移転価格税制の実務研究ノート

移転価格税制の勉強の過程。実務のヒントを探しています。

OECD「新型コロナウイルス感染症の世界的感染拡大に関する移転価格執行ガイダンス」(1)

OECDによる「新型コロナウイルス感染症の世界的感染拡大に関する移転価格執行ガイダンス」(Guidance on the transfer pricing implications of the COVID-19 pandemic)の仮訳(及び原文へのリンク)が国税庁ホームページに掲載されている。(以下、「(本)ガイダンス」という。)

 

OECDによる本ガイダンスの原文公開は2020年12月である。日本語仮訳の公開日は国税庁ホームページには記載されていないが、各種解説記事のタイミングを見ると2021年2月と思われる。つまり、3月期決算の会社にとってはコロナ禍に見舞われた2021年3月期がすでにほとんど終わりかけているタイミングでの公表であり、実務者の立場としては、このガイダンスの内容を2020年度の期中取引に反映させるのは難しい場合もありそうである。

むしろ今(2021年4月)のタイミングでは、年度終了後に順次作成していくことになる移転価格文書への示唆及び、2021年度(以降)において実務上注意すべきことを拾い上げることを試みたい。

以下、「本ガイダンスからの抜粋→自分の気づき・メモ」を繰り返す。(本記事に限らずであるが、記述に誤りがある場合はすべて自分の理解不足によるものであり、また、抜粋部分についても切り取り方に問題がある可能性もあるため、正確を期すためには原文・仮訳そのものにあたって頂きたい。)

今回の記事では、「概要」、「1.はじめに」、及び「第1章」を、次回の記事では「第2章」を取り上げたい。(「第3章 政府支援…」及び「第4章 APA」は省略。)

 

■本ガイダンスの位置付け(「概要」より)

  • OECD 移転価格ガイドライン 2017 年版(OECD ガイドライン)は、…世界的感染拡大がもたらした特殊な状況下も含めて、移転価格分析を行う際には、引き続き依拠されるべきものである。
  • ...本ガイダンスは、新型コロナウイルス感染症の世界的感染拡大により発生し、深刻化する恐れのある問題に対し、現行の OECDガイドラインを超える特別な指針を新たに策定するのではなく、独立企業原則及び OECDガイドラインをどのように適用するかということに焦点を当てたものである。

 

■「1.はじめに」より

  • 企業は、自社がどのように、そしてどの程度世界的感染拡大により影響を受けたかについて、同時期に文書化するように努めなければならない。(パラ6)
  • …納税者…は、経済的に重要なリスクを特定するとともに、関連者間取引の各当事者が引き受ける個別の経済的に重要なリスクを特定する…(パラ8)

これから作成するローカルファイル他において、自社及び自グループにとってのコロナ影響、つまり、「どのようなリスクが顕在化したのか」、そして、「そのリスクをどの関連者が引き受けるのか」を記載する必要がある。とはいえ、これらは年度が終わった今のタイミングで考えることというよりも、期中の取引時点(ないし以前から)に何かしら考えていたことを文書化する、というものにはなるはずである。(考えていた通りにならないこともままあるが。)

 

■「第1章 比較可能性分析における移転価格についてのガイダンス」より

  • 比較可能性分析に用いられる情報のうち最も信頼性が高いのは、関連者間取引と同時期に行われた比較対象非関連者間取引(同時期非関連者間取引)の条件に関する情報である。(パラ14)
  • …納税者は、関連者間取引の発生時点と同時期(の)非関連者間取引に関する情報を入手する時点にずれがあることにより、独立企業間の条件を判断する際に困難に直面する可能性がある。(パラ18)
  • …通常、2020年度の情報は、最短でも2021年度半ばまでは入手できない。(パラ16)
  • 別の会計年度の独立企業間の比較可能な取引データ(過去の平均収益など)は…今年度のベンチマークとして十分な信頼性を提供するとは言えないことがある。(パラ19)

この年度ずれの問題はコロナ以前から存在している問題である。すなわち、企業側は比較対象企業の過去年度の利益率に基づいて当年度の関連者間取引を実行するしかないが、税務調査においては比較対象企業の「当年度の」利益率に基づいて判断がされてしまう。取引時点では「答え」がないのに、後から出てくる「答え」に合わせた採点をされる。実務者からすると、OECDがあらためてこの問題を取り上げることについて、若干の「白々しさ」を感じなくもない。

