移転価格税制の実務研究ノート

移転価格税制の勉強の過程。実務のヒントを探しています。

「文書化」の重要性

税務調査で聞かれることから逆算して日々の業務を行っておく必要がある、ということについて。

 

例1:価格調整

例えば、国外関連者との棚卸取引があり、その棚卸取引の移転価格算定方法がTNMMであると想定した時に、様々な要因により期中の棚卸取引価格を調整する必要に迫られることがある。このような期中の価格調整(のうちの、厳密には、日本側所得を減らし、国外関連者側所得を増やす調整)については、日本側の法人税調査において、以下のような指摘を受けるリスクがあり、対応が必要な旨が「図説 移転価格税制 Visual TP(全訂第3版) 」萩谷 忠, 伊藤 雄二, 税理士法人フェアコンサルティング で説明されている。(脱線するが、本書は移転価格事務運営要領、及び別冊の参考事例集を掲載するだけでなく、それぞれに「ワンポイント解説」が追加されており、実務上非常に役に立つ。)

この価格調整は、日本における法人税調査において、調査官から『価格調整ではなく国外関連者に対する寄附金である』と指摘されるリスクがあります。そのリスクを回避する、つまり、価格調整は文字通り価格調整であって、寄附金ではないということを調査官に主張できるよう、法人と国外関連者との間での国外関連取引に係る取引基本契約等に、『国外関連取引価格とローカルファイルに記載された独立企業間価格が乖離する場合には、国外関連取引価格が独立企業間価格となるよう価格調整を行う』旨記載し、その記載内容に基づき…価格調整を行うのがよい…。(P.345)

このような主張を行うためには、取引基本契約のほかに、以下のような(広い意味での)「文書」を提示して説明できると良さそうである(というよりも、価格調整について調査の場面で説明が求められた際には、これらの資料要求も併せて行われるだろう)。また、海外当局側への説明用としてはこれらの全部は難しくとも、部分的には英語(場合によっては中国語)での「文書」も必要になろう。

  • 移転価格(TNMM)対応目的での価格調整について定めたグループ内の規定、ルール、ガイドライン
  • その規定やルールに定められた、価格調整を実行するまでの必要な社内諸手続き(起案、決裁、実行の各段階)についての、実際の記録(決裁文書、システム上の決裁記録、システム登録画面のコピー等)
  • 実際の価格が上記決裁通りに変更されていることを示すもの(変更前後での価格計算の記録、実際に変更前後の価格で取引が実行されていることを示すインボイス等)
  • グループ内関係者(取引相手の国外関連者、関連する事業部門等)に価格調整を実行する旨を通知した文書等

 

例2:役務提供取引

調査で想定される場面のもう一つの例として、日本の親会社が国外関連者から役務提供を受け、その対価を支払った取引について聞かれることが想定される。このような取引については、移転価格事務運営要領3-10(5)に以下のように書かれている。(「措置法第66条の4第3項の規定」とは国外関連者に対する寄附金の損金不算入。)

(5) 法人が国外関連者に対し支払うべき役務提供に係る対価の額の妥当性を検討するため、当該法人に対し、当該役務提供の内容等が記載された書類の提示又は提出を求めることとする。この場合において、当該役務提供の実態が確認できないときは、措置法第66条の4第3項の規定の適用について検討することに留意する。

(注) 「役務提供の内容等が記載された書類」には、例えば、帳簿や役務提供を行う際に作成した契約書が該当する。

このような役務提供取引の妥当性の説明に当たっては、上記の3-10(5)の注で触れられている帳簿や契約書も含めると、以下のような「文書」が有効と考えられる。

  • 契約書
  • 取引内容や契約書の締結についての社内の決裁文書
  • 契約書、決裁文書に定められた通りに役務提供の対価が計算されていることを示す計算書類
  • 計算された通りの金額が記載されたインボイス
  • インボイス通りに支払われたことを示す会計データ、送金データ
  • 国外関連者に役務を委託するに当たって、委託する業務内容の詳細を事前に両社間で調整したことや、日本の親会社が事前に指示・依頼したことを示す証憑(業務の計画書、指示書、予算書、すり合わせ時の議事録等)
  • 実際にそのような役務の提供を受けたこと、役務の成果物を示す証憑(議事録、報告文書、成果物そのもの等)

 

「文書化」とは

つまり、「文書」化とは、いわゆる「移転価格文書」として対象年度が終了した後に税務コンサル等に委託して作成する、あるいは会社自ら作成する、事後的、義務的、かつ、ある意味で形式的に行う業務ではなく(そういう面ももちろんあるのだが)、より重要なのは、取引を行う前、あるいは取引の実行と同時に、最終的に税務調査で説明している場面を頭に思い浮かべながら、行われるべき業務であるという実感を持っている。

この一連の「文書」化が、税務部門はもちろんのこと、取引を実際の行う社内各部門の側でも、ある種の「業務の型」とでも言うべきレベルで浸透して実行していないと、調査での説明は途端に難しくなる。また、仮にこれらの「文書」がなくて、税務部門による口頭での説明や、社内部門担当者に対するインタビュー等々で問題がないことが調査の過程で確認されるとしても、当局側及び会社側の双方にとって無用な手間と時間がかかることになる。(付け加えると、そのような「文書」抜きによる対応では、当局側が会社の税務コンプライアンス、ガバナンスに対して抱く印象も悪くなり、その他の取引も「一事が万事」として念入りに見られるかもしれない。)

そして、「型」として広く社内各部門にこれらの「作法」を定着させるためには、まずは税務部門において社内向けの規定やルール、ガイドラインを策定すること、そして、その策定した規定等についての周知・教育・指導を地道に行っていくしかない。