移転価格税制の実務研究ノート

移転価格税制の勉強の過程。実務のヒントを探しています。

「変動ロイヤリティ」と価格調整金の交錯

国税庁「別冊 移転価格税制の適用に当たっての参考事例集」(以下「参考事例集」)の以下2つの事例が「交錯する」ところを検討してみたい。(といっても、答えには辿り着けず。以下ページ数は「参考事例集」のページ番号である。)

  • 【事例6】(取引単位営業利益法を用いる場合)≪前提条件3:無形資産の使用許諾取引の場合≫(以下「【事例6】前提3」)
  • 【事例29】(価格調整金等の取り扱い)≪前提条件2: 法人と国外関連者との事前の取決めに基づいて価格調整金等の支払が行われる場合≫(以下「【事例29】前提2」)

■検討の前提

  1. 【事例6】前提3では、下図(P.35)の取引関係においてTNMMを適用することを前提に、「S社の残余の利益を特許権及び製造ノウハウの使用許諾に係る対価の額として間接的に独立企業間価格を算定する」(P.36)としている。(この方法によって算定される特許権及び製造ノウハウの使用許諾に係る対価を以下、「変動ロイヤリティ」と呼ぶ。)f:id:atsumoritaira:20210116070417p:plain
  2. 【事例29】前提2では、下図(P.112)の取引関係において、「P社とS社は、取引単位営業利益法の適用に係る比較対象取引の売上高営業利益率を独立企業間価格の算定に係る指標として、S社の製品A輸入販売取引に係る売上高営業利益率の水準をこれに一致させることとし、各事業年度における製品A輸入販売取引に係る売上高営業利益率の実績値が当該指標と乖離した場合には、当該指標までの調整を行うために期中の取引価格をS社の決算期末で改定する旨を取り決め、覚書を取り交わして」(P.112)おり、P社からS社に対して、価格調整金の支払いが行われたこととされている。f:id:atsumoritaira:20210116071109p:plain
  3. 【事例6】前提3ではP社とS社との間には製品取引はなく、「特許権及び製造ノウハウの使用許諾」取引(以下、「ロイヤリティ取引」)のみが存在する前提となっている。一方で、【事例29】前提2では【事例6】とは逆に、製品取引のみが存在し、ロイヤリティ取引は存在していない。
  4. ここで検討したいのは、「製品取引とロイヤリティ取引の両方」が存在する下図のケースである(以下、「本ケース」)。この場合における、「変動ロイヤリティ」と価格調整金との間の交錯の問題である。(このケースにおいて、国外関連者S社は、製造、販売の両機能について、「基本的活動のみを行う」(P.46)ものと仮定する。)f:id:atsumoritaira:20210116073106p:plain

■論点

  • 論点①
    本ケースでS社を検証対象法人としたTNMMを適用する場合において、価格調整金を使用する時に、この価格調整金は、部品aの価格を調整するものなのか、それとも、ロイヤリティの価格を調整するものなのか、あるいは両取引の価格を調整するものになるのか。これらはP社とS社との契約の中で決めてしまえばよいのだろうか、それとも、契約で決めていても、日本あるいはX国の税務当局によって契約内容を覆されるリスクはあるのだろうか。
  • 論点②
    同じく本ケースでS社を検証対象法人としたTNMMを適用する場合において、P社とS社との間のロイヤリティ契約で、「ロイヤリティ額はS社の比較対象取引の利益率レンジを上回る残余利益である」と定めておけば、上記①のような疑問は回避できるのか。そもそも、「ロイヤリティ額はS社の比較対象取引の利益率レンジを上回る残余利益である」とロイヤリティ契約で定めることと、「ロイヤリティの価格を調整する価格調整金」との間に本質的な違いはあるのか。
  • 論点③
    価格調整金は、S社の利益率実績次第で、P社→S社、S社→P社の双方向での支払いが想定されるが、変動ロイヤリティ契約においても、双方向の支払いは可能なのだろうか。つまり、通常のロイヤリティはS社→P社という方向での支払いとなるが、S社が赤字の場合、逆にP社→S社への「マイナスのロイヤリティ」の支払いは実務上、認められるのだろうか。

■現時点での検討結果(というほどのものではないが…)

  • 価格調整金、あるいは変動ロイヤリティという方法は、その影響を除外した損益を容易に算定することができることから、グループ会社の管理会計・業績評価の観点からは使い勝手のよい方法である(棚卸取引価格を期中に頻繁に変更してしまうと、グループ会社の損益はその会社の業績評価には使えなくなってしまう)。
  • その一方で、「棚卸取引の価格を調整する価格調整金」には、別記事で触れたように、関税や輸入消費税との関係が、税務当局・税関間で整理・調整されていないこと等から、実務上、使い勝手が非常に悪くなっている。本ケースでは、部品aがX国輸入時に関税対象となる場合である。
  • 仮にTNMMを前提にした国外関連者S社の利益率コントロールを、変動ロイヤリティないし、「ロイヤリティの価格を調整する価格調整金」で実施できるとしたら、関税等での課題を回避しつつ、業績評価面での利点を享受できると考えた。
  • 上記論点①~③について、本ケースにおいては、変動ロイヤリティ、「ロイヤリティの価格を調整する価格調整金」、「棚卸取引の価格を調整する価格調整金」のいずれも、各国間での利益配分を決定するという意味での本質的な差はなく、いずれの方法も移転価格税制上、認められるべきとは考える。しかし、理論上の問題はなくても、実務上、実行可能かどうかは、日本とX国双方の税務当局の執行姿勢によるところが大きいと考える。価格調整金自体、また、変動ロイヤリティという概念自体が受け入れられにくい新興国がX国の場合にはまだまだ導入は不可能と考えるが、より柔軟な執行姿勢の国が相手の場合はどうだろうか。もう少し、実務上の検討が必要と考えている。