分に対する「戒め」として書きました。