移転価格税制の実務研究ノート

移転価格税制の勉強の過程。実務のヒントを探しています。

株主活動費用の二つのアプローチ(続き)

前回記事の続き。OECDガイドライン7.10の中の、株主活動費用の例示に続く記載にて言及のある報告書「1984年報告書」(“1984 Report”、正式にはTransfer Pricing and Multinational Enterprises – Three Taxation Issues (1984))において、株主活動費用の範囲を決めるに当たって、二つのアプローチが考えられるとされている。今回はそれぞれのアプローチについてもう少し考えたい。

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一つ目のアプローチ(日本の立場)

一つ目のアプローチは、「1984年報告書」の「親会社による管理、調整、統制活動にかかるコストのかなりの部分は、親会社が負担すべきではなく、多国籍企業グループ内の各社に配分されるべきである」("The Allocation of Central Management and Service Costs"のパラグラフ37.)とする立場である。

これは株主活動費用の範囲を「非常に限定的」であるとする日本国税の立場に近いものであろう。これは、当時の東京国税局調査第一部国際監理官 古川勇人氏による講演内容を取りまとめた『租税研究』2006年5月の記事、「国際課税に関する課題ー企業グループ内の役務提供に関する移転価格問題ー」(P.97‐105)に出てくる発言である。(この記事を取り上げた以下の記事参照。)

また、日本の移転価格税制における株主活動費用の取り扱いは、以下の記事でもすでに引用しているのでここでは繰り返さないものの、移転価格事務運営要領3-10(3)に記載の通りである。

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一点だけここで取り上げたいのは、移転価格事務運営要領3-10(3)の注1である。

1 例えば、親会社が国外関連者に対して行う特定の業務に係る企画、緊急時の管理若しくは技術的助言又は日々の経営に関する助言は、イからチまでに掲げる活動には該当しないことから、これらが(1)に定めるとおり当該国外関連者にとって経済的又は商業的価値を有するものである場合((2)に該当する場合を除く。2において同じ。)には、国外関連者に対する役務提供に該当する。

ここで、「特定の業務に係る企画」、「緊急時の管理」、「技術的助言」という3つが並列関係として提示され、さらに「又は」として「日々の経営に関する助言」が追加され、これらが「国外関連者にとって経済的又は商業的価値を有するものである場合…には、国外関連者に対する役務提供に該当する」と言っている。これは勝手な解釈であるが、要は親会社による子会社に対する「助言」活動は、コンサルタントがアドバイス提供を生業として顧客に対価を要求することと同様に、「役務提供に該当」し、子会社に対価を請求することが必要ということであろう。

 

二つ目のアプローチ(中国の立場)

二つ目のアプローチは、「1984年報告書」の"The Allocation of Central Management and Service Costs"のパラグラフ41.の通り、グループ会社に対して明確な便益をもたらしていることが特定でき、かつ、定量化できる役務でない限り、親会社自身が負担すべきとする考え方である。

これは、中国の「国税総局は 2014 年に国際連合に提出したコメントレター」(deloitte-cn-tax-tap2152015-jp-150420.pdf)の立場に近いかもしれない。この「コメントレター」が正確にどのレターを指しているのか、わからないが、恐らく、以下の国際連合のリンク先の文書と思われる。

Microsoft Word - China (un.org)

この文書はState Administration of Taxation (“SAT”) People’s Republic of China ”Views on Service Fees and Management Fees”と題され、中国国家税務総局が「国外関連者へのサービス費およびロイヤルティーの支払に関する技術的立場を正式な文書の形にしたもの」(上記リンク先添付のデロイトのTax Analysisより)として2015年に公布した16号公告「についてよりよく理解するための助けとなる」(同)ものとされている。

OECDガイドライン「第 7 章 企業グループ内役務提供に対する特別の配慮」の7.6は「グループのあるメンバーによってグループの他のメンバーのために活動が行われた時に企業グループ内役務提供が行われたか否かという問題」の検討においては、「その活動がグループの個々のメンバーに対して、商業上の地位を高める又は維持するために、経済上又はビジネス上の価値を提供するか否か」、より具体的には「比較可能な状況にある独立企業が、その活動が独立企業によって行われる場合にその対価を支払うか、又は自分自身のために自らその活動を行うかについて検討することによって決定することができる」とする。当コメントレターにおいて、中国はこの考え方に同意するものの…ということで、以下の通り続く。(日本語訳はDeep Lの翻訳を微調整したものであり、正確には原文に当たって頂きたい。下線は当記事筆者。)

The PRC generally agrees with the framework on intra-group services provided by the OECD TP Guidelines, however in addition to the analyses outlined in the OCED TP Guidelines, we believe that the following issues should also be taken into account:

