移転価格税制の実務研究ノート

移転価格税制の勉強の過程。実務のヒントを探しています。

「OECD移転価格ガイドライン」第4章別添Ⅰ(低リスクサービスについてのCA間覚書例)

「国際税務」2023年9月号におけるジョーンズデイ法律事務所 井上康一先生による「移転価格税制についての素朴な疑問23 無形資産取引について何に留意すべきか(5)」において、「OECD移転価格ガイドライン」第4章別添Ⅰ「二国間セーフハーバーにかかるCA間覚書例」(以下「CA間覚書例」)が紹介されている。

これまで「OECDガイドライン」の添付資料にはほとんど目を通すことができておらず、この「CA間覚書例」についても読んだことがなかった。井上先生の解説を通してその存在を知ったので、通して読んでみた。以下はそのメモ。

まず、この別添は「低リスク販売機能、低リスク製造機能及び低リスク研究開発機能が関わる移転価格事案の一般的な区分に関して二国間セーフハーバーの交渉を行う際にCA(Competent Authority:権限ある当局)が利用できる覚書(MOU)のサンプルを定めるもの」とのことである。ここで列挙されたような一定の低リスク機能の委託・受託取引を行う際に、グループ会社同士が締結するための覚書ではなく、あくまでも当局間で締結する覚書の例であるが、グループ内取引、グループ内契約の検討に当たっての示唆が多い。

そもそも、CA間で二国間のセーフハーバーについての取り決めることがある、ということ自体、知らなかったが、その有用性について、「CA間覚書例」では以下の通り説明されている。(なお、MOUとは覚書のこと。)

販売マージンと製造マークアップは、地域を超えて、かつ、多くの業界にまたがって、相当程度一致することがある。そのため、これらの種類の事案について通常妥協できる範囲に関する指針は、合理的な範囲の結論が二国間で合意され、公表されれば、かなりの幅で、移転価格監査の件数を減らし、さらに CA が抱える訴訟などの移転価格紛争の件数を減らすという効力を有するかもしれない。(「OECD移転価格ガイドライン2022年版」仮訳P.412)

このような MOU が存在すれば、適格のある納税者は、自己の財務結果が対象のMOU に合意している国の双方により承認されるであろうことを理解して安心しながら、自己の財務結果がその合意されたセーフハーバーの範囲に収まるよう管理することができるようになるであろう。この種類のアプローチの前例として一般によく挙げられるのは、マキラドーラ事業のためのセーフハーバー利益幅に関するアメリカ合衆国とメキシコとの間の合意である。(同P.412)

リソース不足が深刻な発展途上国においては、多数の条約相手国との間で締結される二国間 MOU は、過度の執行努力なしに一般的な移転価格の事実状況において現地の税基盤を保護する手段を提供することができる。(「OECD移転価格ガイドライン2022年版」仮訳P.413)

ここの販売マージンについての記述は、Pillar 1のAmount Bの議論を想起させる。ここで言われている二国のCA間が実際に例示されているアメリカーメキシコ間の「マキラドーラ事案」以外にどの程度存在しているのかわからないが、二国間での取決めを拡大していき、多国間で締結しようという試みの一つがAmount Bなのだろうか。二つ目の引用で触れられている納税者にとってのメリットや、三つ目の引用における「リソース不足が深刻な発展途上国」にとってのメリットも、Amount Bで議論されている内容に近い(というより、そのままである)。

また、さらに、販売マージンのみならず、製造マークアップについても同様の認識、つまり地域や業界をまたがってマークアップ率が「相当程度一致する」ことについて触れていることも興味深い。これは将来的には、低リスクの製造機能についても、Amount Bのような制度が導入される可能性があるということだろうか、と思った。

各低リスクサービスについての覚書例をまとめてみる。(各数字は本第4章別添Ⅰの段落番号を示す。下線は当記事筆者。)

 

