移転価格税制の実務研究ノート

移転価格税制の勉強の過程。実務のヒントを探しています。

井藤正俊著「移転価格の実務Q&A」(清文社)

移転価格の書籍、あるいはより広く、税務の本には珍しく、「主張がある」本のように感じた。個人的には税法の解説を粛々とされるだけよりも、当局側の課税実務や会社側の実務についての説明・紹介、より深い理解のための視点・材料の提示がある本が好きであり、その意味で本書は非常にありがたい存在。いろいろと考えさせられた。

 

以下、本書を拝読した際の個人メモ。(ページ数はいずれも本書のページ数を示す。)

 

「トースターとミキサー」(取引単位について)

「移転価格の対象は「取引」であることから、取引単位をどのように捉えるかは、もっとも大切な視点」(「はじめに」より)であり、同一の取引単位とする判断のポイントとして、「OECD移転価格ガイドライン」のパラグラフ2.30が引用されている。(P.59)

2.30 市場経済においては、類似の機能に対する報酬は、異なる活動であっても同じになる傾向がある。これに対して、異なる製品の価格は、それらが互いに代替品である限りにおいてのみ、同じになる傾向がある。粗利益は、販売価格から売上原価を控除した後の、果たした機能(使用資産や引き受けたリスクを踏まえ)に対する報酬を意味することから、製品差異の重要性は低い。例えば、販売会社がトースター販売とミキサー販売において同じ機能(使用資産や引き受けたリスクを踏まえ)を果たしている場合、これら二つの活動に対して、市場から類似した水準の報酬が与えられるべきことを示している。しかし、消費者は、トースターとミキサーとが極めて近い代替品とは考えないであろうから、それらの価格が同じとなる理由はないであろう。

本書筆者は以下のように解説している。

ここでは、…再販売価格法について説明されているものです。直接、取引単位について説明をしているものではないのですが、取引単位を考えるうえでも大変参考になります。(P.59) 取引単位をどう捉えるかのポイントは何でしょうか。それは、…「同じ機能(使用資産や引き受けたリスクを踏まえ)」かの分析、すなわち、機能リスク分析となります…。(P.60)

この事例と解説は非常にわかりやすい。結局、日本親会社と各製造子会社、日本親会社と各販売子会社との間の様々な棚卸取引を一つの取引単位として捉えることができる論拠はここにあるように思う。製造子会社が果たしている製造という機能、販売子会社が果たしている販売という機能は、製品の種類に関わらず基本的には同じである、だからこそ、子会社の会社単位での検証が可能になるということと理解した。逆に言えば、子会社の中で別の取引単位として主張したいものがあるならば、製品の違いよりも、各子会社がそれぞれの取引単位において果たしている機能が異なることを主張すべき、ということになる。

その割には製造子会社に対する税務調査では製品単位の損益についての議論になることが多いような気がする。製品単位の損益を取引単位として別扱いするとすれば、それはそれらの製品の製造活動そのものに大きな違いがある場合(製品Aの工程は長く、製造会社での付加価値が多い一方で、製品Bは組立工程で付加価値が低い等)であるはずだが、実際には比較対象取引の情報取得時にそのような違いを判断する材料がないことがほとんどであることから、このような視点で議論が進むことがあまりない。

 

製造活動と開発活動の時間

例えばアップル社のiPadのような製品を例に製造業における価値創造を考えてみると、「…時間軸で見た場合に、R&D活動が時間的なスパンでは、製造や販売活動より長い」、「R&D活動の成果は、過去からの一定の積み重ね、あるいは蓄積により実現されるのに対して、製造・販売活動は、製造期間(リードタイム)や在庫期間などの一定の期間を含むものの、1つの取引のうえでは、比較的短期間であるのが通常…」であり、「製造という行為は、比喩的な表現を用いれば、過去のR&Dによる成果を背負って行われている活動」である、と指摘されている。(P.195‐7)

 

