移転価格税制の実務研究ノート

移転価格税制の勉強の過程。実務のヒントを探しています。

残余利益分割法とリスクの負担

以下の3つの文献をもとに、残余利益利分割法の適用を巡って争われた日本ガイシ事件を題材に、残余利益分割法について、実務を中心に勉強してみたい。(すでに一度文献①をもとに考えてみたが、文献②③も拝読し、再度考えてみたい。)

 

目次

 

事件の概要

以下の取引関係図は文献①P.74及び文献③P.12(図表1)より作成。

  • 日本親会社は「セラミックス製品の製造を主な事業とする内国法人」(文献③P.12)であり、「ディーゼル車から排出される微粒子の除去フィルター(以下「DPF」…)の製造に関する特許権やノウハウ等の無形資産を有していたところ」(同P.12)、「欧州で排ガス規制が強化されたため、ディーゼル自動車用フィルターの需要が急増することを予想」(文献①P.74)して、ポーランドに製造子会社を設立した。
  • ポーランド子会社は、日本親会社から上記無形資産のライセンス供与を受け、ロイヤリティを日本親会社に支払った上で、DPFを「量産するための生産設備を整備」し(文献③P.13)、DPFを製造・販売したが、欧州での排ガス規制により「EUのセラミックス製DPF市場…における需要が急増し」(同P.13)、「競合他社…とともに2社寡占状態を形成した」(文献①P.74-5)。
  • 本ロイヤリティ取引に関して、「課税庁は、日本ガイシ株式会社(本ブログ記事筆者注:日本親会社)とポーランド子会社との国外関連取引から生じる利益が、親会社の有する無形資産から生じた利益であるとして、公表データベースにおける同業者の営業利益率に基づき、子会社の基本的利益を算定した上で、残余利益を双方の研究開発費により分割して、独立企業間価格を算定した。ポーランド子会社における研究開発費は微少であり、本件処分は、国外関連取引において生じる超過利益が親会社の有する無形資産に帰するものであり、ポーランド子会社の利益の一部は日本親会社の課税所得とされ」た(文献②P.21)。課税処分額は約62億円(文献①P.75)。
  • 日本親会社が、「…基本的利益の比較対象企業の選定に誤りがあり、残余利益の分割要因とされるファクターの選択に誤りがあることを理由に提訴し」た結果、「納税者勝訴で判決は確定した。」(文献②P.21)
    • 「本件における超過利益の配分要因は…重要な無形資産の開発に係る支出額に加えて、国外関連者の超過減価償却額を分割要因に加算することが認められ」た。(文献②P.22)
    • 「本件判決において超過利益を生み出す要因として認められたのは、EU市場における『参入障壁』である。…本判決が市場を囲い込む『参入障壁』もまた、超過利益の獲得に貢献したと認めたことにより、ポーランド子会社が欧州市場に対する供給増を目指して行った多額の設備投資のための費用が、残余利益分割法における分割の要素として、親会社の無形資産生成のための支出に対抗することができた。」(文献②P.27-28)

 

リスク負担について

平成23年税制改正「に伴う措置法通達の改正によって、残余利益の分割要因は『重要な無形資産』ではなく、『独自の機能』に基づくこととされた(同通達66の4(5)‐4)。」(文献③P.71)とのことであることから、改正前後の通達を並べてみる。(いずれも下線は当ブログ記事筆者。)

改正前
(残余利益分割法)
66の4(4)-5 利益分割法の適用に当たり、法人又は国外関連者が重要な無形資産を有する場合には、分割対象利益のうち重要な無形資産を有しない非関連者間取引において通常得られる利益に相当する金額を当該法人及び国外関連者それぞれに配分し、当該配分した金額の残額を当該法人又は国外関連者が有する当該重要な無形資産の価値に応じて、合理的に配分する方法により独立企業間価格を算定することができる。

