移転価格税制の実務研究ノート

移転価格税制の勉強の過程。実務のヒントを探しています。

移転価格はリスク負担が10割か?

「国際税務」2023年9月号におけるジョーンズデイ法律事務所 井上康一先生の「移転価格税制についての素朴な疑問23 無形資産取引について何に留意すべきか(5)」にて参照されている論文、小森敦「海外論文紹介 リスク・コントロール、DEMPE機能とR&Dサービス・プロバイダーへの対価」『租税研究』2022年1月号を読んでみた。本論文は、Michael McDonald, Eyal Gonen, Leonid Karasik, ”Control Over Risk, DEMPE Functions, And the Remuneration of R&D Service Providers”, Tax Notes International, June 21, 2021, pp. 1615-1630の内容を翻訳、要約して紹介するもの。

 

 

まとめ

自分なりにポイントとなる点をまとめてみる。

  • 多国籍企業グループにおける超過利益は、リスクを負担するグループ会社にのみ配分される。サービス・プロバイダーはDEMPE機能を遂行したり、「ユニークで価値ある貢献」を行っていたとしても、リスクを負担しない限りは、超過利益の配分に預かることはできない。リスク負担企業として認められるには、自社の活動に関連するリスクを財務上の結果とともに引き受け、かつコントロールする能力を有していなければならない。
  • ②どのグループ企業がリスクを負担し、どの企業グループはリスク負担をしないのかは、多国籍企業グループ自身が決定する。
  • ③R&Dサービスの遂行に従事する社員がユニークな能力を有している等の場合には、比較可能なサービス・プロバイダーマークアップ率を修正する方法が認められる可能性がある。ただし、これはあくまでも無形資産の使用から生じる利益を分割するかたちをとるべきではない。

一言で言えば、「グループ内の利益配分はリスク負担がすべて」ということになるように思う。やや脱線かもしれないが、この「リスク負担」(=損失を負担すること)の覚悟なくして、より高い利益の配分のみを求めるのは、「リスク」、もっと言えばビジネスの本質を理解できていないように感じてしまう。

 

「移転価格ガイドライン」の事例

OECD移転価格ガイドライン」内でこの内容を端的に表しているのは、本論文の注釈65の参照先である「移転価格ガイドライン」第 6 章別添Ⅰ 「無形資産のガイダンスに係る事例」の事例14であると思い、以下やや長いが全文を引用する。

事例 14

46. Shuyona 社は多国籍企業グループの親会社である。Shuyona 社は X 国で設立され、事業を行っている。Shuyona グループは、消費財の製造及び販売に従事している。市場での地位を維持し、可能であればさらに高めるため、Shuyona グループでは継続的に研究を実施し、既存の製品の改良及び新製品の開発に努めている。Shuyona グループは 2 ヵ所の研究開発センターを有し、その一つは Shuyona 社が X 国で運営するものであり、もう一つは Shuyona 社の子会社である S 社が Y 国にて運営している。Shuyona 社の研究開発センターは、Shuyona グループの研究プログラム全体に責任を負っている。同センターは、Shuyona グループの経営幹部の戦略方針に基づいて活動し、研究プログラムの考案、予算の策定及び管理、研究開発活動の実施場所の決定、全研究開発プロジェクトの進捗のモニタリングを行い、概して、当該多国籍企業グループの研究開発機能を管理している。

47.    S 社の研究開発センターは、Shuyona 社の研究開発センターが指定する特定のプロジェクトをプロジェクト単位で実行している。S 社の研究開発者による研究プログラムに対する変更点の提案は、Shuyona 社の研究開発センターによる正式な承認を必要とする。S 社の研究開発センターは、Shuyona 社の研究開発センターの管理者に少なくとも月に 1 度はその進捗を報告する。S 社は、その活動に当たって Shuyona 社が定めた予算を上回る場合、追加費用については Shuyona 社の研究開発の経営管理者に承認を求めなければならない。Shuyona 社の研究開発センターと S 社の研究開発センターとの間の契約には、S 社が引き受ける研究開発に関連する全てのリスク及び費用を Shuyona 社が引き受ける旨が明示されている。S 社の研究者が開発した特許、意匠などの無形資産は全て、この 2 社間の契約に従って Shuyona 社が登録する。Shuyona 社は、S 社の研究開発活動に対し役務提供料を支払う。

