移転価格税制の実務研究ノート

移転価格税制の勉強の過程。実務のヒントを探しています。

OECD「新型コロナウイルス感染症の世界的感染拡大に関する移転価格執行ガイダンス」(2)

前回の記事の続き。

tpatsumoritaira.hatenablog.com

今回はOECDによる「新型コロナウイルス感染症の世界的感染拡大に関する移転価格執行ガイダンス」の「第2章」について(及び最後に自分としてのまとめも)。前回同様、以下、「本ガイダンスからの抜粋(下線は筆者)→自分の気づき・メモ」を繰り返す。(本記事に限らずであるが、記述に誤りがある場合はすべて自分の理解不足によるものであり、また、抜粋部分についても切り取り方に問題がある可能性もあるため、正確を期すためには原文・仮訳そのものにあたって頂きたい。)

 

■「第2章 損失及び新型コロナウィルス感染症特有の費用の配分に関する移転価格ガイダンス」より

  • 移転価格分析を実施する際、事業体の行う活動が原因で、「リスクが限定的な」(原文:limited-risk)(すなわち、事業体が比較的低いレベルの機能とリスクを有している)事業体であると特徴づけられる可能性がある。「リスクが限定的な」という用語は一般的に使用されるが、この用語は OECD ガイドラインで定義されていないため、「リスクが限定的な」事業体が果たす機能、使用する資産及び引き受けるリスクは様々であり、それゆえ、リスクが限定的であると説明された事業体が損失を負担すべきか負担すべきでないかについて、その一般的なルールを確立することは不可能である。(パラ38)
  •  いかなる状況下でも、いわゆる「リスクが限定的な」事業体が独立企業間で損失を負担する可能性があるか否かを決定する際には、特定の事実及び状況を考察することが必要となる。これは、「単純な又は低いリスクの機能の事業において長期間にわたり損失が発生するとは考えにくい」旨を記載した OECD ガイドラインに反映されており、したがって、単純な又は低いリスクの機能が短期的に損失を負担する可能性を留保している。(パラ39)
  • 「リスクが限定的な」事業体が損失を負担し得るか否かを決定する際、事業体の引き受けたリスクが特に重要となる。これは、独立企業間では取決めの当事者間のリスク配分が取引の結果生じる利益又は損失の配分方法に影響を及ぼすという事実を反映している。(パラ40)

損失の配分はリスク配分と整合するべきであるため、あるグループ会社のリスクを「限定的」と定義づける場合であっても、その実態をよくみてみる必要があり、その実態に応じて損失負担の是非を検討すべきである、という極めて常識的、ないし言い方を変えれば、「教科書的な」見解の提示にとどまっているという印象を抱いた。

一方で、リスク限定的な会社も「短期的に損失を負担する可能性」 がある、ということを指摘しているのが目を引いた。これは年度単位で区切らずに取引が続いていくビジネスとしては当たり前だが、各国調査の場面では当然とは思われないことも多い。

  • 新型コロナウイルス感染症の世界的感染拡大に対応して、独立当事者は、自身の既存の取決めにおける特定の条件を再交渉しようとする可能性がある。関連者もまた、自身の企業間合意及び/又は自身の商業関係上の行動を見直すことを検討する可能性もある。…関連者間取引の正確な描写により、企業間合意の見直しが比較対象状況に基づき操業している非関連者の行動と合致しているか否かが決定される。(パラ42)
  • 比較可能な状況における独立当事者が自身の既存の合意又は商業上の関係を見直したという明確な証拠がない場合、関連者の既存の企業間取決め及び/又は商業関係の修正は独立企業原則に合致しないということを強調することが重要である。したがって、こうした修正は、慎重に取り扱われ、かつ、当該修正がどのように独立企業原則に則しているかを説明する文書により十分裏付けられる必要がある。(パラ46)

これも「教科書的な」見解という印象である。独立当事者がコロナ拡大に直面してどのように各種取引条件を再交渉したのか、など分かりようがないのでは、と思わざるを得ない。自社がグループ外の独立企業との取引においてどのような条件交渉を行ったかを参照できるのかもしれないが、グループ内企業との比較可能性があるケースは限定されるということと、市場取引では決算年度に捉われずに長期の関係から損得を考えるケースも多いことから、基本的には参照はしづらいと考える。