  • …世界的感染拡大期において臨時的に、…納税者が自身の申告を行う際に課税年度終了後に利用可能となる情報を考慮することを検討することができる。税務当局は…2020年度の税務申告書の修正を認める柔軟性を発揮することができる。(パラ23)
  • (税務当局は)…税務申告書の提出前に行われる「補償調整」(原文:compensating adjustment)の認容に関して柔軟性を発揮する。(パラ23)
  • 新型コロナウイルス感染症の世界的感染拡大に起因する不確実性に対する一つの考え得る解決策は、関連者間取引に価格調整メカニズム(原文:price adjustment mechanisms)を取り込むことを認めることであろう。これにより、独立企業間の結果を維持しつつ、柔軟性を与えることができる。特に、このアプローチでは、国内法で許容される範囲において、独立企業間価格を確立するためのより正確な情報が利用可能となる後の期間(おそらく 2021 年度)に実施されるインボイス作成の調整又は価格調整金の支払を通じて(原文:through adjusted invoicing or intercompany payments)、2020 年度に関する価格調整が認められるであろう。(パラ30)

上記の「情報の期ずれ」問題に対して、ここでは、いわゆる「価格調整金」に踏み込んだ内容と思われ、実務者にとっては大いに期待を抱かせるものである。「情報の期ずれ」がある以上、事後的にしか「答え」(比較対象会社の利益率実績)は出ないのだから、その 「答え」に合わせて、グループ内での「価格調整金」の収受ができるのであれば、移転価格税制対応の難しさの大きな部分が解決される。

しかし…

  • 調整の結果として生じ得る付加価値税/物品サービス税や関税の影響(本章又は本ガイダンスの対象外)に注意を払う必要があるだろう。(パラ30)

…ということで、「価格調整金」が移転価格税制の理論上は「(一定の条件の下で)使える」はずなのに、実務上、現在は「使えない」大きな要因の一つとなっている付加価値税・関税との関係について、OECDは認識はしているものの、根本的な解決に乗り出すつもりはなさそう、と感じた。これではせっかく「価格調整金」の使用に積極的に踏み込んだガイダンスとなっているのにもったいないし、また、実務上は何も変わらない。

  • 通常の状況下では、比較可能性分析のために複数年度データ及び複数年度の平均値を使用することは、一定の利点を有しているかもしれない。(パラ26)
  • 世界的感染拡大の前ないし後の期間と、世界的感染拡大が進行して経済への影響が甚大であった期間とで相違する経済状況に対処するための実用的な方法として、世界的感染拡大の期間中又は世界的感染拡大の特定の重大な影響が最も明らかであった期間については、別個の検証期間…を設けるのが適切であると考えられる。(パラ27、ただし一部改訳*1
  • 個別の検証期間又はより慎重に制限された検証期間…を使用することで信頼性が向上する可能性がある事例が存在する一方で(パラ27参照)、世界的感染拡大の影響を受ける年度と影響を受けない年度の両方を含んだ通算の期間を使用することで信頼性が向上する可能性がある事例も存在する。(パラ29、ただし一部改訳*2

複数期間の使用については、コロナ禍期間を「別個の検証期間」とするのか、それとも前後の年度との通算での検証期間とするのかについて、両論併記をしている印象であり、実務上の大きな助けにはなりにくい(納税者がどちらの方法で主張しても、当局からは反論され得る)。また、ここでの記載は、パラ26に書かれている通り、OECD移転価格ガイドラインChapter Ⅲ Section B(Timing issues in comparability) の中のB.5 Multiple year dataに基づくものであり、比較対象企業側の複数期間使用について述べられているという理解であるが、実務側からすれば、検証対象企業側の期間についても、単年度に拘るのではなく、柔軟性を見せてほしかった。

*1:原文:As a pragmatic means of addressing divergent economic conditions in the pre-or post-pandemic period, and when the pandemic was in effect and its effects on economic conditions were material, it may be appropriate to have separate testing periods (and periods considered for price setting) for the duration of the pandemic or for the period when certain material effects of the pandemic were most evident.

*2:原文:Just as it may improve reliability to use separateor more carefully circumscribed testing periods (or price setting periods) in some fact patterns (see paragraph27), in other fact patterns the use of combinedperiods (that include both years that are impacted by the pandemic and years that are not impacted) may improve reliability.