移転価格税制の実務研究ノート

移転価格税制の勉強の過程。実務のヒントを探しています。

事前確認の勉強

以下の資料、特に「資料①」をメインに、ユニラテラルAPAとバイラテラルAPAを比較しながら、事前確認について、勉強のメモを残しておきたい。

大野雅人「論説 事前確認の法制化は何故必要なのか」筑波ロー・ジャーナル16号(2014年5月)(以下、「資料①」)

羽床正秀編著、水野時孝・松村昌信・河村真紀子共著「令和2年版 移転価格税制詳解~理論と実践ケース・スタディ~」大蔵財務協会(以下、「資料②」)

 

事前確認の法的性格

事前確認の法的性格は、資料①で以下の通り説明されている。(下線は当記事筆者。)

事前確認について、我が国には法令の規定はなく、…国税庁長官通達により運営されている。確認は行政上の事実行為であり、納税者の権利義務が変更されるものではない。税務当局が移転価格課税を行わないのは、信義則によるものとされている。(P.4)

ここでの「国税庁長官通達」とは、「移転価格事務運営要領」及びバイAPAを含む相互協議についての通達である「相互協議事務運営指針」のことである*1。なお、事前確認に法令上の根拠がないこと、当局側が信義則上これに拘束されることについては資料②P.585においても指摘されている。(信義則について、Wikipediaでの説明は「信義誠実の原則(しんぎせいじつのげんそく)とは、当該具体的事情のもとで、相互に相手方の信頼を裏切らないよう行動すべきであるという法原則をいう。信義則(しんぎそく)と略されることが多い。」とされている。)*2

さらに、これまでなぜAPAと略される用語がなぜ二つあるのか、不思議に思っていたが、資料①の以下の説明でよく理解ができた。

国によっては、これ(当記事筆者注:事前確認)を、納税者が一定の内容でその国外関連者と取引を行う場合には税務当局は移転価格課税を行わないとする、納税者と税務当局との合意として、その名称も"Advance Pricing Agreement"とすることもあるが、納税者と税務当局が契約によって租税法の規定と異なる課税関係を作り上げるかのような語感を避けたい国々(我が国を含む。)は、agreementの語を用いず"Advance Pricing Arrangement"と呼称し、OECD等ではこの呼称が用いられている。(P.3)

(日本がarrangementの語を用いることは相互協議室「事前確認の概要」平成21年10月, P.1で確認することができる。なお、資料①注2で、agreementの語を用いる国として米国、英国が挙げられている。)

 

事前確認には法令上の根拠がないとのことであるが、バイAPAについては、相互協議室「事前確認の概要」平成21年10月P.4において、「国外関連者の所在する税務当局との間で租税条約に基づく相互協議を行い、事前確認の内容について二国間又は多国間で合意することにより、納税者の二重課税リスクを事前に排除します。」と説明されている。また、租税条約において「相互協議の手続について定めている規定(相互協議規定)があり、この規定が相互協議を実施する根拠とな」ることが、国税庁「相互協議手続に関するガイダンス(Q&A)」のQ1-3の回答の中で説明されている。Q1-3の回答では続けて「我が国が締結している租税条約は、おおむね経済協力開発機構OECD:Organisation for Economic Co-operation and Development)が作成しているモデル租税条約(OECDモデル租税条約)に沿った規定を採用しています。OECDモデル租税条約には、以下の相互協議規定が設けられています。」としてOECDモデル租税条約第25条(仮訳)が引用されている。*3

「OECD移転価格ガイドライン2017年版」の4.150ではさらに、「APAに関する移転価格事案は、第25条3項以外に規定が置かれてはいないことから、同項に根拠があると考えることができる。」と説明されている。

 

事前確認の目的

事前確認の目的を、まず、資料①の以下引用で確認する。(下線は当記事筆者。)