上記の点に同意しつつ、以下の点を付け加えたい。

  1. R&D活動は時間的なスパンが長いだけでなく、製造活動や販売活動よりも時間的に先行する。生産、販売すべきものを作り出すのがR&D活動であるので、当たり前のことであるが、時間的に先行するということは、より需要が見えていない段階から取り組む、ということであり、本質的に「よりリスクの高い活動」であると言える。上記の時間的な「積み重ね」「蓄積」という長さだけでなく、この順番的に先に来る活動であるという意味において、開発活動が他の企業活動と比べて移転価格の文脈ではより重視されるのは理解できるところである。
  2. 一方で、「積み重ね」や「蓄積」を要するのは開発活動だけではないのかもしれない、という思いもある。例として取り上げられたiPadについて考えると、確かにアップル社は製造活動を外部委託していることまで含めて考えると「R&D機能が価値創造のうえでは、相対的に他の機能よりも重要視してよい」(P.195-6)と言えるとは思うが、その外部委託先の製造会社やiPadを構成する個々の半導体等の部品レベルまでを考えたときに、これらを成り立たせているものは開発機能だけではなく、製造現場での「積み重ね」や「蓄積」、及び開発‐製造間での相互作用でもあるとも言える。iPadのコンセプトを生み出すところが一連のバリューチェーンを考えたときに最も重要、とは思いつつも、これを成り立たせる部品レベル及びiPad本体の製造活動の水準や、はたまたアップル社の一連の販売活動までを考えたときに、価値創造における重み付けを、現状の移転価格税制が想定するように一方的に開発機能に寄せてしまってよいのか、という思いもある。

 

その他の論点

  • 2017年6月に国税庁が公表した「移転価格ガイドブック」には、「移転価格調査の方針」が以下のように記載されている。(「移転価格ガイドブック」は当然目を通していたはずだが、このような記載があったことを十分に認識できていなかった。以下引用は本書P.18、元の「移転価格ガイドブック」ではP.24、下線は当記事筆者。)つまり、移転価格税制とは、詰まるところ、利益率と利益額(配分)の話である、ということ。

    移転価格調査においては、移転価格税制上の問題の有無を的確に判断するため、国外関連取引に係る売上総利益率又は営業利益率等、法人及び国外関連者が国外関連取引において果たす機能又は負担するリスク等を勘案した結果の法人の国外関連取引に係る利益等に配意しながら、国外関連取引の検討を実施しています。

     

  • 四分位法の問題点として、「たかだか10や20数個の比較対象取引に、統計的手法である四分位法を用いることに、つい懐疑心を持ってしまう」(P.477)と指摘されている。この部分は、実務上常々感じていること。個人的には、定量基準による絞り込みで止めて、定性判断を入れない運用にした方がよほど「意図的な操作」が排除できるのに、と感じているところ。本書著者は伊藤公一郎「データ分析の力 因果関係に迫る思考法」(光文社新書)における「サンプル数が限られたデータで平均値を計算すると、誤差が出てくる」、「サンプル数が大きいほど、偶然的な理由(誤差)によって平均値が大きく変化してしまう可能性は小さくなる…」(P.476)との指摘を引用している。

 

  • 同じグループ内の会社は「互いに触れあうことのできる関係」であり、「互いに意思疎通を行い、意図的に、あるいは、馴れ合い的に都合のよい価格で取引を行い得る…関係」。これに対して移転価格税制におけるArm’s Lengthとは、お互いの腕が「触れあうことのできない距離」を持った「あかの他人」の関係であることを要求するもの。(P.3)

 

  • 「同等の方法」は棚卸取引以外に適用する場合の方法、「準ずる方法」は派生的な方法。(P.182-7、図表42-3)

 

  • ローカルファイルの作成意義について、以下引用の通り説明されている。(P.491)
    通常の教科書的にはローカルファイルは事後検証するためのものと説明されることが多いように思うが、実務的には、事前に一定の利益率水準を狙わないまま、事後検証にさらされるのは怖いので、事前にターゲットを考えるのが自然である。ちょっと考えれば当たり前のことなのだが、法的に定められた作成期限までにローカルファイルを作成することしか考えていないと、事業部門による移転価格税制とは全く異なる論理による価格設定・運用を許してしまい、事後検証時に苦しむことになりかねない。

    ローカルファイルは、本来、移転価格上の問題が生じないようにするために作成されるべきものです。つまり、事業を行うなかで、企業が採用する価格が、結果的に、移転価格の問題を生じせしめない適正な利益水準の目標値を設定するためです。このように考えれば、ローカルファイルで示される適正利益水準の設定は、事業年度期首までに行うのが望ましい…。