移転価格税制の実務研究ノート

移転価格税制の勉強の過程。実務のヒントを探しています。

複数年度データ

TNMMで検証対象法人の利益率と、比較対象取引の利益率(レンジ)とを比較する際に、この双方の利益率は単年度損益を元に算定するのか、それとも複数年度損益を元に算定するのか、という論点がある。実務上遭遇する典型的な場面は、移転価格文書を作成するときであり、また、より切実な場面としては移転価格調査であろう。


検証対象法人の利益率を単年度/複数年度のどちらの損益を用いて算定するか、そして比較対象取引も同様に単年度/複数年度のどちらを用いるか、なので、以下4通りの組み合わせが考えられる。このうち、パターン③は考えづらいので、実質的にはパターン①②④の3通りについて考えてみたい。

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■日本の移転価格税制上の定め

まず、移転価格事務運営要領3-2(下線筆者)は、検証対象法人、比較対象取引ともに複数年度を許容しているように読める。

(調査に当たり配意する事項)
3-2 国外関連取引の検討は、確定申告書及び調査等により収集した書類等を基に行う。
独立企業間価格の算定を行うまでには、個々の取引実態に即した多面的な検討を行うこととし、例えば次の(1)から(3)までにより、移転価格税制上の問題の有無について検討し、効果的な調査展開を図る。
(1) 省略
(2) 国外関連取引に係る棚卸資産等が一般的に需要の変化、製品のライフサイクル等により価格が相当程度変動することにより、各事業年度又は連結事業年度の情報のみで検討することが適切でないと認められる場合には、当該事業年度又は連結事業年度の前後の合理的な期間における当該国外関連取引又は比較対象取引の候補と考えられる取引の対価の額又は利益率等の平均値等を基礎として検討する。

(3)  省略

次に、国税庁「別冊 移転価格税制の適用に当たっての参考事例集」(以下「参考事例集」)【事例27】(複数年度の考慮)を見ると、パターン①(検証対象:単年度、比較対象:単年度)による検証と、パターン④(検証対象:複数年度、比較対象:複数年度)による検証が併用されていることがわかる。

直近 10 期におけるS社(筆者注:日本法人P社のX国における国外関連者。単純機能の製造販売会社)の営業利益率と製品A業界に属する企業の営業利益率の平均値を比較すると、単年度比較では、S社の方が製品A業界を概ね各年度で上回っており、直近 10 年の平均値ベースでも同様にS社の方が上回っている。

(略)

S社の営業利益率は、市場の需要サイクルの影響を受けていると認められたが、直近 10 年のおおむね各年度において同じ業界に属する企業の利益水準を上回っており、複数年度の平均で見ても上回っていることから、P社とS社の間の国外関連取引には移転価格税制上の問題があり得ると認められる。

ただし、同事例の解説では以下の通り、上記の検証はあくまでも「移転価格税制上の問題の有無の検討」に当たっての話であり、課税時は単年度ベースであることが明記されている。(ただし、この単年度の規定が比較対象取引にも及ぶのかははっきりしないように思うが、少なくとも検証対象法人は単年度ベース。)

なお、移転価格税制上の問題の有無の検討のため、その判断材料として複数年度の対価の額又は利益率等の平均値等を用いる場合であっても、移転価格税制上の問題があると判断されるときは、措置法第 66 条の 4 の定めに従い、移転価格税制上の問題が認められる事業年度のみについて、独立企業間価格の算定(課税)を行うことになる。

上記「参考事例集」で引用されている租税特別措置法66条の4第1項をあらためて見ると、法人と検証対象法人である国外関連者との取引を検証した結果の課税は「各事業年度」をベースに行うことが定められている。(ただし、ここでも比較対象取引から導かれる「独立企業間価格」についてははっきりしないように思う。)

