前回の記事の続きとして、Pillar Oneの意義を考えるために、鈴木将覚 専修大学教授の昨年末の日経新聞解説記事(2021年12月20日「法人課税 国際合意の意義(上)デジタル化でルール大転換」)の内容を以下の通り、まとめてみた。「経済のデジタル化は伝統的な国際課税ルールに新たな問題を生じさせる」が、その問題への対応策としては以下のような方法がこれまで議論されてきており、「第一の柱は、…FA(筆者注:定式配賦、Forumulary Apportionment)の一種を採用したもの」と位置付けられるとのことである。この見取り図と、その中にPillar Oneが位置付けられるとの指摘によって、個人的には非常に理解がしやすくなった。
以下は、この見取り図の各部分についての補足となる。
- 経済のデジタル化による新たな問題
- 「対応策①:ALPの精緻化の方向」 について
- 「対応策②:仕向地主義課税(Destination-based Cash Flow Tax)」について
- 「対応策③:連結ベースの課税の方向 =定式配賦(Formulary Apportionment)」について
- 今後の勉強
経済のデジタル化による新たな問題
記事で論じられている「問題」は「デジタル企業はそのビジネスの性質上、外国にPEを置かずに外国にサービスを供給できる」という点であり、これがPillar Oneの取り組みにつながったわけであるが、「デジタル化」あるいは「グローバル化」は企業の売上そのものにとどまらない問題をもたらしているように思う。
2022年2月号の「国際税務」の記事(高垣勝彦、梅本祥弘「TP Controversy Report<54> バーチャル組織における重要な無形資産の構築と帰属利益の考え方」)は、「バーチャル組織」という現象とその課題を指摘する。
「…昨今、法人横断的なバーチャル組織を組成し、当該バーチャル組織で重要な意思決定等を行うような組織戦略を取っている企業も多く存在しています。具体的には、例えば、各法人の研究開発部門に属する従業員から構成される研究開発コミッティーを組成し、研究開発に係る重要な意思決定やリスク管理等を行うケース」があるとのことである。
現在のコロナ禍において、リモートワークが急速に普及しつつある中で、この傾向は加速する一方のように思う。世界中のどこのグループ会社に所属していても、このような「バーチャル組織」の一員として仕事をすることは可能であるし、多様な人材による貢献を重視する企業は今後のコロナ禍の動向に関わらず、このような「バーチャル組織」化を推し進めるだろう。こうなると、従来のPEを基準とした課税は全くの骨抜きになってしまう。日本の親会社は、各国に支店を作ることなく、子会社の各社員に自由に親会社のための仕事を割り当てることができる。
「対応策①:ALPの精緻化の方向」 について
そして、上記のような「バーチャル組織」に対する移転価格上の対応策は、上記の国際税務の記事上では、それぞれの貢献に応じて、子会社側にも超過収益の一部を割り当てる必要がある、という現在の移転価格税制に沿った指摘をする。つまり、上記見取り図における「対応策①:「価値創造原則」(Value Creation Principle)」に基づき、どこでどのくらいの貢献が行われたのかを見極めよ、ということである。
しかし、鈴木教授は記事中で「多国籍企業の事業はグループ内で複雑に絡み合っており、どの国でどのくらいの価値を生んだのかを切り分けるのは容易ではない」と指摘する。また、栗原克文 筑波大学大学院ビジネス科学研究群教授の講演録(「租税研究」2022年1月、P.69-95)では、以下のように、貢献の見極めは困難であることが指摘されている。
価値がどこでどれだけ創造されたかは明確ではなく、それを探究しようとするほど、納税者と税務当局の負担は増加します。それでも正確な測定ができるわけではありません。(P.75)
この困難さを回避しようとすると、「単純モデル」に当てはめるのが実務上は手っ取り早い、ということになる。すなわち、上記「国際税務」の記事が「従来型のモデル」とする「単一の法人(親会社…等)が無形資産形成等に係る重要な意思決定やリスク管理を行い、無形資産を経済的に所有し、超過収益を収受する一方で、その他の関連者は…ルーティン利益を稼得する」モデルである。しかし、いつまでこのモデルが使えるのだろうか。現実の多国籍企業内のネットワークの緻密化、複雑化は加速度的に進む一方である。
