移転価格税制の実務研究ノート

移転価格税制の勉強の過程。実務のヒントを探しています。

工場・販社の無形資産とは

今村隆「移転価格税制についての最近の裁判例と諸問題ーデジタル課税における同税制の今後の役割」(『租税研究』2019年8月号、P219-246)に基づき、多国籍企業グループの製造子会社、販売子会社における無形資産について考えてみたい。

 

東京地裁平成29年11月24日判決

  • 本件の概要

    当論考筆者は当事案を「メッキ事件」(P.224)と呼ぶが、「このメッキ事件が、わが国では初めて残余利益分割法を最終的に認めたケースにな」るとのことであり、「注目しているのは、特にA社とC社の顧客に対する技術支援を重要な無形資産と認定したこと」(P.224)。

    事案の詳細は論考そのものに当たって頂きたいが、簡単に触れると以下の通り(抜粋部分はいずれも別途記載したもの以外はP.225より)。

    • 「内国法人の親会社X社」は「メッキ薬品の製造・販売等を業とする株式会社で、A社とC社は、いずれもX社の子会社」。
    • A社は台湾の製造子会社で「X社との間ではライセンス契約だけを締結」し、「売上高の5%」のライセンス料をX社に支払い、生産及び台湾内非関連者への販売を行う。
    • また、A社は「シンガポールにあるC社に販売をして、C社がASEANの非関連者に販売」する。
    • 「国外関連取引は、X社とA社間のライセンス契約…で、この5%の支払いが過少ではないのかということ」で「『残余利益分割法と同等の方法』により課税処分」をされた(P.224)。
  • 疑問点

    1. なぜ当案件において、国税は残余利益分割法を採用したのか?

      ロイヤリティを過少と指摘した案件なのに、なぜ残余利益分割法による課税なのだろうか?普通に考えれば、TNMMでA社、C社の独立企業間レンジを算定し、それに比べて過剰な利益が発生しているからロイヤリティが過少、という指摘になるように思うのだが。

      残余利益分割法を適用して、国外関連者(A社、C社)側に無形資産があることを想定した(高い)利益率を考慮したとしても、なお、実際のA社、C社の利益率が高いので、ロイヤリティが過少という課税処分になった、ということだろうか?

    2. 販売機能の無形資産はどこまで認められるのか?

      • 残余利益分割法の適用に当たって、「X社の無形資産は、製造ノウハウと使うに当たっての技術をA社に提供している」ことであり、非関連者に販売している「A社やC社の無形資産は、顧客に対する直接の技術指導」(P.226)とされた。
      • X社グループが手掛けるメッキ事業は、メッキ薬品を単純に販売するのみならず、「装置や制御システムに至るまでを一貫して提案・供給する」(P.226)ものであり、「技術員が行って指導をして、いろいろ薬品の調合とかをいろいろや」(P.226)るなどの得意先とのすり合わせが重要な事業であることから、A社とC社の顧客に対する技術支援が重要な無形資産と認定された。
      • 事業会社の立場からすると、BtoB事業の場合、営業部門が得意先に対して技術支援をするのはある意味「当たり前」という感覚である。それが事業にとって重要であることも当然である。それを移転価格税制上の無形資産と認めるならば(個人的には認めるべきと思う)、TNMMが適用されるべき「単純な販売機能」などというものは絵空事であり、存在しないように思う。どんなBtoB事業であっても、得意先との良好な関係構築、得意先技術者との綿密な技術的すり合わせと自社設計・開発部隊へのフィードバック、工場との納期調整等、営業部門の果たす役割は極めて重要である。それを「単純な販売機能」という枠内に押し止めることには無理があるように常々思っていた。一方で、会社側から「販売機能における無形資産」を主張した時に、それが認められるのかという点、また無形資産の存在が仮に認められたとしても残余利益分割法の適用に当たっての見解の相違が当局との間で発生するリスクがTNMMよりも遥かに高い点から、このような主張は実務上はしづらい。(会社側としては「単純な販売機能」というストーリーとTNMMの適用を採用し続けることになる。)

