グループ内役務提供取引を考えるに当たって、個人的によく整理ができていない問題の一つが、「本社費をどこまで個別回収すべきか?」という論点である。
■移転価格事務運営要3-10(3)の注書きについての疑問
移転価格事務運営要領3-10(3)は、いわゆる「株主活動」として、グループ内役務提供の対象外として、対価の回収は必要ないものを定めている。ここで気になるのが下線部の注書き(注1)である。(下線は筆者。)
(3) 国外関連者の株主又は出資者としての地位を有する法人(以下(3)において「親会社」という。)が行う活動であって次に掲げるもの(当該活動の準備のために行われる活動を含む。)は、国外関連者に対する役務提供に該当しない。
イ 親会社が発行している株式の金融商品取引法(昭和23年法律第25号)第2条第16項(定義)に規定する金融商品取引所への上場
ロ 親会社の株主総会の開催、株式の発行その他の親会社に係る組織上の活動であって親会社がその遵守すべき法令に基づいて行うもの
ハ 親会社による金融商品取引法第24条第1項(有価証券報告書の提出)に規定する有価証券報告書の作成(親会社が有価証券報告書を作成するために親会社としての地位に基づいて行う国外関連者の会計帳簿の監査を含む。)又は親会社による連結財務諸表(措置法第66条の4の4第4項第1号に規定する連結財務諸表をいう。以下同じ。)の作成その他の親会社がその遵守すべき法令に基づいて行う書類の作成
ニ 親会社が国外関連者に係る株式又は出資の持分を取得するために行う資金調達
ホ 親会社が当該親会社の株主その他の投資家に向けて行う広報
ヘ 親会社による国別報告事項に係る記録の作成その他の親会社がその遵守すべき租税に関する法令に基づいて行う活動
ト 親会社が会社法(平成17年法律第86号)第348条第3項第4号(業務の執行)に基づいて行う企業集団の業務の適正を確保するための必要な体制の整備その他のコーポレート・ガバナンスに関する活動
チ その他親会社が専ら自らのために行う国外関連者の株主又は出資者としての活動
(注)1 例えば、親会社が国外関連者に対して行う特定の業務に係る企画、緊急時の管理若しくは技術的助言又は日々の経営に関する助言は、イからチまでに掲げる活動には該当しないことから、これらが(1)に定めるとおり当該国外関連者にとって経済的又は商業的価値を有するものである場合((2)に該当する場合を除く。2において同じ。)には、国外関連者に対する役務提供に該当する。
2 親会社が国外関連者に対する投資の保全を目的として行う活動についても、(1)に定めるとおり当該国外関連者にとって経済的又は商業的価値を有するものである場合には、国外関連者に対する役務提供に該当する。
下線部は一体何を言っているのだろうか。
- まずわからなかったのは「特定の業務に係る」がどこまでかかるのか。「企画」だけにかかるのか、それとも、その後にもかかるのかーー例えば「特定の業務に係る日々の経営に関する助言」という形でつながるのか。
- 仮に「日々の経営の助言」には「特定の業務に係る」という限定が付かないのであれば、「日々の」「助言」のすべてが回収対象の本社費になってしまうのだろうか。
- また、「特定の業務」とはそもそも何なのか。
本社の活動は大雑把に言えば、グループ全体の事業戦略を策定し、その戦略に沿った研究開発を実行したり、戦略に基づくグループ経営を行うことである。そしてそのグループ経営には、子会社が全体戦略に沿って動いているか、問題が起きていないかを確認し、軌道修正することが含まれているところ、国外関連者に対する「日々の経営の助言」のすべてが国外関連者に対する役務提供と言われると、本社費の大きな部分を個別請求しないといけないことになってしまう。本社は連結経営を志向するので、すべての業務が「回りまわって」グループ全体のためになるのが当然であるが、「回りまわって」の部分まで請求対象なのか。そうではないとしたら「回りまわって」の部分と、そうでない部分との線引きはどうすればよいのか。また、役務提供を受けた立場となる国外関連者側の税務当局に費用請求(の損金算入)が認められるのか、という観点でも考えないといけない。