48.    これらの事実に対する移転価格分析は、無形資産の法的所有者は Shuyona 社であると認識することから始まる。Shuyona 社は自社及び S 社の研究開発活動を管理運営する。Shuyona 社は予算策定、研究プログラムの策定、プロジェクト設計、資金調達及び支出管理といった業務に関連する重要な機能を果たす。こうした状況下で、Shuyona 社は、S 社の研究開発活動を通して開発された無形資産の使用から得られる利益を稼得する権利を有する。S 社は果たす機能、使用する資産及び引き受けるリスクに対して対価を受け取る権利がある。S 社への対価の額を決定するに当たり、S 社の研究開発者の相対的能力及び能率、実施中の研究の性質その他の価値へ貢献する要因は、比較可能性の要素と捉えるべきである。移転価格調整は、比較可能な研究開発活動のサービス・プロバイダーがこの役務に対して支払われる額に反映される必要がある限り、当該課税は一般に、役務が提供された年に関連付けられるものであり、S 社の研究開発活動から得られる無形資産の使用から生じる将来の利益を享受する Shuyona 社の権利には影響しないであろう。

 

論文からの引用

以下は本論文からの引用。

個人的にもっともだと感じたのは、「研究開発活動はそれ自体が目的ではなく、目的を達成するための手段である。」(P.112)という点、及びこれに続く「サービスの受領者企業がリスクをコントロールしているということは、当該企業の管理者がサービス・プロバイダーの活動を細部まで管理している、あるいは、研究開発活動の場合においてソフトウェアのコードの一行一行を検証する能力を有しているということを意味するものではない。意思決定者にはむしろ、特定分野の研究を実施する決定が既存の研究開発に及ぼし得る影響や、当該研究開発の実施に関連するリスクに関する理解が求められる。」(P.112-3)という指摘である。

これは楠木建先生が指摘されている、「商売を丸ごと任されている」経営(者)に求められるシンセシス(Synthesis:統合)と、優れた担当者に求められるアナリシス(Analysis:分解)としてのスキルの対比に通じるものがあるように思う。研究開発も経営全体からすれば「部分」に過ぎず、「部分」にいくら優れていようとも、「部分」しか担当しない者にはリスクはない代わりに、分け前に預かれることもない。

 