(国外関連者との取引に係る課税の特例)
第六十六条の四 法人が、昭和六十一年四月一日以後に開始する各事業年度において、当該法人に係る国外関連者(外国法人で、当該法人との間にいずれか一方の法人が他方の法人の発行済株式又は出資(当該他方の法人が有する自己の株式又は出資を除く。)の総数又は総額の百分の五十以上の数又は金額の株式又は出資を直接又は間接に保有する関係その他の政令で定める特殊の関係(次項、第五項及び第十項において「特殊の関係」という。)のあるものをいう。以下この条において同じ。)との間で資産の販売、資産の購入、役務の提供その他の取引を行つた場合に、当該取引(当該国外関連者が恒久的施設を有する外国法人である場合には、当該国外関連者の法人税法第百四十一条第一号イに掲げる国内源泉所得に係る取引として政令で定めるものを除く。以下この条において「国外関連取引」という。)につき、当該法人が当該国外関連者から支払を受ける対価の額が独立企業間価格に満たないとき、又は当該法人が当該国外関連者に支払う対価の額が独立企業間価格を超えるときは、当該法人の当該事業年度の所得に係る同法その他法人税に関する法令の規定の適用については、当該国外関連取引は、独立企業間価格で行われたものとみなす。

国税庁が公表している「移転価格ガイドブック~自発的な税務コンプライアンスの維持・向上に向けて~」における「ローカルファイルの作成サンプル」(P.94)では以下のようなサンプル文(下線筆者)が提示されており、ここでも検証対象法人側は単年度ベースであることがわかる。(比較対象取引側はレンジ算定した添付資料がサンプル上省略されているので詳細不明。)

取引単位営業利益法に準ずる方法と同等の方法に基づいて算出した比較対象取引に係る売上高営業利益率は○%~○%の範囲(フルレンジ)となり、その平均値は○%となります。A社の製造販売取引に係る2017 年 12 月期の営業利益率○%はその範囲内にありますので、各国外関連取引は独立企業間価格で行われたと考えます。

同じく国税庁「独立企業間価格を算定するために必要と認められる書類(ローカルファイル)作成に当たっての例示集」では、以下の通り説明されており(P.76)、ここで初めて(?)、パターン②(検証対象:単年度、比較対象:複数年度)を用いた検証が認められることが確認できる。

⑤ 複数年度の比較対象取引を考慮する必要がある場合
国外関連取引に係る棚卸資産等が一般的に需要の変化、製品のライフサイクル等により価格が相当程度変動することにより、各事業年度の情報のみで移転価格税制上の問題を検討することが適当ではないと認められる場合には、当該事業年度の前後の合理的な期間における比較対象取引の候補と考えられる取引の対価の額又は利益率等の平均値等を基礎として検討することができます。その場合には、比較対象取引の複数年度のデータを用いる場合のその合理性の説明が必要となります。事務運営指針3-2⑵(調査に当たり配意する事項)及び事例集【事例 27】を参照してください。

 

OECD移転価格ガイドラインほか

「OECD移転価格ガイドライン2017年版」では、複数年度データを使用することは関連者取引、比較対象取引どちらにおいても取引の理解向上につながる場合があり、有用なら使用すべきと定められている。(パターン別の適用可否は不明だが、いずれのパターンも「移転価格算定分析に価値を付加する」(3.75)のであればあり得ると考えるのが自然のように思う。)

第3章 比較可能性分析 

B 比較可能性検討におけるタイミングの問題

B.5 複数年度データ

3.75 実務上、比較可能性分析に当たっては、複数年度データを用いた検討が有益であることが多いが、これは一律に要求されるものではない。複数年度データは、それにより移転価格算定分析に価値を付加する場合に使用されるべきである。複数年度分析の対象年数について規範的な指針を定めることは適切ではないだろう。