事前確認の目的は、「移転価格税制における法人の予測可能性を確保し、当該税制の適正・円滑な執行を図る」(原文注:事務運営要領5-1、当記事筆者注:現事務運営要領6-1)ことにある。算定が困難な独立企業間価格について、「納税者サービス」として納税者に予測可能性と法的安定性を与えることにより、移転価格課税に伴う税務当局と納税者との間の紛争を予防するという「紛争の未然防止」につながり、調査及び訴訟において生じるコストと時間の浪費を避けることができる。(P.5)

ここで、「紛争の未然防止」という事前確認の目的については、1987年、日本において事前確認が「世界で最初に導入された」*4際の以下昭和 63 年 4 月 24 日(1987 年)査調 5-1 ほか共同「独立企業間価格の算定方法等の確認について」において、以下の通り説明されている*5ことが確認できる。(下線は当記事筆者。)

①独立企業間価格の算定は必ずしも容易なものではなく、また、専門的、技術的側面が強いため見解も分かれやすい。そのために独立企業間価格の算定方法いかんによっては、課税所得が異なることもあることを考慮すると、法人自身が選定した算定方法を税務当局が確認することにより、それ以外では課税を行わない取り扱いの安定性を法人に与え、かつ、結果として移転価格事案の発生を未然に防止することにあると考える。

②仮に確認に至らない場合であっても、法人と税務当局との間のパイプ作りあるいは事前相談という意味からみても有意義であると考えられ、かつ両者のギャップを相当埋めることができ、その後の執行面での効率化等に資するのではないかと期待される。

この「未然」の「防止」という点については、上記で引用したバイAPAについての相互協議室「事前確認の概要」平成21年10月P.4の説明(「納税者の二重課税リスクを事前に排除します」)でも確認できる。

また、「OECD移転価格ガイドライン2017年版」の第4章別添Ⅱ「相互協議を前提とした事前確認実施のための指針」において、「11. APAプロセスの主要な目標のひとつは、潜在的な二重課税の排除である。」と説明されていることからもこの点は確認することができる。同11.では続けて「ユニラテラルAPAはこの点で重大な懸念を生じさせる」とも指摘されている。

さらに同69.で「In some cases, the transfer prices may already be under enquiry by one tax administration in accounting periods prior to the MAP APA period and that tax administration and the taxpayer may wish to take the opportunity to use the agreed methodology to resolve the enquiry...」*6ロールバックの可能性について説明しているのも、二重課税を未然に防止するという事前確認の意義の観点からと考えられる。

 

ユニAPAとバイAPAとの関係について

資料①では、ユニとバイについて以下の通り説明されている。

一国のみの事前確認では、確認を受けても、将来相手国から移転価格課税を受ける(その結果、事前確認に要した手間暇が無駄になる)可能性がある。相互協議を伴う事前確認は、相手国税務当局との協議が必要なために、一国のみの事前確認よりも時間がかかるが、他方で、相互協議を伴う事前確認では我が国及び相手国の双方での課税を回避できるので、納税者の法的安定性・予測可能性は相互協議を伴う事前確認による方が格段に高まることとなる。(P.6)

「OECD移転価格ガイドライン2017年版」の4.140(下線は当記事筆者)ではさらに、ユニラテラルAPAがあるからといってそれが「最終的な決定」ではないこと、また、「納税者が相互協議へのアクセスを放棄する」ようにはすべきではないことが記載されている。

4.140 一部の国では、利害関係のある他の税務当局を関与させないで、自国の納税者と税務当局だけの APA(ユニラテラル APA)を締結するという国内的な取決めを認めている。しかし、ユニラテラル APA は、他の課税管轄における関連者の租税債務に影響を与える。ユニラテラル APA が認められる場合、取引相手国が相互協議による二国間 APA を望むか又は検討できるかを判断するため、可能な限り早期に相手国 CA に対してその手続について通知がなされるべきである。いずれにせよ、各国は、納税者とのユニラテラル APA について、移転価格に係る紛争が発生した場合に納税者が相互協議へのアクセスを放棄するという要件を設けるべきではない。また、各国は、ユニラテラル APA の対象となる取引又は事項に関し、相手国が移転価格調整を提起する場合、自国での対応的調整の妥当性を考慮し、また、ユニラテラル APA を最終的な決定とみなさないようすべきことが奨励される。 

