移転価格税制の実務研究ノート

移転価格税制の勉強の過程。実務のヒントを探しています。

炭素税の国境調整措置と移転価格税制への波及

2021年4月29日の日本経済新聞に「脱炭素『国境調整』の行方は」と題した記事(記事①)が掲載されたり、同紙5月4日「ニュースがわかる」では「加速する脱炭素 排出量取引の機運」という解説記事(記事②)が載るなど、カーボンプライシングを巡る議論が活発化しているとのこと。記事①の欧州議員ユッテ・ギューテランド氏へのインタビューによれば、EU欧州委員会は6月に国境炭素調整措置を公表するとのことで、EUは2023年までの導入をめざしているようだ。

恥ずかしながらこれまでこの議論に全くと言っていいほど注意を払ってこなかったが、ここでは直接的に実務に関連してきそうな「炭素税」について勉強し、あわせて、移転価格税制への影響(があるのかどうかを含めて)を少し考えてみたい。

 

■炭素税の基本的な理解

まず「炭素税」及び国境調整措置についての基本的な理解を得るために、東京財団政策研究所の先生方の以下の3つの論考を拝読し、以下に抜粋してみた。

①2021年3月23日論考…森信茂樹研究主幹「カーボンプライシング・炭素税の3つの論点ー連載コラム『税の交差点』第84回」

②2017年5月30日論考…佐藤主光主席研究員「環境消費税ー温暖化対策と税収増で二重の配当を」

③2021年3月16日論考…土居丈朗主席研究員「仕向地主義炭素税は難しくない」

  • 菅政権は就任早々「2050年温暖化ガス排出ゼロ」政策を打ちあげた。(論考①)
  • …昨年末に、菅首相は…二酸化炭素(CO²)の排出に経済的な負担を上乗せすることにより市場メカニズムを通じて排出量を抑制する「カーボンプライシング」(以下、CP)の制度設計の具体化を指示した。(論考①)
  • CPの手法としては、大きく分けて、CO²排出量に応じて課税する「炭素税」と、CO²排出枠を取引する「排出量取引」がある。(論考①)
  • 環境税は排出の外部費用(経済コスト)に相当する税率を市場に課すことで(さもなければ取引当事者には考慮されない)地球温暖化等の社会的外部費用を市場価格に「内部化」させる仕組みである。(論考②)
  • …わが国は2012年に炭素排出量に比例する「地球温暖化対策税」(温対税)を「炭素税」として導入したのだが、欧州諸国と比べて、極めて低い水準にある。そこで目標達成のためには、追加的な「炭素税」が必要…。(論考①)
  • グローバル経済の下では、炭素税による価格上昇は輸出品の競争力を弱めるだけでなく、炭素税が導入されておらず価格に税負担のない国からの輸入品と比べても競争力が低下してしまう。…これを防ぐための方法として、国境調整を行うことが考えられる。(論考①)
  • 国境調整というのは、輸入段階で海外製品に対して国内生産品に相当する炭素税を課し、輸出段階で炭素税負担を還付するという税制のことで、税制の概念でいえば、仕向け地(輸出地)課税ということでもある。この仕組みは我が国の消費税や欧州などのVAT(付加価値税)で採用されており…最終消費者への負担を図るものである。(論考①)
  • 仕向地主義炭素税(destination-based carbon tax)とは、仕入税額控除と輸出免税と輸入時課税を認めた炭素税である。…仕入税額控除と輸出免税と輸入時課税も、すべて国際的に共通した付加価値税の課税方法に倣っている。(論考③)

 

■数値例で考えてみる

論考②にはこの「仕向地主義炭素税」が図と数値例で分かりやすく解説されている。ここでは、次に、この図・数値例を元にさせて頂きながら、次の移転価格税制への影響検討につなげるための数値例を以下の通りまとめてみた。誤りがある場合には、当然すべて筆者自身の理解不足によるものであるが、こうして単純な数値例を手を動かして作ってみると、仕向地主義炭素税は消費税の基本的な仕組み(仕入税額控除、輸出免税、輸入課税)と変わらないために「難しくない」と感じることができた(正しく理解できているかはわからないが…)。

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前提条件等について補足すると…

  • X国とY国の双方に仕向地主義炭素税が導入されている。
  • 商流①ではY国内の製造会社Bが生産した製品bが、非関連者の販売会社D、同じく非関連者の得意先(小売り)を通して、Y国内消費者に販売される。
  • 商流②ではX国内の本社Aで生産された製品a(製品b同等品)が、Aの販売子会社CによってY国に輸入され、非関連者の得意先(小売り、商流①の「得意先」と同じ会社)を通して、Y国内消費者に販売される。
  • 本社Aにおける炭素税納付のマイナス(-10)は、図では省略しているが、AがX国内で仕入れた原材料に課せられた炭素税10について、輸入時の還付を受けたもの。
  • 製品a輸入時に、Cは輸入炭素税30を課せられている。これはX国での排出量抑制措置が不十分なためにY国が課したもので、より環境対策が進んだBが生産する製品bに対する炭素税(10)よりも重課されている。
  • 得意先が消費者に販売する本体価格は製品a/bともに120であるが、価格転嫁された炭素税に差がある(a: 35、 b:15)ために、消費者が支払う炭素税を含む総額にも差が生じている(a:155、b:135)。

 ■EUが先行導入した場合の移転価格税制上の問題

ここで(ようやく本題…)、日本の製造業に典型的なケースとして、日本ないしアジアで生産し、欧州販売子会社を通じて欧州内得意先/消費者に販売するケースを考えてみたい。上図でいえば、Y国がEU加盟国として、各国に先駆けて炭素税及び国境調整措置を導入する一方、X国が日本として炭素税が未導入のケースである。

