移転価格税制の実務研究ノート

移転価格税制の勉強の過程。実務のヒントを探しています。

利益分割法の適用を避けるために

日系多国籍企業グループにおける大きな傾向として、海外子会社の機能が10年、20年以上前と比較して格段に強化されつつあるように感じる。これには業種、業態によって様々な要因があると思われるが、個人的には日本親会社、もっと言えば日本人社員だけでは立ち行かないほどに、需要が細分化されつつあること(「グローバルな需要」の減退の一方で、「ローカルな/個別の需要」の重要性が増していること)、また、海外子会社側の自然な成長意欲として、「健全な領域侵犯」をしていきたいという感情に応えていく必要があること、が背景にあるように思う。

ただ、その一方で、移転価格分野で考えると、このような海外子会社の機能強化に対応するための移転価格算定手法としては、教科書的には利益分割法の適用が必要になってくるが、利益分割法は揉める要素の多い、かつ運用も困難な算定方法であり、実務担当者の立場からはグループ内での適用は極力(というより本音では絶対に)避けたい(もちろん、余程のことがない限り、バイAPAも避けたい)。

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どうすれば利益分割法の適用を避けられるか、を考える上で「国際税務」2022年5月号の外国法共同事業 ジョーンズ・デイ法律事務所 弁護士 井上康一先生の解説記事、「移転価格税制についての素朴な疑問⑦ 最適方法はどのように選定されるか(2)」が非常に参考になる。

井上先生は上記解説記事において「OECD移転価格ガイドラインは、利益分割法が最適方法となるかどうかを判断するための指標として、以下の①から③までの三つを挙げている」と指摘する。(「国際税務」Web版で記事を参照しているため、以下の引用個所すべてについて、ページ数表記ができないが、いずれの引用も「4 利益分割法とTNMMの使い分け」の「(2)OECD移転価格ガイドラインの考え方」より。)

①対象取引に対し各関連者ユニークで価値ある貢献を行っていること…
②片側検証が妥当でないような高度に統合された事業活動を行っていること…
③当事者が経済的にみて需要なリスクを共同して引き受けているか、又は密接に関連する事業を個別に引き受けていること…

このうち、③のリスクの引き受けについて、さらに以下の通り指摘する。

…一方の当事者の対象取引に関する貢献がユニークで価値あるものだとしても、当該当事者の負担するリスクが限定的なものであれば、やはり、利益分割法の適用は正当化されないと思われる。例えば、重要な価値ある無形資産を有する当事者が自ら開発リスクを負担することなく、他の関連者の委託を受けて、R&Dサービスを提供する事例を考えてみよう。この事例の場合、R&Dサービスを提供する当事者は、重要な価値ある無形資産を活用し、「ユニークで価値ある貢献」を行うことになるものの、低リスク・サービス・プロバイダーにとどまるため、かかる開発行為から生ずる実際損益の配分に預かることはない。

つまり、上記①から③の三つの指標のうち、③のリスクの共同引き受けこそが、利益分割法の決定的な条件であると理解した。

グループ内で海外子会社の機能強化が事業遂行上避けられないなかで、移転価格算定手法として「利益分割法を極力避け、極力TNMMを適用したい」という実務担当者の観点からすれば、海外子会社の機能や貢献が「ユニークで価値あるもの」になったとしても、リスクを日本親会社が引き受ける取り決めにしておきさえすれば、利益分割法の適用は避けられるように思った。

あとはTNMMのなかで、どのように「ユニークで価値あるもの」に報いるか、つまり、この場合の独立企業間レンジをどのように設定すべきか、という論点に集中すればよいことになる。もちろん、これも容易なことではないが、利益分割法の適用よりは実務上遥かに取り組みやすい、また、グループ内及び対税務当局においても合意が得られやすいように感じる。

例えば製造機能あるいは販売機能を行う海外子会社において、何かしらの開発機能をも行う場合を想定すると、

  • コンパラブルの抽出条件における研究開発費や一般管理販売費の条件を緩めること(通常の単純製造、単純販売機能の検証対象法人についてのコンパラブルを抽出する場合よりも高い研究開発費率や販管費率を許容すること)
  • 単純製造・単純販売機能のコンパラブルから構成される利益率レンジを算定した上で、+αとして、「ユニークで価値あるもの」に対するリターンとしてのロイヤリティ的な利益をオンした上で利益率レンジを設定すること

…などが考えられるかもしれない。

 

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以下には③のリスクの引き受けについて、OECD移転価格ガイドラインの該当箇所として上記記事内で指摘されているパラグラフを引用しておく(下線は本ブログ記事筆者)。上記の繰り返しだが、「重要なリスクの引受けを共有」(2.139)しなければ、利益分割法の適用が適切ではなくなる、ということである。

2.121. 取引単位利益分割法のもう 1 つの長所としては、当該手法が、独立企業においては見られないかもしれない関連者の特殊でおそらくユニークな事実及び状況を考慮に入れることにより、柔軟性を提供し得ることである。さらに、取引に関して各当事者に高いレベルの不確実がある場合、例えば、経済的に重要なリスクの引受けを全当事者で分担する取引(又は、密接に関連した経済的に重要なリスクの個別の引き受け)において、取引単位利益分割法の柔軟性は、取引に関するリスクの実際の結果によって変化する各当事者の独立企業間利益の算定を可能にする。

2.126. 関連者間取引の各当事者によるユニークで価値ある貢献の存在は、おそらく取引単位利益分割法が適切かもしれないことを示す最も明確な指標となるだろう。取引が発生した業界、及びその業界において業績に影響する要因を含む取引の背景は、特に当事者らの貢献の評価、及びそれらの貢献がユニークで価値あるものであるかどうかに関係があり得る。事案の事実によっては、取引単位利益分割法が最適であることを示すその他の指標には、当該取引に係る事業活動が高度に統合されていること及び/又は取引の当事者による経済的に重要なリスクの引受けの共有(又は密接に関連する経済的に重要なリスクの個別の引受け)が含まれる。これらの指標は、相互に排他的なものではなく、反対に一つの事案において同時に見出されることがしばしばあることに留意することが重要である。

2.139. 取引単位利益分割法は、正確に描写された取引に従い、関連者間取引の各当事者が、取引に関する一又は複数の経済的に重要なリスクの引受けを共有している場合に、最も適切な手法と考えられるかもしれない(パラグラフ 1.95 参照)。

2.140. 取引単位利益分割法は、正確に描写された取引に従い、取引に関する様々な経済的に重要なリスクが各当事者によって個別に引き受けられているが、それらのリスクが密接に相互に関連し、及び/又は相関性を持っているため、各当事者のリスクの影響を信頼できる形で分離できない場合にも、最も適切な手法と考えられるかもしれない。第 2 章別添 II 事例 10 参照。