  1. R&Dサービスやマーケティングサービスを多国籍企業グループ内で提供するサービス・プロバイダーがDEMPE機能「を遂行し、又は『ユニークで価値ある貢献』を行っているため、多国籍企業グループ全体の収益率に連動しないコスト・マークアップではなく、多国籍企業グループの実際利益の一部分を得ることができるとの主張が複数の税務当局からなされるようになってきている。これらの税務当局は、取引単位営業利益法(TNMM)の代わりに、取引単位利益分割法を用いてこれらの企業の課税所得を決定することを求めている。」(P.98)しかし、これらの「主張の多く」は「誤りであることを示」(P.99)す。
  2. 移転価格ガイドラインは「多国籍企業グループにはそのグローバル事業を自ら適切と認められるかたちに組成する権限があ」り、その「権限には、特定のグループ企業を低リスク企業とリスクを引き受ける企業として活動させるかに関する決定を行う権限も…含まれている」とする。(P.100)*1
  3. 「…リスクを負担している企業(”risk-bearing entities”)のみが、多国籍企業グループが実際に稼得した利益の配分にあずかる権利を有する。そして、リスク負担企業として認められるには、自社の活動に関連するリスクを引き受け、かつコントロールする能力を有していなければならない。このため、リスクの引き受けとコントロールが、多国籍企業グループの示す形式と一致するかどうかを判断する上での鍵となる。…一致しているのであれば、サービス・プロバイダーが『DEMPE機能』を遂行しているか否か、あるいは『ユニークで価値ある貢献』を行っているか否かにかかわりなく、その取引構成(”structure”)は尊重されるべきこととなる。」(P.100-1)
  4. 「…多くの企業グループでは、無形資産の開発機能を含む重要な機能を非関連者に外部委託している。しかしながら、これらの取引の結果として、サービス・プロバイダーとサービスの受領者企業との間に、実際利益のシェアをサービス・プロバイダーに認めるようなジョイント・ベンチャー関係が生じることはない。また、これらの取引は、開発された無形資産の法的所有…をサービスの受領者企業が放棄する結果を生じさせるものではない。その代わり、サービス・プロバイダーは、その活動の範囲と、負担したリスクの額に相応する対価を受け取ることとなる。これと類似の原則が、関連企業間取引にも適用されなければならない。」(P.105)
  5. 「リスクの引き受けとは、リスクが顕在化した場合に生じるアップサイドとダウンサイド両面の結果を、その財務上の結果とともに引き受けることを意味する。…リスクを負担する企業は、リスクを引き受け又は回避し、これらの結果を負担し、かつ、リスク軽減機能に対し対価を支払うに足るだけの資金源へのアクセスを有している必要がある。」*2(P.108)
  6. 「…契約上と実際上の双方において関連者間取引に関連するリスクを引き受け、コントロールしている企業を特定することが関連者間取引の描写における重要なステップとなる。」(P.110)
  7. 「これらの原則は、一の企業が、他の企業をコントラクトR&Dサービス・プロバイダーとして有し、その対価が、当該サービスから産み出された技術が商業上の成功を収めるか否かにかかわりなく支払われる場合に当てはまる。仮にサービスの受領者企業が、実施すべき研究活動の内容と目標を決定し、予算を設定し、研究活動の有効性を評価し、当該研究活動の成果を商業化し、かつ、研究開発リスクを引き受ける財務能力を有しているのであれば、サービス・プロバイダーは、受領者企業のコントロールの下で活動していることになる。そのことは、サービス・プロバイダーがユニークな能力を有する人員を雇用している、あるいはサービスの受領者企業が自社内で実施できないタイプの研究活動に従事しているとしても変わりはない。」*3(P.111-2)
  8. 「研究開発活動はそれ自体が目的ではなく、目的を達成するための手段である。」(P.112)「サービスの受領者企業がリスクをコントロールしているということは、当該企業の管理者がサービス・プロバイダーの活動を細部まで管理している、あるいは、研究開発活動の場合においてソフトウェアのコードの一行一行を検証する能力を有しているということを意味するものではない。意思決定者にはむしろ、特定分野の研究を実施する決定が既存の研究開発に及ぼし得る影響や、当該研究開発の実施に関連するリスクに関する理解が求められる。」(P.112-3)
  9. 「「サービス・プロバイダーが受け取るべき対価」は、「R&D活動の遂行に従事する社員の能力や当該R&D活動の性質を考慮に入れて決定されるべきである。仮に当該社員がユニークな能力を有している、あるいはサービス・プロバイダーがユニークな分野の研究を行っているとした場合、比較対象取引に対し差異調整が認められる可能性がある。しかしながら、当該差異調整は、無形資産の使用から生じる利益を分割するかたちをとるべきではない。その代わり、同一ではないが比較可能なサービス・プロバイダーマークアップ率を修正することは独立企業間対価を得る上で認められる可能性がある。」(P.121-2)

*1:ここに付されている注釈38の参照先であるTPG9.34を引用しておく。(下線は本ブログ記事筆者。)
9.34 多国籍企業は、その企業自身がふさわしいと考えるように自社の事業を自由に組織できる。税務当局には、多国籍企業に対して、その構成をどのように設計すべきか又はその事業活動をどこで展開すべきかを指示する権利はない。ビジネス判断に当たっては、租税も考慮要素の一つかもしれない。しかしながら、税務当局は、条約、特に OECD モデル租税条約第 9 条の適用の下で、多国籍企業が採用した形式の税務結果を決定する権利を有する。このことは、税務当局は、必要に応じ、OECDモデル租税条約第 9 条に基づく移転価格課税、又は国内法(例えば、包括的又は個別の濫用防止規定)で認められた課税を、そのような課税が条約上の義務と適合する範囲で行うことができる、ということを意味する。

