移転価格税制の実務研究ノート

移転価格税制の勉強の過程。実務のヒントを探しています。

中里実著「租税史回廊」(税務経理協会)

www.zeikei.co.jp

過去の様々な税務専門誌への寄稿論文や講演を収録したもので、自分の知識では歯が立たない部分も多い。しかし、全体的には平易な言葉で書かれており、取っつきやすく、また、租税という分野に限定されない広い視点が非常に参考になった。

 

ここでは個人的に興味を惹かれた以下の3点について簡単に触れておきたい。

 

1. 「附加価値税の誕生と発展」(P.56~59)

  • …日本で通常は間接税として理解されている附加価値税が、実は、企業が生み出した附加価値に対して課される企業課税であるという点において、法人所得税と極めて類似しているということに関する正確な理解が重要である。(P.56)
  • …法人所得税の国際課税方式の欠陥を突いた課税逃れが実務的に重要性を増し、先進諸国において法人所得税の課税が徐々に困難になりつつあることを反映して、世界における法人所得税の地位か徐々に低下してきている…。(P.59、以下同じ)
  • (これを)埋め合わせるために、世界の国々で、附加価値税の増税が図られてきた…。
  • この点について理論的に考えてみると、附加価値税が、間接税の一種として位置付けられながら、その実際は、企業の生み出した附加価値に対して課される租税であるという点を考えると、法人所得税から附加価値税へのシフトは、実は、企業課税における課税ベースの変容の動きであった…。

「附加価値税が…その実際は、企業の生み出した附加価値に対して課される租税である」という点が十分に理解しきれていない。

例えば、下図のような企業Aから80で仕入れた企業Bが100で消費者に販売するというごく単純なケースにおいて、日本の消費税の納付額は企業A、Bはそれぞれ8と2であり、それは企業の付加価値そのものに課税する「付加価値税」だったとした場合の納付額と理論上はイコールである(g=j)。理論上イコールであることをもって「附加価値税は企業の生み出した附加価値に対して課される租税である」と言われているのだろうか。腑に落ちていないのは、「しかし消費税においては、これ(下図の消費税額8+2=10)を負担するのはあくまでも消費者ではないのか」という点であり、「法人所得税から附加価値税へのシフト」は「課税ベースの変容」ではあるとは思うが「企業課税における課税ベースの変容」なのか、という点である。

f:id:atsumoritaira:20220406062438p:plain

また、上図を見ながら生じたやや派生的な個人的な疑問として、以下の2点も追記しておきたい。

  • ①消費者に負担させるのが消費税なのだとしたら、10を回収した企業Bがそれをそのまま国に納付すればいいだけでは?(売上税になるのだろうか?)なぜ図における企業Aのような前段階の企業までを巻き込む税制にする必要があるのだろうか?
  • ②企業の付加価値に対して課す「付加価値税」とするならば(g)、個々の取引のすべてに課さずに、法人税同様、各企業に法人単位の付加価値(f)を申告書上で計算させて、それに付加価値税率を掛けて、企業に納付させれば済むのではないだろうか?

なお、上記①の疑問については、以下の朝長先生の解説で、このような課税制度とはしなかった理由がよく理解ができた。「我が国の消費税は、その創設時から、『消費税は、事業者に負担を求めるのではなく、税金分は事業者の販売する物品やサービスの価格に上乗せされ、次々と転嫁され、最終的には消費者に負担を求める税である。』…と説明されてき」たが、実際には「仕入税額控除を制限することで事業者にも負担をさせることができる仕組みとなっている」とのことであり、この意味では「企業課税」としての意味合いもあるということになる。

www.amidaspartners.com

 

2.  課税逃れが持つ意味

「課税逃れ産業の構造」
…課税逃れ産業の台頭による課税逃れの蔓延により、税収不足となった政府は、自らの維持のために必要な最低限の資金さえ集めることができず、滅亡の危機に瀕する…。(P.141-2)

例として歴史上の以下のケースが引かれており、今のBEPSに対する取り組みは国家にとってまさに存亡をかけたものであることが理解できた。というよりも、これまで読んだどのような解説よりも、この歴史が示すことからの説明を読むことで、課税逃れ問題の根本的なところを掴めたような気がする。

  • 中国では歴代王朝が高税率の塩税をかけてきたが、これを逃れる塩の密売人が権力を握ることになり、唐は塩の密売人である黄巣の起こした乱により事実上滅亡させられた。
  • 班田収授の法に基づく租庸調の制度は、寺社や貴族に対する非課税措置を濫用した荘園の蔓延により崩壊。律令国家における貴族支配は、荘園の開発者であり管理者である武士団の支配にとって代わられた。

さらに、中里先生がこのような租税回避の研究に取り組まれるきっかけについての以下の説明にも興味を惹かれた。

租税法は、課税をめぐる納税者と課税庁の間の関係を調整する法分野である。ところが、35年以上前…に、私は、そのような納税者と課税庁の間の法律関係について研究するよりは、むしろ、国際的な課税逃れ取引の経済的仕組みや私法的仕組みに焦点を当てて研究をしようと決心した。
納税者と課税庁の間の法律関係について研究するのみでは、何か大きな問題を取りこぼしているように思えてならなかったからである。納税者と課税庁以外に確かに『納税者になろうとしない存在』があって、それがまったく合法的に先進国の課税をいとも簡単に逃れているという現実があるにもかかわらず、それについて検討できないのであれば、租税法を専攻する意味はないのではないかと思いつめた結果であった。(P.83-84)

 

3.  課税問題と会社法(P.398~403)

  • タックス・プランニングは、単なる課税問題ではなくて、もはや会社法の問題なのです。アグレッシブなタックス・プランニングをやるということ自体が会社法上問題だという、そういう動きが出てきていますし、会社法上そういう動きが現実にあります。(P.399)
  • 税務だけ考えても駄目で、税務の背後にコーポレート・ガバナンスがあることをわすれては問題が生じます。そして、コーポレート・ガバナンスというのは、これは会社法の世界なのです。(P.400)
  • 法務の一環としての税務という発想が重要です。法務があって、その中の一つとして税務があって、労働があって、知的財産があって、広報があってというふうに、大きな法務の中にいろいろなものがぶら下がっている。法務というのはプラットフォームなのだということです。(P.400)

「法務の一環としての税務」、会社法との関係は、これまで勉強する上でほとんど考えてこなかったが、これからのテーマの一つとして取り組んでいきたい。以下のようにも書かれていることを自分の戒めとしたい。

特定の閉じられた領域だけの専門家だというふうに自己規定してしまうと、それしか考えない人間になってしまう。もちろんそれは重要なのですけれど、プラスアルファがあった方がいいのではないか。(P.402)