 

2018年の米国Medtronic事件巡回裁判所判決(「Medtronic v CIR, No.17-1866」)

  • 本件の概要

    • 米国親会社X社が「プエルトリコに工場を有するひ孫会社(ケイマン法人)に無形資産や商標を使用させるとのライセンス契約を締結した上、埋め込み型の心臓ペースメーカーの部品を供給し、完成品を製造させて、米国のグループ会社に購入させて米国で販売させた」(P.239)取引関係について、IRSが「CPM(利益比準法)を用いて」「ライセンス料が低額であるということで課税処分をした事案」(P.239)。「課税処分としては、約1,000億円の」「巨額の事件」(P.239)。

    • IRSは、ひ孫会社A社は「単なる契約製造者(contract manufacturer)にすぎない」ということでCPMを採用したが、租税裁判所は「品質管理」等の機能があることから「CPMによる算定を違法とし」(P.239)た。

    • ケイマン法人A社は「実際の工場はプエルトリコに」あって、「これは実体のある2,300人の従業員がいる工場」(P.240)。租税裁判所は「A社の役割」は「単なる部品の組み立てではな」く、「埋め込み型の心臓ペースメーカーなので、品質管理が非常に重要」と判断。

  • 疑問点

    • A社は「製造する上において品質管理とかいろいろやっているので」「多少は無形資産はあるはず」であり、「A社の無形資産、製造に当たってのノウハウを認めるべきではないのか。だから、私としては、これは本来は残余利益分割法が相当する、そういう事案ではないかと思います」(P.241)、と本論考筆者は主張する。

    • しかし、実務の立場からすると、これも上記「メッキ事件」での指摘と同様、製造会社が「製造する上において品質管理とかいろいろや」るのは「当たり前」であり、「製造に当たってのノウハウ」も当然保有しているであろう。

    • 個人的には工場にも「無形資産」は実際には存在しており、その蓄積がある工場ほど競争優位性があると考えるが、理論はともかくとして、移転価格税制の実運用においては、それは「無形資産としては認められない」、あるいはより正確にいえば、「認めてもよいのかもしれないが、何をもってその無形資産の存在を認定すればよいのかがわからないから、見ないことにしている」ということではないだろうか。だから、製造子会社の独立企業間価格を算定するに当たっては、ほとんどのケースにおいて、機械的にTNMMが採用される。

    • 実際には藤本隆宏著「能力構築競争」(中公新書)

      を取り上げた際に見たように、工場にも無形資産は存在するし、各工場の無形資産の蓄積と深さの差が、企業グループ全体の競争優位性の差の大きな要因の一つとなっている。

 

所感

  • 本来的には、もし製造業を営むグループが恒常的に超過利益を生み出しているならば、それは市場から総合的に評価されているということであり、その評価は工場や販社においても同様に当てはまると考えるべきではないのだろうか。
  • 超過利益は研究開発機能を営む日本本社だけに帰属すると考えるのは、企業グループ内の各機能の相互の複雑な作用によって価値を産み出している会社内の実態からしておかしいと考える。また、工場や販社の無形資産の評価が難しいからといって、それを現行のTNMMのように無視し続けるのも、工場や販社の所在地国からの納得は得られないだろうし、もっと言えば、企業内においても納得されていないように感じる。
  • もちろん、究極的なところで、三品先生が指摘する「戦略の最たるものは「事業立地」、「平たく言えば『誰を相手に何を売るか』」の選定である、という点を踏まえると、親会社の役割の大きさも指摘できるだろう。
  • 上記の点を踏まえると、製造子会社・販売子会社への利益の割り当ては、現行のTNMMのようによく分からないコンパラブルから成る「一定の低いレンジ」による固定方式ではなく、企業グループ全体の利益率水準にある程度連動させて(連結営業利益率の高いグループに帰属する製造・販売子会社の利益率は高くなる)、残余の利益を親会社が獲得する、「変形TNMM」のような形が、より納得度が上がる方法になるのではないだろうか。