■個別回収すべき本社費についての検討
ここで参照させて頂くのは『月刊国際税務』2017年2月号における、田島宏一「パターン別 海外進出中堅企業の移転価格&寄付金課税リスクと対策<5>第5回 経営指導料・マネジメントフィーの回収」という記事である。
この記事では上記の下線部について、以下のように解説されている。(田島先生の記事の執筆時には移転価格事務運営要領における該当箇所は3-9。また、上記の現3-10の下線部の文言は旧3-9における注書きとは若干文言が異なるが、内容的にはほぼ同じと判断した。)
…上記注書きの通り、本社業務の中でも、子会社の要請に基づいて行うものや、本社が行わなければ対価を支払ってでも第三者に依頼すると考えられる代行業務、子会社のために行う個別具体的な支援などは、「経済的又は商業的価値を有するもの」として対価を回収しなければ移転価格課税の対象となります。(中略)
対価回収が必要な「経営指導」は、子会社の社長や経営企画部等が行うべき活動を本社が代行することや、個別具体的に現地での経営方法を本社が指導するような場合に限られるものと考えられます。
上記解説のうち、「子会社の要請」、「代行業務」、「個別具体的な支援」がキーワードと考えた。仮に国外関連者がTNMMの検証対象となるような、比較的単純な製造機能、あるいは販売機能のみを有する子会社と考えた場合、「その子会社の本来的な機能(製造ないし販売)に関する依頼に対して、本社として具体的な支援をした場合」(だけ)が、回収対象となるのではないだろうか。海外製造子会社は製造機能を自ら遂行すべきであるが、具体的に発生した製造に関する困りごとに対して、自らだけでは解決できず、本社の支援を子会社側から頼んできた場合が該当する。個人的にはこれですっきりしたように感じたが、実務上はどうだろうか。
仮にまとめるとすると、子会社から個別回収すべき本社費かどうかの判定は、以下の点を検討すればよさそうである。以下に該当すれば、個別回収すべき、ということになる。(ただし、抜け漏れ、重複のない状態まで整理できたチェックリストにはなっていない。)また、これらの点を満たしていれば、役務提供を受ける側の税務当局にも認められるのではないだろうか。*1
- 本社が行わなければ、子会社自らその活動を実施(ないし別途他法人に依頼)しないといけない活動か?(移転価格事務運営要領3‐10における大原則)
- 子会社から依頼されているか?
- 子会社の本来的な機能(製造や販売)に関する依頼か?
- 本社側から個別具体的に支援をしたか?…最も分かりやすいのは本社から現地に出張して支援をする場合。
- 株主活動に該当しないか?
■「参考事例集」【事例26】を用いた検討
ここで、国税庁「別冊 移転価格税制の適用に当たっての参考事例集」の【事例26】(企業グループ内役務提供)に列挙されている、日本法人から国外関連者に対するイ~タの活動例が国外関連者に対する役務提供に該当するかどうかを考えてみたい。このイ~タの活動例のうち、二、ホ、ト、チ、ヨ及びタは「株主活動」として国外関連者に対する役務提供に該当しない旨が説明されているため、これらを除いた活動例について、考えたい。
また、【事例26】では必ずしも明らかではないが、日本法人P社は本社としてグループ全体の事業戦略の策定、研究開発(生産技術含む)、販売戦略等を担い(重要な無形資産もP社が保有)、一方の国外関連者S社は製造・販売という限定機能のみを担う(重要な無形資産は保有しない)という仮定を追加した上で考えてみたい。
ただ、考えれば考えるほど、具体的な活動内容、そもそもの本社と子会社の間の機能保有の線引き等、様々な仮定を加えて考えないと結論が導き出せず、つくづく役務提供取引の判断は難しいと感じた。そのため、このような検討は思考訓練に過ぎず、実務上は具体例のなかで、関係部門に話を聞き、また、証憑となる資料等を確認しながら、いかに「事実」を把握するか、にかかっていると思う。