  1. 図の通り、本体価格は商流①の製品b、商流②の製品aともに本体価格120として、その上にbに炭素税15、aにEUが課す輸入炭素税30を含む炭素税合計35が上乗せされた状態で消費者に販売されることになる。これをY国消費者ないし、得意先が許容するか?あるいは競争上不利となってしまったACグループがこの状態を許容できるか?
  2. 本ケースのように競合製品(製品b)が存在している場合には、製品aはやはり不利になり、製品a/bの他の条件が同じであれば売上が落ちることになるので、得意先から要求されるまでもなく、ACグループは自ら総額(本体価格+炭素税)の引き下げに動くのではないだろうか?
  3. もちろん、この時にX国(日本)本社Aでの生産時のCO²排出量を引き下げることでEU輸入炭素税を下げることができれば最もよく、それが炭素税導入の本来的な目的であるはずだが、少なくとも短期的にはそれが達成できない場合、現状120の最終本体価格そのものを下げることで「つじつま合わせ」をするのではないか?
  4. 最終本体価格(120)の引き下げという「つじつま合わせ」を行いたい場合、当然、C→得意先価格(110)も引き下げが必要である。そして、販売子会社は通常、移転価格税制上は機能・リスクが限定的としてTNMMで一定利益の確保を求められることから、A→C価格(100)の引き下げも必要になる。
  5. 今回のケースでは本社Aが製造を行うとともにグループ本社機能を有している前提だが、仮に製造が別子会社に任されている場合は、製造子会社もTNMMでは一定利益の確保が必要であり、結局、EUで炭素税の国境調整措置が導入をされた場合に、少なくとも短期的には、日本(X国)親会社がEU国(Y国)での炭素税負担を被ることになるのではないだろうか
  6. また、これは制度設計上の問題ではあるが、実際にAが生産時のCO²排出量の削減に成功したとして、Y国輸入時の輸入炭素税30がきちんと削減量に見合った分だけ引き下げられるのだろうか?そもそも30がどのように決められるのかという問題もあり、少し考えただけでも相当に悩ましい問題のように思う。(Aという個別会社の排出量を元に決められるのか、それともX国×産業分野くらいの大雑把な決め方がされるのか。個別会社/製品単位で輸入炭素税が決め得るとして、Aが様々な製品を生産している場合に製品a分をどう測り、その正しさをどう証明するのか。)

本当に5.の結論でよいのだろうか。(「よいのだろうか」というのは、あり得る結論となっているのだろうか、という意味合いと、さらに、こうした結論があり得るとしたら、炭素税の制度設計としてこれでいいのだろうか、という二つの意味合い。)日本の親会社はグループのCO²排出量抑制を主導すべき立場にあるのだから、その責任を被る意味で、EUで課された炭素税を実質的にかぶるしかないのだろうか。仮に6.で触れたように輸入炭素税が個別の企業ではなく、立地している国単位で決められてしまう場合も、環境対策ができていない国に工場を設立した責任が親会社にあるのだろうか。

■若干の余談

最後に移転価格税制を離れて、余談を少し。

上記例において、炭素税を重課された企業(ACグループ)が正しい方向(CO²排出量削減)に努力をすればよいのだが、総額維持のための値下げによって失った利益を賄うために(少なくともCO²排出量削減が達成できるまで)、労働者の賃下げや仕入れベンダーへの値下げを行う恐れはないのだろうか?つまり、もともと炭素税は上記引用の通り、「排出の外部費用(経済コスト)に相当する税率を市場に課すことで(さもなければ取引当事者には考慮されない)地球温暖化等の社会的外部費用を市場価格に「内部化」させる仕組み」(論考②)なのだが、結局、短期的な利益確保という圧力の前では、その「内部化」されたコストは、結局外部である別の「弱いところ」に押し出されてしまう可能性はないのだろうか?

 

これまで企業を評価する指標として唯一絶対の存在であった「利益」に、昨今では環境要因が加わりつつあり、炭素税もその流れの一つであると理解している。ただ、単一(少数)の指標の達成を課すと、他の指標を犠牲にしてでもその単一指標の達成に走ってしまうことが組織の中では往々にして起こる。炭素税も同じ危険はないのだろうか。一部の自動車会社が排出ガス規制の不正ソフトを使用したり、燃費データを改ざんしたことが以前に問題になったが、同様のことがCO²排出量/炭素税でも起きるのではないだろうか。

 

もう一つ、今回の例では競合する製品a/bのCO²排出量が異なり、異なる炭素税が課せられたケースにおいて、日本でAが生産した製品aが製品bに対して競争上不利になることを想定した。ここで市場内で製品bの売上が伸び、製品aの売上が落ちれば、「環境にやさしい」商品が売れたことになり、地球全体のCO²排出量が(炭素税導入前と比較して)削減されたことになる。しかし、もし、生産された製品の合計(ab)数量が炭素税導入の前後で変わらないとしたら、本当に「気候変動との闘いに勝つ」(記事①:ユッテ・ギューテランド氏)という本来の目的は達成できるのだろうか。環境に対するインパクトを考えたら、総量自体を減らさないと効果は薄く、少なくとも「2050年温暖化ガス排出ゼロ」という目標に対しては総量自体を減らさないとどうしようもないように思うが、どうなのだろうか。ただ、総量自体を減らすハードルは途轍もなく高いように感じる。(いち消費者としても、また、企業の「成長」志向からしても。)