中国側は、OECD移転価格ガイドラインが提供するグループ内サービスに関する枠組みに概ね同意するが、OECD移転価格ガイドラインに概説されている分析に加え、以下の論点も考慮する必要があると考える:

1. When applying the benefit test, it should not only be considered from the service recipient’s perspective. Instead, the analysis should be performed from the perspective of both the service provider and the service recipient. One example is services provided by a parent company that are associated with its own strategic management, but not classified as “shareholder activities”. Although the subsidiary may benefit from such services, the parent company will benefit more. Therefore, the parent company should not charge service fees to the subsidiary merely because the subsidiary may benefit from such services.
便益テストを適用する場合、サービス受領者の視点からのみ検討すべきではない。むしろ、サービス提供者とサービス受領者の両方の視点から分析を行うべきである。一例として、親会社が提供するサービスが挙げられる。
例えば、親会社が提供するサービスで、親会社自身の戦略的経営に関連するものであるが、「株主活動」には分類されないものである。子会社はそのようなサービスから利益を得るかもしれないが、親会社はそれ以上の利益を得ることになる。したがって、親会社は、子会社がそのようなサービスから利益を得る可能性があるという理由だけで、子会社にサービス料を請求すべきではない。


2. When performing the benefit test, analyses should also be made with regard to whether the services are necessarily needed by the subsidiary. For example, various advisory and legal services provided by a parent company may indeed confer some benefit to a manufacturing subsidiary in China. However, these high-end services may not be needed from the perspective of the subsidiary given its functions and a cost-benefit analysis.
便益テストを行う際には、そのサービスが子会社にとって必然的に必要であるかどうかについても分析を行う必要がある。例えば、親会社が提供する様々な助言サービスや法務サービスは、確かに中国の製造子会社に何らかの利益をもたらすかもしれない。しかし、子会社の機能や費用便益分析を考慮すると、これらのハイエンドなサービスは子会社の観点からは必要ないかもしれない。

 

3. When analysing intra-group services, considerations should be made with regard to whether the provision of various services from a parent company to subsidiaries have already been remunerated through the transfer pricing policies of other related party transactions. For instance, when the parent company provides intangible assets to the subsidiary and shares the associated residual profit(i.e. receiving royalty from its subsidiary), then the parent company should not separately charge the subsidiary additional management fees regarding management or control activities. Another example is when the parent company charges the subsidiary service fees related to purchasing raw materials on behalf of the group, allowing the subsidiaries to benefit from reduced raw materials costs, yet at the same time, the subsidiary sells finished goods to the parent, and the transfer prices of the finished goods are determined on a full cost plus mark-up basis (assuming the mark-up complies with the arm’s-length principle). In this example, the final beneficiary of the reduced cost of raw materials is the parent company. Therefore, the subsidiary should not pay service fees to the parent for the provision of intra-group purchasing services.
グループ内サービスを分析する際には、親会社から子会社への様々なサービスの提供が他の関連当事者取引の移転価格ポリシーを通じて既に報酬が支払われているかどうかを考慮する必要がある。例えば、親会社が子会社に無形資産を提供し、関連する残余利益を共有する場合(子会社からロイヤリティを受領する場合)、親会社は子会社に対して、管理又は支配活動に関する追加的な管理手数料を別途請求すべきではない。もう一つの例は、親会社が子会社に原材料の代理購入に関するサービス料を請求し、子会社が原材料コスト削減の恩恵を受ける一方で、同時に子会社が完成品を親会社に販売し、完成品の譲渡価格が完全原価+マークアップベースで決定される場合である(マークアップは独立企業間原則に準拠していると仮定)。この例では、原材料コスト削減の最終受益者は親会社である。したがって、子会社は、グループ内購買サービスの提供に対して、親会社にサービス料を支払うべきではない。


4. The definition of shareholder services in the OECD TP Guidelines is too narrow. In the revised OECD TP Guidelines published in 2010, shareholder activities no longer include management or stewardship activities, which means that the parent company can charge its subsidiaries service fees relating to managing and controlling the subsidiaries and the subsidiaries can deduct these expenses in calculating their taxable incomes. In fact, most of the subsidiaries in developing countries have their own management teams, and they only need management decision approvals from the parent companies due to authorisation requirements. In this situation, we believe that these types of management services are likely to be duplicative activities or shareholder activities and, therefore, should not be charged.
OECD移転価格ガイドラインにおける株主活動サービスの定義は狭すぎる。2010年に発表されたOECDの移転価格ガイドラインの改訂版では、株主の活動には経営やスチュワードシップの活動は含まれなくなった。つまり、親会社は子会社の管理・支配に関するサービス料を子会社に請求することができ、子会社は課税所得の計算においてこれらの費用を控除することができる。実際には、新興国の子会社のほとんどは、独自の経営陣を持っており、グループ内の決裁基準に基づいて、親会社からの経営判断の承認が必要なだけである。このような状況では、この種の経営サービスは、重複的な活動または株主の活動である可能性が高く、したがって請求すべきではないと考える。