低リスク

製造サービス

低リスク

販売サービス

低リスク

開発サービス

受託する事業 受託者の主たる事業活動は、委託者のために製造サービスを実施すること、又は、委託者に対して販売する製品を製造すること。(4(b)) 受託者の主たる事業活動は、委託者のためにマーケティング・販売サービスを実施すること、又は、第三者に販売するために委託者から製品を購入すること。(20(b)) 受託者の主たる事業活動は、委託者のために研究開発サービスを実施すること。(36(b))
合意内容 受託者は委託者と事前に書面による合意を締結する。その内容は①委託者が製造活動に関連する主たる事業リスクを引き受ける、②委託者が下記の対価を支払う。(4(c)) 受託者は委託者と事前に書面による合意を締結する。その内容は①委託者が受託者のマーケティング・販売活動に関連する主たる事業リスクを引き受ける、②委託者が下記の対価を支払う。(20(c)) 受託者は委託者と事前に書面による合意を締結する。その内容は①委託者が開発に関する主たる事業リスク(研究開発が成功しないリスクを含む)を引き受ける②開発サービスによって生じた無形資産についての全ての利益は委託者に帰属する、③委託者が下記の対価を支払う。(36(c))
受託者が得るべき対価 受託者の対価は、受託者の総費用に対する一定率。(受託者が委託者から材料供給を受けるかどうかによって利益率は異なる。)(7(a,b)) 受託者の対価は、受託者の売上高に対する一定率。(23(a)) 受託者の対価は、受託者の総費用に対する一定率。(39(a))
その他 出荷した完成品在庫に対して受託者は所有権を保持せず、リスク負担も負わない。
受託者が保有する資産の一定率以上は工場、設備、原材料・仕掛品在庫で構成される。受託者が保有する完成品在庫は受託者の売上高の一定率未満。(4(f,h,i))
受託者が保有する完成品在庫は受託者の売上高の一定率未満。(20(h)) 受託者が実施する研究開発プログラムは、委託者が設計、指示及び制御する。(委託者によってdesigned, directed, and controlled。)(36(g))
       

それぞれの低リスクサービスに共通する取り決めは以下の通りである。

  • 受託者は委託者と事前に書面による合意を締結する。
  • 主たる事業リスクは委託者が引き受ける一方で、受託者が得るべき対価は限定される。(明示されていないが、必然的に、残余の利益・損失は委託者が享受ないし負担する。)

他方、それぞれに特有の取り決めのうち、重要なものは以下と理解した。

  • 開発サービスによって生じた無形資産についての全ての利益は委託者に帰属する。
  • 開発サービスの内容は、委託者が指示・コントロールする。
  • 製造サービス、開発サービスの場合の対価は「総費用」に対する一定率で設定される一方で、販売サービスについての対価は「売上高」に対する一定率である。

なお、無形資産については開発サービスについてのみ触れられているが、仮に製造、販売サービスの遂行によって構築される無形資産があるならば、その無形資産についての利益も委託者に帰属するものと考えられる。

重要なのは低リスクサービスの委託・受託取引に共通する取り決めである「主たる事業リスクは委託者が引き受ける。受託者が得るべき対価は限定される。」という点であろう。あらためて言うまでもないが、リスクの負担がグループ内利益配分を決定するポイントである。

(蛇足になるが、製造・開発サービスの対価が「総費用」に対する一定率であるのに対して、販売サービスの場合には「売上高」に対する一定率となるのはなぜなのだろうか。独立の販売代理人への対価がそのように設定されるから、ということだろうか。しかし、製造・開発サービスと、販売サービスに本質的な違いはなく、「売上高」に対する一定率では利益配分をしていることにならないのだろうか。「総費用」に対する一定率という対価の取り決めの下においては、受託者側にとって、掛けたコストは必ず回収されるため、一切のリスクはなく、少なくとも短期的には役務を実施することだけが求められ、成果は問われない。一方で「売上高」に対する一定率では、販売サービスを実施しただけでは対価が得られず、成果である「売上高」が必要となる。)