直近で(2022年7月)刊行された移転価格の本。移転価格の本は少し前は続々と出版されていたような気がするが、最近は落ち着いていたので、久しぶりで嬉しい。
以前に取り上げた以下の本の田島先生が共著者であり、内容的にも移転価格と海外寄附金を合わせて取り上げていることから、以下の本の続編的な位置付けの本と期待して購入した。
tpatsumoritaira.hatenablog.com
本書では先日の日経新聞でも報じられた事案である「日本碍子事件:海外子会社に無形資産をライセンスした場合(残余利益分割法が適用されたケース)」が最新判例解説として取り上げられている(P.257~261)。ここではこの内容に絞って考えてみたい。
■事件概要
取引の内容は本書そのものを参照頂きたいが、国税庁の「別冊 移転価格税制の適用に当たっての参考事例集」(以下「事例集」)【事例6】(取引単位営業利益法を用いる場合)≪前提条件3:無形資産の使用許諾取引の場合≫に近い取引と感じた(以下の図は「事例集」【事例6】前提条件3の取引関係図を抜粋したもの)。
すなわち、日本親会社P社と国外関連者S社との間の関係及び両社の機能について、日本碍子事件と「事例集」の当事例との間には以下の共通点がある。(日本碍子事件の日本親会社は「P社」、海外製造子会社は「M社」と表記されているが、ここでは「事例集」の当事例に沿って日本親会社=P社、国外関連者=S社とする。)
・S社が製造販売する製品は、P社の研究開発活動成果である特許権及び製造ノウハウを利用して製造されたもの。
・P社とS社との間には棚卸取引はなく、S社はP社からの特許権や製造ノウハウの供与に対してP社にロイヤリティを支払う。
・【事例6】ではS社には研究開発部門がないことが明示されており、恐らく日本碍子の事案においても同様。(本書では明示されていない。)
一方で、日本碍子事件と「事例集」の当事例との相違点、及び事実関係として示されている点は以下の通りである。
・S社が製造販売している製品の売り先は【事例6】では「代理店」だが、日本碍子事件の場合のS社は売り先が「第三者完成車メーカー」。
・【事例6】のS社所在国(X国)は、日本碍子事件ではポーランド。
・日本碍子事件におけるロイヤリティ料率は売上高に対して9%である。
・日本碍子事件におけるS社は競合社とともに欧州で寡占状態を形成し、国税はP社とS社との取引に関し「残余利益分割法を適用し」、「約62億円の課税処分」(本書P.258)を行った。
■本事件の争点
本事件における裁判で争われたのは残余利益分割法における分割要因であり、S社が行った設備投資が「超過利益獲得に寄与する…ものとして重要な貢献をしたといえる」(P.260)ことから、「本判決は、M社(当記事筆者注:上記の通り、S社の位置付けの会社)の設備投資による減価償却費のうち、比較対象法人の水準(売上高に対する減価償却費の割合)を超える部分を、残余利益の分割要因として採用」(P.260)した、とのことである。
この点については、本書P.259で引用されている本事件の判決が「…措置法通達66の4(5)-4では、分割要因を『重要な無形資産』に限定していないことは明らか」と指摘している。以下その66の4(5)-4(下線は当記事筆者)を確認すると、残余利益の配分要因として、確かに、重要な無形資産は例示に過ぎないことがわかる。独自の機能を果たす方法の一つとして「無形資産を用いる」場合があるのであって、「独自の機能=無形資産」に限定されないことが勉強になった。
66の4(5)-4 残余利益分割法の適用に当たり、基本的利益とは、66の4(3)-1の(5)に掲げる取引に基づき算定される独自の機能を果たさない非関連者間取引において得られる所得をいうのであるから、分割対象利益等と法人及び国外関連者に係る基本的利益の合計額との差額である残余利益等は、原則として、国外関連取引に係る棚卸資産の販売等において、当該法人及び国外関連者が独自の機能を果たすことによりこれらの者に生じた所得となることに留意する。
また、残余利益等を法人及び国外関連者で配分するに当たっては、その配分に用いる要因として、例えば、法人及び国外関連者が無形資産(重要な価値のあるものに限る。以下66の4(5)-4において同じ。)を用いることにより独自の機能を果たしている場合には、当該無形資産による寄与の程度を推測するに足りるものとして、これらの者が有する無形資産の価額、当該無形資産の開発のために支出した費用の額等を用いることができることに留意する。(平12年課法2-13「二」により追加、平23年課法2-13「二」、令元年課法2-10「三十八」により改正)
■争点外での不明点
争点についてはよく理解できた一方で、本事件については、以下のような不明点がある。(判決文を読めば解決される点もあるかもしれない。以下は現時点での不明点のメモとして残しておく。)
① そもそも、国税は本事件の移転価格算定方法として、なぜ残余利益分割法を採用したのだろうか?