むしろ、実務への示唆としては、これを踏まえて、コロナ禍前と後とで、グループ内の取引条件を目立つ形で変更することには慎重を期すべき、ととらえた。

  • 新型コロナウイルス感染症の世界的感染拡大の結果、多くの企業は、この世界的感染拡大期の異なる営業状況に関連して例外的かつ非経常的な営業費用を負担してきた。…これらの費用が関連者間でどのように配分されるべきかを決定する際、当該費用が比較可能な状況で操業する独立当事者間でどのように配分されるかを考察することが重要となる。(パラ47)
  • 営業費用又は例外的な費用の配分は、リスクの引受け、及び第三者当事者による当該費用の取扱いに従う。したがって、どの関連企業が例外的な費用を負担すべきかを決定するには、まず、関連者間取引を正確に描写する必要がある。これにより、当該費用に関連する活動を実施する責任者及び当該活動に関連するリスクを引き受ける者が明らかになる。例えば、費用が特定のリスクに直接関連している場合、当該リスクを引き受ける当事者は通常、当該リスクに関連する費用を負担する。(パラ48)
  • さらに、特定の営業費用については、当該費用が事業を営む方法の長期的又は永久的な変化に関連する状況において例外的又は非経常的な費用とみることができない可能性がある点に留意する必要がある。例えば、テレワークに関する特定の費用は、世界的感染拡大の結果として在宅勤務がより一般的となった場合、恒常的な費用となる可能性がある。したがって、当該費用については、例外的な費用としても非経常的な費用としてもみることができず、より一般的な事業活動の方法を反映している場合、当該費用が関係する取引を描写する際や比較可能性分析を実施する際に恒常的な費用として取り扱う必要がある。(パラ49)

パラ48での「例外的な費用の配分は、リスクの引受け、及び第三者当事者による当該費用の取扱いに従う」という指摘が重要と考える。後半の「第三者当事者による当該費用の取扱いに従う」は上記の通り、別のパラでも指摘されている通りだが、前半の「リスクの引受け」次第、という部分が(当たり前のことではありながらも)特に重要で、リスクを引き受ける当事者としてグループ内で決められた会社が、そのリスクが顕在化したことによって発生した費用を負担すべき、ということである。

また、テレワーク費用も安易に例外的・非経常的費用と見なすことはできない、という指摘も面白い。

  • 比較可能性分析を実施する際、特に、新型コロナウイルス感染症に伴い生じる例外的な費用をどのように考慮すべきかを検討する必要があると考えられる。(パラ51)
  • 第一に、例外的な費用は、当該費用が正確に描写された関連者間取引に関係する場合を除き、通常、純利益指標から除外される必要がある。例外的な費用の除外は、信頼できる結果を確保するため、検証対象及び比較対象候補のレベルで整合的に実施されなければならないが、この情報の利用可能性が限定される可能性がある点に留意する。当該費用が可能な範囲で適切に測定され、整合的に処理されるよう徹底するため注意を払う必要がある。  

例外的な費用は比較可能性分析において通常除外すべきだが、検証対象と比較対象取引との間で整合させないといけない中で、コロナ禍で支出された各種費用を両者で整合的に除外するのは難しく(比較対象取引にコロナ費用がどの程度含まれているのかは通常わからない)、従って、検証対象法人側でも安易に「例外」扱いはできないものと理解した。 唯一、可能性があるとすれば、パラ56で「不可抗力事由」として想定され得るとして例示されている「政府機関による活動の禁止(例:製造設備又は小売施設の強制閉鎖)」ではないか。

 

■(個人的な)まとめ・気づき

繰り返しを含むが、ガイダンスから得られた業務への気づきを3つにまとめてみる。

  1. 2020年度のローカルファイルでは、自社及び自グループにとってのコロナ影響、つまり、「どのようなリスクが顕在化したのか」、そして、「そのリスクをどの関連者が引き受けるのか」を記載する必要がある。
  2. 今後怖いのは「比較対象取引の2020年度実績」がこれから出てくることである。検証対象法人の2020年度利益率が、比較対象取引の2020年度利益率レンジと整合していれば何ら問題はないが、以下a/bの状態となる場合が当然あり得る。
    ・a:比較対象取引の2020年度利益率レンジ<検証対象法人の2020年度利益率
    ・b:比較対象取引の2020年度利益率レンジ>検証対象法人の2020年度利益率
    aの場合は日本側で、bの場合は海外側で問題となってくるが、これらにどう対処すればいいのだろうか?
    本ガイダンスでは、TNMMを前提に、これから出てくる比較対象取引の2020年度実績に基づいて、検証対象法人の2020年度損益を「価格調整金」を用いて調整できる可能性について触れられているが、「価格調整金」に伴う関税・付加価値税の問題が解消されていない以上、実務的には「価格調整金」を使える場面はかなり限られそうである。
    そうなると、今後できることとしては、「比較対象取引の2020年度実績」が出てきた後に、検証対象法人の2020年度利益率と比較対象取引の2020年度利益率レンジとの乖離部分を2021年度以降の将来取引に織り込んで、通算での解消を目指すことくらいだろうか。
  3. コロナ禍での例外的な費用の負担は、グループ内でのリスク配分と整合的であるべき。(リスクを引き受ける当事者としてグループ内で決められた会社が、そのリスクが顕在化したことによって発生した費用を負担すべき。)

2.については、さらに、コロナに直面した2020年度の比較対象取引として既存のコンパラブルを使い続けることが適切か、それとも新たなコンパラブルを選定し直すべきか、という比較対象取引選定時の議論もあり、問題は根深い。ただ、実務面では、海外側で一定利益があればよし、赤字であれば2021年度以降の将来取引価格(の調整)を使って通算での議論に持ち込むしかない、という印象である。