移転価格税制の実務研究ノート

移転価格税制の勉強の過程。実務のヒントを探しています。

ガブリエル・ズックマン著「失われた国家の富――タックス・ヘイブンの経済学」(NTT出版)

本書の原書は2013年にフランスで出版された一般向けの本とのことで、フランスの読者を意識してか、「タックス・ヘイブンの経済学」との副題であるが、焦点が当てられているのはヨーロッパ内のタックス・ヘイブンであるスイスとルクセンブルクである。

個人の富裕層による租税回避についての記述が多いが、ここでは、個人的な関心から、多国籍企業による租税回避についてのみ取り上げたい。

 

ズックマンは2013年当時進行していたBEPSプロジェクトについて、これは「一連の小手先のテクニック」にすぎず、「15年間(最初の取り組みは、1990年代後半に始まった)の後退の末の結論は明快だ。このアプローチは失敗を余儀なくされている。」(P.143)と主張する。代わりに提案されている多国籍企業の租税回避への対抗策は、グループ全体の合算所得を一定の定式により各国の各社に配分する、いわゆる定式配賦(Formula Apportionment)である。

  • …さまざまな国に利益を割り振るためには、企業が操作できない配分式を利用しなければならない。配分式は、実際の販売量に高いウェイトを置くのが理想的だ。というのは、企業は実際の販売量をあまり操作できないからだ。…問題は、中国がアメリカ人だけが買う製品を製造する場合、販売地だけで決定すると、すべての利益…はアメリカに配分されてしまうことだ。このようなシナリオを避けるには、賃金総額や生産に利用される資本などの要素を織り込まなければならない。利益が各国に配分された後は、国は自分たちの望む税率で、利益に対して自由に課税すればよい。(P.144)
  • 魔法の配分式はまだ発明されていないとしても(そしてそのような配分式は、おそらく存在しないだろう)、こうした課税システムの利点は、きちんと理解されるべきだ。すなわち、世界的規模での利益への課税により、移転価格操作は通用しなくなるだろうということだ。(P.144)

この主張自体は特に目新しいものではないように思うが、やはりこの方向しかないのか、という思いをあらためて抱いた。

そして、もう一つ、本書の最後でズックマンは以下のように呼びかけている。

  • 解決策があるとしても、これまで各国政府は、意を決して行動しようとしなかった。だからこそ、今こそ政府の責任を問うべきなのだ。…ヨーロッパにおいて、そしてむしろタックス・ヘイブンにおいて、市民社会が声を上げることが重要なのだ。(P.151)
  • 大規模な課税逃れの幕引きをするために遂行すべき戦闘は、国家間の闘いだけではない。それはむしろ、課税逃れの防止を仕方がないとあきらめたり、国の無力を嘆いたりしないという市民の闘いである。(P.151)

この呼びかけから、2020年9月18日の朝日新聞のインタビューにおける、北京大学教授のマイケル・ペティス氏の以下の説明を連想した。

中国では、低賃金という労働者の犠牲と引き換えに経済全体としては増えた『貯蓄』が、国家統制下の銀行を通じて企業への融資などになり、生産や輸出を支えてきたのです。利益を得るのは大企業や金融界です。米国でも、グローバル化で大きな利益を得たのは大企業と金融界です。

ともに労働者層や中間層が負け、金融界や金融資産を持つ富裕層が勝つ。問題の本質は、それぞれの国内での格差と、それが引き起こす対立構造…。

ズックマンのいう「市民の闘い」とは、「労働者や中間層」による「大企業や金融界」「富裕層」に対する「闘い」なのだろうと。