改正後
(残余利益分割法)
66の4(5)-4 残余利益分割法の適用に当たり、基本的利益とは、66の4(3)-1の(5)に掲げる取引に基づき算定される独自の機能を果たさない非関連者間取引において得られる所得をいうのであるから、分割対象利益等と法人及び国外関連者に係る基本的利益の合計額との差額である残余利益等は、原則として、国外関連取引に係る棚卸資産の販売等において、当該法人及び国外関連者が独自の機能を果たすことによりこれらの者に生じた所得となることに留意する。  
また、残余利益等を法人及び国外関連者で配分するに当たっては、その配分に用いる要因として、例えば、法人及び国外関連者が無形資産(重要な価値のあるものに限る。以下66の4(5)-4において同じ。)を用いることにより独自の機能を果たしている場合には、当該無形資産による寄与の程度を推測するに足りるものとして、これらの者が有する無形資産の価額、当該無形資産の開発のために支出した費用の額等を用いることができることに留意する。

この「『重要な無形資産』の概念は1995年の同ガイドライン(当ブログ記事筆者注:移転価格ガイドライン)における『ユニークでかつ価値のある資産』という概念を基にしていたものである。そして、『独自の機能』の概念は、改訂後の同ガイドラインにおける『ユニークで価値ある貢献』という概念を基にしたものである。すなわち、同改訂によって、残余利益の分割要因は「資産」…である必要はなくなり、残余利益の発生に「貢献」したあらゆるものが含まれるようになったと解される。」(文献③P.75、当ブログ記事筆者注:太字箇所は、実際の引用元では傍点)

そのため、「…現行の同通達における『独自の機能』は、『重要な無形資産』よりも幅広い概念であると考えられる。そして、『独自の機能』には『重要な無形資産』はもちろん、これ以外の『ユニークで価値ある貢献』についても含まれるものと解される。」(文献③P.74)

なお、『ユニークで価値ある貢献』は「OECD移転価格ガイドライン2022年版」仮訳P.96において、以下の通り定義されている。原文用語集の英語とあわせてみておく。

ユニークで価値ある貢献
貢献(例えば、果たす機能、又は使用若しくは提供する資産)は、(i) それらが比較可能な状況にある非関連者間による貢献と比較可能でなく、かつ (ii) 事業活動において実際の又は潜在的な経済的収益の主要な源泉に相当する場合に、「ユニークで価値ある」ものとなる。

Unique and valuable contributions
Contributions (for instance functions performed, or assets used or contributed) will be “unique and valuable” in cases where (i) they are not comparable to contributions made by uncontrolled parties in comparable circumstances, and (ii) they represent a key source of actual or potential economic benefits in the business operations.

 

そして、文献③はさらに、「当事者の行為について、①超過利益への貢献の事実、②超過的な費用及び③リスクの負担という3つの要件に照らし、これらの要件を全て満たす場合には、『独自の機能』に該当すると判断す」べきであると指摘する。(文献③P.102)

 

もともと、以前の自分の記事において超過減価償却費は基本的利益の算定で考慮すればよいのではないか、という感想を書いていたが、残余利益は「当該法人及び国外関連者が独自の機能を果たすことにより」「生じた所得」(上記引用の通達66の4(5)-4)であり、「独自の機能」とは上記文献③の指摘に照らして、取引当事者が自らリスクをとって構築したものであるとすれば、ポーランド子会社が負担した設備投資は、十分な発注を得意先からもらえずに操業度損を被るリスクがあった行為であることから、その負担額は残余利益の分割において考慮されるべき、との判決がよく理解できるようになった。

 

実務面から考えたこと

指摘の回避方法

グループ経営の観点から言えば、ポーランド製造子会社の設立及びその後の設備投資のタイミングや規模を含めて、実質的には親会社側が重要な判断をしていることは往々にしてあり得る(むしろほとんどのグループ会社は親会社の事業部門が主導する意思決定を行っているはずである)が、ポーランド子会社がリスクを取って設備投資を実行した格好になってしまったことが、そもそも本件において税務当局と争うもとになったと考えられる。

今回のケースでは会社側の読みと打ち手が当たって、高利益が発生したことが日本側当局の目をひいたわけであるが、仮に市場の好機が到来せずに、投資の「当て」が外れてしまい、ポーランド子会社が操業度損を被り、赤字が継続していたならば、ロイヤリティ取引について、逆にポーランド税務当局から指摘を受けていた可能性もある。

ポイントは関連者間でのリスク負担にあるとするならば、例えば以下のような方法を採用していれば、このような課税や裁判は避けられたのであろうか?