- 本事件は上記の通り、「事例集」の【事例6】≪前提条件3≫に極めて近い取引、機能・リスク関係であるように見える。(実際には詳細の事実関係は異なるのかもしれないが。)
- 【事例6】は取引単位営業利益法(TNMM)を用いるのが適切な場合として解説されている例であり、なぜ本事件ではTNMMを採用せず、利益分割法を採用したのだろうか?
- 「事例集」【事例1】解説3の残余利益分割法の解説においても、「国外関連取引の一方の当事者が単純な機能のみを果たしている場合には、通常は残余利益分割法よりも当該一方の当事者を検証対象とする算定方法の選定が適切となる。」と説明されており、本事件におけるS社の位置付けの国外関連者は、「単純な機能のみを果たしている」ように見える。
- 国税としてはTNMMに持ち込みたかったが、ポーランドにおいてコンパラブルが見つからなかったため、やむなく残余利益分割法に持ち込んで、S社の高利益について日本側での更生処分を行おうとしたのだろうか?(本事件の取引では、S社は売上高の9%のロイヤリティを支払ってもなお、「約62億円の課税処分」(本書P.258)が生じたということは、S社はかなりの高利益率であったことが想像される。)
② 実務面から考えると、本事件ないし【事例6】≪前提条件3≫のケースのように、海外子会社との取引がロイヤリティの受け取りに限定される場合、「変動ロイヤリティ」によってS社の利益率を一定に維持することを日本側では国税に期待されているように思われるが、相手国側の実務上、この運用は相当に難易度が高いように感じるがどうなのだろうか?
- 「事例集」【事例6】≪前提条件3≫の≪解説≫3では、以下の通り(下線は当記事筆者)、ロイヤリティが超過利益分を回収するために逆算で算定できることが示されている。
例えば、法人が特許権等の使用許諾により無形資産を国外関連者に供与している場合において、国外関連者が、国外関連取引の事業と同種の事業を営み、市場、事業規模等が類似する他の法人(独自の機能を果たす法人を除く。)と同程度の製造機能又は販売機能のみを有するときには、取引単位営業利益法を適用して国外関連者の機能に見合う通常の利益を計算し、これを超える国外関連者の残余の利益を無形資産の供与に係る対価の額として間接的に算定することが可能である。この場合の独立企業間価格の算定方法は「取引単位営業利益法に準ずる方法と同等の方法」となる。
- しかし、TNMMに基づいて逆算でロイヤリティ額を算定する方法は、実務者としては非常に魅力的ではあるが、海外側での税務リスクを考えると、実際には一定の固定料率によるロイヤリティしか認められないことが多い。そのように考えると、日本親会社と海外子会社の間で棚卸取引がない状態で、当該子会社にノウハウ供与だけを行うという取引関係を構築すること、採用すること自体が移転価格リスクを孕んでいると理解すべきなのだろうか(日本の国税と海外側税務当局との見解が一致しないため)。しかし、本事件ないし【事例6】≪前提条件3≫のケースのように国外関連者側に製造と販売の両機能を持たせている場合で、かつ、日本親会社からの部品供給がない製品を製造させている場合、日本親会社には棚卸取引の商流に入る余地はない。
③ 本事件においてはS社が寡占市場を形成しえたのはタイミングのよい設備投資によるものであったから、超過償却費を分割要因として採用できる、とのことであるが、そもそも設備投資の意思決定をしているのはP社側とS社側のどちらなのだろうか。形式的にはS社が投資の意思決定をしているのかもしれないが、実質的にはP社側が市場動向を読んで投資の意思決定を行い、S社に先行投資をさせているケースが多いように思うのだがどうだろうか(そもそも、S社設立のタイミング自体、P社で決めている)。
仮に実質的にP社が設備投資の意思決定をしているとすれば、TNMMを移転価格算定方法として採用し、先行投資分は総コストを形成する一部としてS社に回収を保証すれば済むのではないか。製造業において投資タイミングが事業の成否を決めるのはごく普通のことで、投資額が大きいからという理由で国外関連者側の高利益率が正当化できるのであれば、率直に言って実務の苦労は何もない。しかし、実態としては、海外当局側は逆に投資タイミングを読み違えた場合の国外関連者側の低収益・赤字を基本的には認めてくれないところ、高収益についても認めないような取引価格設定を行わざるを得ない。(すなわち、利益分割法の採用余地はなく、TNMMを採用せざるを得ない。)
④ もう少しテクニック的なところの不明点としては、残余利益分割法の第一段階、つまり基本的利益の算定に当たって、やはりS社側総費用に償却費が含まれていれば、超過利益の配分決定上、償却費を持ち出す必要がないのではないか?売上高償却費率は製品の原価構成(どのような生産工程でこの製品を生産するのか)の話であり、S社機能が製造・販売という単純な機能に限定されるのであれば、コンパラブルと比較して高い低いを論じるべきものではなく、総コストに対するマークアップ料率だけが論点のように思う。