移転価格税制の実務研究ノート

移転価格税制の勉強の過程。実務のヒントを探しています。

「経営指導の対価を収受していますか?」

森貞夫 東京国税局調査第一部国際監理官による「国際課税の動向と執行の現状」と題する講演内容をまとめたものが『租税研究』2023年8月号、P.81 -123に掲載されている。税務に関するコーポレートガバナンスから最近の国際課税の動向まで、様々な興味深いトピックが取り上げられているが、ここでは移転価格調査に関する事項として取り上げられた役務提供取引について確認しておきたい。

 

国外関連者に対する役務提供取引のケースの一つとして、「国外関連者から経営指導の役務提供の対価を収受していますか」(P.84)という質問が取り上げられている。ここで森国際監理官は以下の指摘をしている。(下線は本記事筆者。)

経営指導に係る役務提供の対価を収受していない理由として、親会社が子会社の経営を指導するのは、最終的に親会社のためであるといった説明がされることが多々ありますけれども、この場合の判断基準は、親会社である日本法人P社が国外関連者に対して行う役務提供が、株主としての活動か否かということになる…。親会社が行う株主としての法令上の権利の行使とか義務の履行は、株主として自らのために行う活動であるため、国外関連者への役務の提供には該当いたしません。(P.84-5)

そして株主活動に該当する具体的な活動については、参考事例集の事例26の解説を参照せよとのことである。

ここで事例26をあらためて確認すると株主活動に該当するとされているのは、ニ(株主総会開催のための子会社データ収集)、ホ(有価証券報告書作成のための子会社データのチェックと指導)、ト(連結財務諸表監査のための外部監査人の子会社監査同行)、チ、ヨ(投資家向け広報)及びタ(CbCR作成目的)である。チについては以下にそのまま引用する。

チ P社は、会社法に基づいて行う企業集団の業務の適正を確保するための必要な体制の整備 を図るため、S社の所在地国における現地法令の遵守状況を監査するとともに、問題点が把 握された場合にはS社に対して改善指導を行っている(S社は自らにおいても現地法令の遵 守状況の監査を行っている。)。

また、「例外的に、対価を収受しなくていい場合」として「親会社がその活動を行わなかった場合でも、国外関連者が自ら行う必要がない場合、又は第三者に同様の役務提供をしてもらった場合に対価の支払いが発生しないような場合」を挙げている(P.85)。移転価格事務運営要領3-10(1)における大原則そのままであるが、講演で取り上げている2つの事例、すなわち国外関連者に対する「取引条件交渉サポート」と「システム開発・保守」については、この「対価を収受しなくていい場合」に該当するのは「なかなかレアなケースではないかと思」うとして「対価を受けるべき役務提供に該当する可能性が高いものとして紹介」している、と説明されている(P.85)。

 

そして、本事例の前に取り上げられている、同じく役務提供取引に関する「国外関連者から製造設備の保守・点検等の対価を収受していますか」(P.84)という質問に対する回答として、森国際監理官が以下の指摘をしている点も、あわせて注意が必要であると感じた。(下線は本記事筆者。)

…調査の場面において、保守・点検サービスの対価を収受していない理由として、部品aの販売価格にそういったものが含まれているという説明を受けることがあります。そのような場合には、部品の販売価格の設定時の算定資料を提示した上で、部品aの価格が保守や点検の対価相当分を含めた合理的な価格設定となっていることを、調査の際に説明いただくこととなります…。(P.84)

つまり、概念的に棚卸取引価格に含まれているという説明だけでは駄目で、具体的に価格に含まれていることを示す必要があるということ、である。(なお、ここで取り上げられている事例では日本法人P社が国外関連者S社に対して部品a販売をするとともに、製造設備の保守・点検という役務提供を行っており、S社が部品aを使用した製品Aを第三者に製造販売しているが、仮に、製品AをP社が全量買い戻し、P社が第三者に販売する場合には、S社が製造設備の保守・点検サービスの対価をP社に支払ったとしても、S社は当該対価を製品Aの売価に乗せてP社に販売するだけのため、保守・点検サービスの対価の収受を省略する余地が出てくるものと思われる。)

 

まとめると、国外関連者に対する役務提供については、

①最終的にその役務提供が最終的に親会社のためになるという説明で対価の収受が必要不要と認められるのは、株主活動に該当するごく限られた活動のみであること。これを除いては、その対価を収受する必要があること、

②役務提供の対価の収受方法として、当該対価を棚卸取引価格に含めること自体は否定されるものではないものの、価格に含まれていることは具体的にその事実を示す必要があること、

…に注意が必要であると感じた。

そして、さらに付け加えるとするならば、企業側としては、国税が国外関連者に対する役務提供取引を移転価格調査に関連する事例の筆頭に取り上げたこと、またその取引例として製造設備の保守・点検及び経営指導を取り上げたことの意味をよく考え、これらの役務提供取引には十分に注意を払う必要があることを確認しておくべきであると考える。