株主活動費用の範囲を「非常に限定的」であるとする日本国税の見解と比較すると、「OECD移転価格ガイドラインにおける株主活動サービスの定義は狭すぎる」とする中国国家税務総局の見解は対照的である。

また、1.の「親会社が提供するサービスで、親会社自身の戦略的経営に関連するものであるが、「株主活動」には分類されないもの」から「子会社は…利益を得るかもしれないが、親会社はそれ以上の利益を得る」ことから親会社が負担すべきとの主張や、4.の子会社側で基本的には経営ができており、親会社の承認活動に要する費用は請求すべきでないとの主張も、一つ目のアプローチをとる日本側と比較して特徴的である。

 

実務上の対応

国外関連者間取引に関しては、当事者が所在する二つの国が独立企業間価格についてのルール・解釈・運用をすり合わせしてくれないと、多国籍企業グループとしては困るわけであるが、実際問題として国際社会や国家間ですり合わせをすることがなかなか期待できないとすると、ある程度は企業グループ側で自衛するしかないだろう。

この時に、中国国家税務総局の上記引用の中における「便益テストを適用する場合、サービス受領者の視点からのみ検討すべきではない。むしろ、サービス提供者とサービス受領者の両方の視点から分析を行うべきである。」との指摘は企業グループとしては常に念頭に置いておく必要のある内容であると考える。

実務対応としては、親会社の活動を以下のように分類して、考えてみたい。

 

  • まず①が子会社負担、③・④が親会社負担であることについては、親会社所在国、子会社所在国の双方の税務当局にとって異論のないところと思われる。①の対価を親会社から子会社に請求しても、子会社所在国で問題なく損金算入されるはずであり、請求しなければ親会社所在国が日本の場合には、国外関連者寄附金の扱いを受ける。
    • ③はOECDガイドライン、各国税法等に登場しない分類であるが、現実的には親会社自身が法人としての機能を維持するために行う、親会社単体のための人事、経理等の活動が存在しており、これらの活動を対象として想定している。
    • ④の※2の注の通り、OECDガイドライン7.10のe)の「コーポレートガバナンス活動」は、前回記事で取り上げた「1984年報告書」が指摘する通り、改善活動と地続きとなっていることが多く、①との区分が問題になりやすい。個人的には「親会社による子会社に対するモニタリング・子会社の実態の把握・指摘までは④、子会社オペレーションを実際に改善するための活動は①」になると理解している。
  • 問題は②の領域である。②は本来的な親会社の機能として実施する活動であるが、具体的な実行レベルに近づくに従って、遂行者としての子会社に対する働きかけ、やり取り、すり合わせが多々発生する。それらの活動は企業活動である以上、子会社自身にとっても売上の増大あるいはコストの削減につながるはずのものであることから、負担が問題になってくる。
    • 現実的な対応としては、「二つ目のアプローチ」に近い方法に依らざるを得ないように思う。すなわち、直接的に、定量的に子会社の受益が明確にできる活動以外は親会社が負担する。そして、そのような活動にかかった費用は、親会社自身がグループの商流に入ることで、取引価格の中で設定する粗利から回収することを目指す。
    • そうすると、日本側では事務運営要領3-10(3)の注が指摘するような子会社にとって受益のある助言等の活動が親会社負担になってしまうが、ここは多国籍企業グループという本来的には「一つの企業」として、一体として活動している以上、明確な線引きは難しい領域であり、また、取引である以上相手国側の立場も考慮する必要があることを踏まえると、やむを得ないように思う。(ここが部外者の立場からの助言を生業とするコンサルタントと、自らも当事者でありながら子会社に助言する親会社との違いである。)

 

おまけ

  • 仮に②の領域の費用をことごとく子会社側に請求していった場合、子会社側がそれらの機能を抱え、またリスクを負担していることにならないのだろうか。そうなると、親会社側の機能、リスクが薄くなる一方で子会社側の機能、リスクが大きくなり、子会社側が単純機能会社として限定的な利益の配分で済んでいたところがそれでは済まなくなってしまうのではないだろうか。(もちろん、程度問題ではあるが。)
  • また、TNMMを前提として考えると、機能・リスクの少ない子会社側に費用を負担させればさせるほど、子会社側に確保させるべき一定利益「額」は大きくなる。トータルで考えると、それは親会社所在国(当局)にとってもマイナスではないのだろうか。