  • 代替案①:日本親会社が下図の下の商流の通り、DPF商流に介在して、ポーランド製造子会社からの製品買取価格をコントロールすることで、ポーランド子会社の操業度リスクを吸収してしまう。
    • つまり、ポーランド子会社を検証対象法人とするTNMMを移転価格算定方法とし、比較対象取引と同等の一定利益率をポーランド子会社に保証する。
    • ポーランド子会社が設備投資額を負担したとしても、この方法であれば実質的な操業度リスクは日本親会社側が負担していることになる。
    • (なお、日本親会社がポーランド子会社に無形資産をライセンス供与し、ロイヤリティを徴収したとしても、製品取引と「行って来い」となることから、別途製造子会社が親会社を通らない取引で製品を販売しない限り、ロイヤリティ取引は省略可能と思われる。)

  • 代替案②:DPF商流は上図「もとの商流」のままとしながらも、親会社と製造子会社との間のロイヤリティ契約において、超過利益、損失が発生した場合には、いずれもロイヤリティ額の中で調整するようにする。
    • より具体的には、ポーランド製造子会社がTNMMに基づく一定利益率を確保し、それ以上の利益が発生する場合はロイヤリティ額として親会社が受け取る、あるいはそれ以下の損失が発生する場合は逆に親会社側が補填のための支払いを行う契約にしておく。
    • このような取り決めは、製造子会社の設備投資のリスクを実質的に親会社が負担していることにはなるが、実務上これが可能かどうかはわからない。(中国等変動的なロイヤリティを嫌う国もあるので相手国次第か?あるいはロイヤリティ契約でありながら、ライセンス供与をしている親会社側が支払うケースが発生する可能性のある取決めはそもそも許容されないか?)

 

研究開発と設備投資の本来的なリスク

最後に、「親会社の研究開発は長期にわたるものと考えられるが、過去からの研究開発費用を総費用としたなら…日本親会社の利益は過少ではなかったのであろうか。」(文献②P.28)との指摘について。

そもそも残余利益の分割要素として集計されるべき研究開発費用はどこを起点にすべきなのだろうか。技術開発は通常、連鎖的につながっていくものである。その製品自体の実用化開発だけがその製品を成り立たせているわけではなく、それをもたらしている材料開発、工法開発、設備開発など、さらにはそれ以前の研究段階での試行錯誤も含めると、連綿とつながる蓄積が必要である。その蓄積には膨大な時間とコストを要す。それを、ある程度市場が見えてきてから実施されるはずの設備投資と同列に見なすことには違和感が残る。

この点は、以前の記事で引用した、井藤正俊著「移転価格の実務Q&A」(清文社)で、「…時間軸で見た場合に、R&D活動が時間的なスパンでは、製造や販売活動より長い」、「R&D活動の成果は、過去からの一定の積み重ね、あるいは蓄積により実現されるのに対して、製造・販売活動は、製造期間(リードタイム)や在庫期間などの一定の期間を含むものの、1つの取引のうえでは、比較的短期間であるのが通常…」であり、「製造という行為は、比喩的な表現を用いれば、過去のR&Dによる成果を背負って行われている活動」である、と指摘されている(P.195‐7)通りである。時間的に先行する開発行為は、必然的に設備投資行為よりも高リスクのはずであるが、その点は残余利益の分割において考慮される余地がないのであろうか。(というよりも、そのような考慮は課税実務上無理であり、だからこそ、実務担当者としては残余利益分割法が生じ得る場面自体を極力防ぎたいということになる…。)