移転価格税制の実務研究ノート

移転価格税制の勉強の過程。実務のヒントを探しています。

外‐外取引の拡大?

雑誌『国際税務』2023年4月号に掲載された以下論考に基づいて、考えてみたい。

 

Asia Wise会計事務所 税理士 高野一弘、公認会計士 山﨑耕平、弁護士 久保光太郎「バーチャル組織の実践課題 第6回(最終回)5年後の組織考察」(以下「Asia Wise論考」「当論考」)

 

当論考は5年後のバーチャル組織の検討課題として、以下2点を指摘する(当論考2.より)。

(ア)バーチャル化の深化(非拠点化)

(イ)地産地消モデルへの移行

この2点の指摘は非常に示唆に富む。当論考を出発点に、自分の解釈も含めて以下少し考える。いずれも「5年後」の課題というよりも、足元ですでに起きつつある変化であり、喫緊の課題であると感じている。

 

「(ア)バーチャル化の深化(非拠点化)」について

「バーチャル化の深化(非拠点化)」の一つの表れ方は「本社機能の分散化」であろう。従来、日本親会社だけで行っていた管理機能を、日本親会社だけでなく、グループ内各拠点で一部分担して実施するようになる。(やや脱線かもしれないが、グループ各拠点が本社機能の一部を実施することは、単に日本親会社側だけでグローバルな管理業務を見切れないという理由だけでなく、各拠点側メンバーの成長意欲に応える意味でも必要になってくるように思われる。)

拠点側管理部門では、自社のための管理機能と、日本親会社から委託されるグローバル機能を併せ持つことになる。例えば、拠点人事部門は、自拠点の人事業務に対応する機能と、本社人事業務を実施する機能の両方を有することになる。

ただ、このこと自体は、日本親会社から各拠点への業務が委託され、拠点側は日本親会社からの業務を受託し(業務委託契約を締結し)、日本親会社から各拠点へ業務委託料が支払われることによって実施されることが想定され、特段の大きな問題はないように思われる。業務委託料は拠点側での日本親会社からの受託業務に要したコストに、一定のマークアップを乗せて計算されることで、拠点所在国側、日本側、ともに移転価格税制上の大きな問題はなさそうである。(もちろん、契約の有無、委託業務の実態を示す証憑類の確認等、役務提供取引としての基本的なポイントは押さえておく必要はあるが。)

 

「(イ)地産地消モデルへの移行」について

一方で「地産地消モデルへの移行」は日本親会社にとって、より深刻な課題であるように感じた。

昨今の「地政学上のリスク」(Asia Wise論考2.)の高まりや「物流事情の悪化」(同2.)を踏まえると、「国境をまたぐ製品、商品の移動をなくす、ないし、減らすことを志向する企業が増えてくることが想定され」(同2.)、「ブロック経済ごとにサプライチェーンを完結させる、いわゆる『地産地消』モデルへの移行を思考(原文ママ)する会社が増大するのではないか」(同2.)。そして、「…地産地消モデルが浸透すると、日本に所在する本社が商流に介在することが困難にな」(同3.)る。従来「日本の本社が商流に介在し、本社で発生したコストを売買差益により回収」(同3.)していたが、これが「できなくなるため、サービス報酬請求のメカニズムを慎重に設計することが現状以上に重要になる」(同3.)。

これによる影響として、以下3点があるだろう。

①本社コスト回収の難しさ

②TNMMの徹底の難しさ

③現地機能の拡充への対応の難しさ

 

①本社コスト回収の難しさ

製造業の日系多国籍企業グループを前提に考えた場合、「地産地消」とは、海外生産/海外販売のいわゆる外‐外取引になるということである。仮にこれまでは海外生産品を日本親会社が三国間貿易の形で仕入れ、海外販社に転売していたところ、海外生産品は直接海外製造子会社から海外販売子会社に販売されるようになってしまうと、日本親会社は本社コストの回収ができなくなる。この場合、Asia Wise論考で指摘されているように、回収手段としてのロイヤリティの重要性が高まるが、ロイヤリティ金額を増やすことや、そもそも変動させることは実務上極めて難しい。かといって、役務提供取引によって日本親会社の管理部門コストを回収しようとすると、これらのコストは海外各社側において直接的な受益の認識が難しいことから、現地税務当局から損金算入を否認されるリスクを孕む。

また、「(ア)バーチャル化の深化(非拠点化)」と合わせて考えると、日本親会社が各拠点に本社機能の一部委託をするのは結局のところ、様々な理由からグローバルでの管理範囲・機能の拡大・強化が求められていることへの対応の結果であり、トータルでのグローバル管理コストは増大する傾向にある中で、そのコスト回収が困難になっていることは今後日本国税から指摘されるリスクが増えることになる。しかし、上記の通り、外‐外取引をしている海外各社からのロイヤリティ、役務提供料での回収をむやみに増やそうとすると、海外税務当局側からの指摘リスクが上がってしまう。

 

②TNMMの徹底の難しさ

さらに、「日本に所在する本社が商流に介在することが困難にな」(同3.)ると、日本親会社は海外製造子会社、海外販売子会社の利益率水準をコントロールすることができなくなり、TNMMの徹底は難しくなる。この場合、日本親会社と海外製造子会社、海外販売子会社との間で棚卸取引がないのだから、海外製造子会社や海外販売子会社の利益率は日本側、海外側双方で問題にならないのであればよいが、相変わらずTNMMの適用を前提に海外製造子会社や海外販売子会社の利益率が検証対象として見られるのであれば、移転価格課税リスクは増大する。

 

③現地機能の拡充への対応の難しさ

そして、「地産地消」や「ブロック経済化」が進展していくと、外‐外取引をしている海外製造子会社、海外販売子会社側で、従来の単純製造機能、単純販売機能を超える機能を実施するようになることも想定される。

これは「地産地消」とは関係のない傾向かもしれないが、そうなると、TNMMの適用はますます困難になってきて、日本、海外双方の税務当局からの自国課税権についての主張はより複雑化してくる。具体的には、海外当局側からは自国所在の子会社の機能拡充に基づく所得配分の増加要求が出てくる、また日本国税側からは、海外子会社への「過大な」利益配分についての指摘が行われる。単純な製造・販売機能を前提とした議論以上に主張がぶつかり合うことが予想される。

 

ブロック経済化」は、世界史上の出来事としてしか考えていなかったが、これもグローバル化の逆回転の一つの現象であろうか。