なお、原文は以下の通りである。(ただし、原文は「OECD移転価格ガイドライン2022年版」より。関係ないが、2022年版の邦訳を早く出して頂けると嬉しい。)

 

*1:相互協議室「事前確認の概要」平成21年10月, P.3

*2:さらに、Wikipediaからの引用:「日本では、信義誠実の原則は、明文上は、民法1条2項に規定されている(昭和22年法律第222号により追加された)。民事訴訟法においても、平成8年成立の現行法において、第2条に訴訟上の信義則についても規定されるようになった。信義誠実の原則は権利の行使や義務の履行のみならず契約解釈の基準にもなる(最判昭和32年7月5日民集11巻7号1193頁)。また、具体的な条文がない場合に規範を補充する機能を有する。

民法第1条2項 権利の行使及び義務の履行は、信義に従い誠実に行わなければならない。」なお、Wikipediaへのアクセスは2022年4月24日。

*3:OECDモデル租税条約第25条(仮訳)
1.一方の又は双方の締約国の措置によりこの条約の規定に適合しない課税を受けたと認める者又は受けることになると認める者は、当該事案について、当該一方の又は双方の締約国の法令に定める救済手段とは別に、いずれかの締約国の権限のある当局に対して申立てをすることができる。当該申立ては、この条約の規定に適合しない課税に係る措置の最初の通知の日から3年以内に、しなければならない。
2.権限のある当局は、1の申立てを正当と認めるが、自ら満足すべき解決を与えることができない場合には、この条約の規定に適合しない課税を回避するため、他方の締約国の権限のある当局との合意によって当該事案を解決するよう努める。成立したすべての合意は、両締約国の法令上のいかなる期間制限にもかかわらず、実施されなければならない。
3.両締約国の権限のある当局は、この条約の解釈又は適用に関して生ずる困難又は疑義を合意によって解決するよう努める。両締約国の権限のある当局は、また、この条約に定めのない場合における二重課税を除去するため、相互に協議することができる。
4.両締約国の権限のある当局は、2及び3の合意に達するため、直接相互に通信すること(両締約国の権限のある当局又はその代表者により構成される合同委員会を通じて通信することを含む。)ができる。
5.    
a)一方の又は双方の締約国の措置によりある者がこの条約の規定に適合しない課税を受けた事案について、1の規定に従い、当該者が一方の締約国の権限のある当局に対して申立てをし、かつ、
b)当該事案に対処するために両締約国の権限のある当局から求められる全ての情報が両締約国の権限のある当局に対して提供された日から2年以内に、2の規定に従い、両締約国の権限のある当局が当該事案を解決するための合意に達することができない場合において、
当該者が書面によって要請するときは、当該事案の未解決の事項は、仲裁に付託される。ただし、当該未解決の事項について、いずれかの締約国の裁判所又は行政審判所が既に決定を行った場合には、当該未解決の事項は仲裁に付託されない。当該事案によって直接に影響を受ける者が、仲裁決定を実施する両締約国の権限のある当局の合意を受け入れない場合を除くほか、当該仲裁決定は両締約国を拘束するものとし、両締約国の法令上のいかなる期間制限にもかかわらず実施される。両締約国の権限のある当局は、この5の規定の実施方法を合意によって定める。

*4:相互協議室「事前確認の概要」平成21年10月, P.2

*5:吉川保弘 税務大学校研究部主任教授「事前確認制度の現状と課題 ―相互協議申立の濫用と補償調整処理を中心として―」P.53に引用されているものからの引用、同じ引用は資料②P.581でも確認することができる。

*6:「OECD移転価格ガイドライン2022年版」(邦訳なし)