「対応策②:仕向地主義課税(Destination-based Cash Flow Tax)」について
仕向地主義課税については以下の記事で以前に取り上げている。
tpatsumoritaira.hatenablog.com
「対応策③:連結ベースの課税の方向 =定式配賦(Formulary Apportionment)」について
定式配賦については以下の3つの記事で取り上げており、繰り返さないが、一点だけ。
上記栗原教授の指摘は以下の通り続く。
現行ルールでは、機能分析に基づいてその価値への貢献の状況を把握して価値を算定しています。一方で、デジタル経済に対する課税の検討からは、需要が価値を高める面があり得ることが指摘され、市場国での課税のあり方が検討されました。需要が大きい国においては、その商品の価格を高く設定することが可能となり、創造される価値が高まります。定式配分のファクターに売上を含めることは、需要が価値を産み出すという観点から、一定の合理性があると考えられます。
価値創造の場所を明らかにできない場合に、残余利益分割法の要素に売上を含めることも1つの方法であり、第1の柱もその1つの形態といえます。OECDがこれまで慎重だった定式配分を提案したことは、国際租税制度が新たなフェーズに入ったものと考えられます。(P.75)
需要あるいは消費地の重要性の議論は、「中国税務当局が…提示した概念」*1である「地域特有の優位性(location specific advantages)」のうちの「マーケットプレミアム」の議論を思い起こさせる。「マーケット・プレミアムについて、中国税務当局は、それが『需要および売上に大きな影響を与える特性を持つ地域で多国籍企業が事業を行うことによって得る追加的な利益に関係する』としてい」(ここまで引用は、上記注1に同じ)たが、OECD移転価格ガイドラインにおいては、これを無形資産とはみなさないことが明確化され、その結果超過利益を割り当てる要因とはならないという結論になっている、という理解である。しかし、今回のPillar Oneにおける売上による残余利潤の市場国への配分は、むしろ、この中国の指摘がある意味で時代を先取りしていたのかもしれない、という気がする。
tpatsumoritaira.hatenablog.com
tpatsumoritaira.hatenablog.com
tpatsumoritaira.hatenablog.com
今後の勉強
上記の栗原教授の講演録(「租税研究」2022年1月、P.69-95)の参考文献に取り上げられていた以下の本に挑戦してみたい。(紙の書籍を購入したが、無料でPDFでダウンロードできるようである。読み通せるのはいつになることやら、という感もあるが…。)
また、「定式配賦」について日本語で執筆された、自分が知る限り唯一の書籍である以下の本も読んでみたい。
伊藤公哉「国際租税法における定式所得配賦法の研究」中央経済社、2015年
最後に、現在読んでいるスティーブン・スローマン、フィリップ・ファーンバック著、土方奈美訳「知ってるつもり 無知の科学」ハヤカワノンフィクション文庫、2021年より、以下を引用しておきたい。(本記事名はここから借用している。)多国籍企業における「創発」も、実態は特定の「個社」(移転価格税制が前提とするのは研究開発を担うグループ会社)に帰属させられるものではなく、グループ内の製造会社、販売会社との様々なやり取りを通じて実現されるものであり、どこで無形資産が構築されたのかわからないのはデジタル企業でなくても同じだと思う。
新たなアイデアが生まれたとき、それを特定の個人に帰属させるのは難しいことが多い。なぜならたいてい会合に参加した多くの人が、難問を解いたり、あるいはひらめきを得るのに少しずつ貢献するからだ。特定の個人ではなく、集団全体が功績を認められるべき…だ。アイデアは膨大な思考の産物だが、個人の認知プロセスは他者のそれと密接に絡みあっており、アイデアを生み出したプロセスは集団に帰属する。(P.184-5)