*2:ここに付されている注釈46の参照先であるTPG1.63、1.64を引用しておく。(下線は本ブログ記事筆者。)
1.63 リスク管理は、リスクの引受けと同じではない。リスクの引受けとは、リスクが現実化した時にリスクを引き受ける者が財務上等の結果を引き受けるとともに、リスクのプラスとマイナスの結果を引き受けるということである。リスク管理機能の一部を果たす当事者は、その管理業務の対象であるリスクを引き受けないことがあるが、リスクを引き受ける者の指示の下でリスク軽減機能の遂行を請け負うこともある。例えば、日常的な製品リコールリスクの軽減は、リスクを引き受ける者の仕様に従って特定の製造工程の品質管理のモニタリングを行う他の当事者に、外部委託されることがある。
1.64 リスクを引き受ける財務能力とは、リスクを負担するか手放すための資金、リスク軽減機能を果たすために支払う資金、リスクが現実化した場合に負担する資金へのアクセスと定義することができる。リスクを引き受ける者による資金アクセスは、利用できる資産と、リスクが現実化した場合の発生見込みコストをカバーするために必要に応じて追加的に流動資産を利用できる現実的な選択肢を踏まえる。評価は、本節の原則の下で正確に描写されたことを前提として、リスクを引き受ける者が関連者と同じ状況下の非関連者と同じ活動をしているということに基づいて行うべきである。例えば、所得を生み出す資産の使用権は、その当事者の資金調達の可能性を広げることがある。リスクを引き受ける者が、必要な資金をグループ内から調達する場合、資金提供者は財務上のリスクを引き受けることはあるが、単な る資金提供の結果、追加資金の必要性が生じるリスクを引き受けることはない。リスクを引き受けるための財務能力が不足している場合は、リスク配分に関して、ステップ 5 に基づきさらに検討を加える必要がある。

*3:ここに付されている注釈65の参照先であるTPG1.83を引用しておく。
1.83 A 社は開発での成功を追求しており、研究の一部を専門会社 B 社に委託している。ステップ 1 で、この取引では開発リスクが経済的に重要であると特定され、ステップ 2 で、契約に基づき A 社が開発リスクを引受けていることが確認された。ステップ 3 の機能分析により、開発リスクを引き受けるかどうか、及び開発リスクをどのように引受けるかについて、数々の関連する意思決定を行う能力及び権限をA 社が行使していることから、A 社が開発リスクをコントロールしていることが示された。これらの意思決定には、開発活動の実施、専門家へのアドバイスの依頼、研究者の雇用、研究の種類及びその目的、さらに B 社に配分する予算の決定が含まれる。A 社は、A 社のコントロール下で研究活動に関する日常の責任を負担する B社に対して、開発活動を委託するという手段を講じることにより、リスクを軽減した。B 社は、A 社に対してあらかじめ決められた期日に報告を行い、A 社は、開発の進捗状況及び進行中の目的が達成されているかどうかを評価し、その評価結果からプロジェクトへの投資の継続が正当かどうかを決定する。A 社は、リスクを引き受けるための財務能力を有している。B 社は、開発リスクを評価する能力を有しておらず、A 社の活動に関する意思決定は行わない。B 社の主要なリスクは、優れた研究活動の確実な実施、並びに必要なプロセス、専門知識及び資産に関する意思決定によってリスクをコントロールするための能力及び権限の確実な行使である。B 社が引き受けるリスクは、契約に基づいて A 社が引き受ける開発リスクとは異なる。A社の開発リスクは、機能分析に基づいて A 社によってコントロールされている。