3.76 関連者間取引を取り巻く事実と状況を完全に理解するためには、一般に、調査対象年度のデータ及びそれより前の年度のデータを検討することが有益であろう。これらのデータを分析することにより、移転価格の算定に影響を与えたと思われる(又は影響を与えたはずの)事実が判明することがある。例えば、過去数年度のデータを利用することにより、ある取引に関して納税者が申告した損失が、類似する取引の一連の損失の一部であったのか、前の年度における特別な経済状況によってコストが増加したことによるものか、それとも、ある製品がライフサイクルの終わりにあったという事実を反映しているのか、といったことが判明する。このような分析は、特に取引単位利益法を適用する場合に有益であろう。損失の状況についての調査における複数年度データの有用性に関するパラグラフ 1.131 参照。また、複数年度データによって、長期契約に関する理解を向上させることができる。

3.77 また、複数年度データは、比較対象の関連事業や製品ライフサイクルに関する情報の提供にも役立つ。事業や製品ライフサイクルにおける差異は、比較可能性の判断において評価しなければならない移転価格算定上の条件に重要な影響を与える場合がある。過年度のデータから、比較可能性を有する取引を行う独立企業が、比較可能な経済状況の下で同様に影響を受けたか否か、あるいは、過年度における様々な条件が、比較対象として使えないほどその価格や利益に重要な影響を与えたか否かが判明することがある。

3.78 また、複数年度データを利用すると、例えば、調査対象の関連者間取引における比較可能性の特徴との重要な差異を示唆しうる結果を把握し、場合によっては比較対象の排除につながったり、第三者情報の異常性を検出することにより、非関連者の比較対象の選定プロセスを向上できることもある。

アメリカの移転価格税制においては「一定の条件の下で複数の取引の複数年度の平均実績値で幅を設定し、関連納税者の平均実績値がその幅から外れていない場合には所得の調整はしないとしてい」る(羽床正秀編「移転価格税制詳解 令和2年版」P.199)ことが紹介されている。これはパターン④(検証対象:複数年度、比較対象:複数年度)が認められているということと理解したが、あわせて、藤枝純・角田信広著「移転価格税制の実務詳解(第2版)」中央経済社(P.264)では「米国の移転価格税制においては、…運用上より広汎に多年度データの検討及び使用が行われているようです」と指摘されている。


■まとめと実務面からの実感

以上をまとめると、推測交じりであるが、以下の通りとなるだろうか。(私の理解であり、正確なところはきちんと条文ないし課税当局等にあたって頂きたい。)

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実務面から思うところは以下の通りである。

  • 検証対象法人については、ビジネスは必ずしも事業年度の単位で動くわけではなく、単年度で区切られてしまうと厳しいことが往々にしてあり得る。価格調整をして、何とかその事業年度の利益率をレンジ内に収めようと努力するものの、それを阻む要因には事欠かず、当該事業年度中に調整しきれないことがあり得る。その場合は当該事業年度だけでなく、翌年度(以降)も含めて緩やかに調整することが移転価格税制上明確に許容されていると実務上は非常に助かる。(ただし、「複数年度」を許容すると言っても、何年間で見るべきか等の問題は出てくる。)
  • 比較対象取引については、比較可能性があると判断した取引とは言えども、実際にはその中身はよくわからないことも多々あり、各個別年度の損益にどのような事情があるのかは会社側にも当局側にも分からないことがほとんどである。そのような「わからなさ」を多少でも回避する、あるいは緩和する手段の一つが、ある程度のサンプル数の比較対象取引を集めてきて統計的に処理する方法(四分位法)と、もう一つは複数年度データの使用のように思う。
  • (2021年8月15日追記)「当該事業年度の前後の合理的な期間における比較対象取引の候補と考えられる取引の対価の額又は利益率等の平均値等」(国税庁「独立企業間価格を算定するために必要と認められる書類(ローカルファイル)作成に当たっての例示集」)や、「複数年度データを用いた検討」(OECDガイドライン)とは具体的に何を意味しているのだろうか。比較対象取引について言えば、各取引の複数年度の業績の加重平均利益率を意味するのだろうか、それとも、各年度の単純平均利益率なのだろうか。あるいは他の方法も考えられるのだろうか。