移転価格税制の実務研究ノート

移転価格税制の勉強の過程。実務のヒントを探しています。

移転価格税制と仕事と私――どこへ向かうのか?(1)

移転価格税制分野を中心とした仕事を担当し始めてから数年になる。

幸いなことに、新たな仕事に興味を持つことができて、仕事の時間中はもちろんのこと、仕事の時間以外でも移転価格税制のことを考えたり、専門書を読み漁ったり、本では満足できずに論文にも手を出してみたり、果てはこのようなブログを書くまでに至っている。

しかし、このブログを書く過程で、徐々に現在の移転価格税制そのもの、及び現在の移転価格税制の根幹である「独立企業間原則」に対する信頼が揺らぐと言ったら大袈裟かもしれないが、絶対視できないという感覚を抱くようになってきた。相変わらず、業務の中では税務を専門としていない社内部門に対して、移転価格税制の怖さであるとか、「独立企業間原則」をさも当然のように語らないといけないのであるが、これがやや苦痛に感じられる、というか、自分自身がもやもやしている感情を押しやるのが苦しく感じられるようになってしまった。

それに輪をかけるのが今回取り上げる以下の2つの論考である。これを読むと、近い将来に、今自分の仕事の中心となっている移転価格税制が終わりを告げる時が来るのではないか、という思いに駆られる。一言で言えば、「とても面白い」のだが、自分の仕事はもう不要なのだろうか、という感を強く抱いた。「移転価格の実務研究」をテーマにしている本ブログであるが、視座を上げ、興味の幅を広げていきたい。

 

法人税の方向性についての2つの論考

今回取り上げたい論考の一つは、鈴木将覚先生の「法人税はどこへ向かうのか?」( 証券税制研究会編「企業課税をめぐる最近の展開」日本証券経済研究所、2020年、第7章(pp.173-206))。(以下、論考①)

もう一つは、南繁樹先生の「国際課税の潮流ー『東インド会社』、『文明の衝突』、『アフターコロナ』」(『租税研究』2021年2月号、pp149-188)。(以下、論考②)

いずれも題名から推測されるように、移転価格税制に特化した論考ではなく、より広く、経済のグローバル化・デジタル化が進展していく中での将来的な法人課税のあり方を考えるもの(後者は講演がベース)であり、現時点の自分では理解しきれないことが多々ありながらも、大変刺激的で、勉強になることばかりであった。とりわけ興味深いのは、どちらも「将来的な法人課税のあり方」 として、「仕向地主義課税」が想定されていることである。

  • グローバル化・デジタル化といった経済の変化に対応できる法人税を突き詰めて考えていくと、最終的には仕向地主義課税に行き着く。このため、法人税は長期的にはグローバル化・デジタル化を背景として仕向地主義に向かうことになるであろう。(論考① p.204)
  • …長期的な予想として、国際課税制度は仕向地主義の方向に向かっていくように思われます。(論考②p.164)
  • 東インド会社」(多国籍企業)、「文明の衝突」(中国、インド)、「アフターコロナ」(巨大財政支出)が国際課税を仕向地主義的な付加価値税に押し流しているのが国際課税の潮流であり、その現れがデジタル課税の議論ではないか…。(論考②p.169)

 

では、「仕向地主義課税」とは何か。  

以下は論考①の「Ⅱ.仕向地主義の法人税(DBCFT)」(p.175-178)からの要約メモである。

Ⅱ. 仕向地主義の法人税(DBCFT)

  • 法人税が実質的に源泉地主義となっていることによって、租税競争や租税回避が引き起こされているが、仕向地主義をとるVATは、国境調整(輸出免税+輸入課税)を使い、経済のグローバル化にうまく対応できている。
  • この仕向地主義を法人税に拡大するという発想がDBCFT(Destination Based Cash Flow Tax)。これを導入すると、各国の税収を決めるのは「自国での最終消費」であり、生産地での利潤ではなくなる。
  • 現実の政策としては、①所得税(法人・個人)の減税、②VATの増税、をすることで達成可能。一部、この方向にすでに向かっている、という見方もできる。
  • 移転価格の操作は意味をなさなくなるという大きなメリットがある。一方、消費人口が少なく、輸出ビジネスが大きい国では税収不足となる。

 

■仕向地主義を数値例で

仕向地主義を理解するのに、上記論考①の説明だけで十分なのかもしれないが、自分の理解がかなり不足しているので、より具体的に、数値例で考えてみた。*1

<前提>

下図の通り、それぞれ日本、X国、Y国に所在するA社、B社、C社は同一多国籍企業グループ傘下にあり、A社が原料を生産、B社はそれを仕入れて中間材を生産、C社はさらにそれを仕入れて完成品を生産し、Y国内でグループ外得意先に販売する。

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<数値例a: 現行の法人税

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<数値例aから確認できること>

  • 「法人利潤が源泉地で課税され」ていること。(論考①、p.175)「基本的には生産活動を行う場所に着目している。」*2
  • Y国法人税率が低いと、C社に所得を移転することがグループ全体の法人税額を引き下げることになるため、グループ内で移転価格を操作する(B社→C社の800の売上価格を700に引き下げる)動機となること。

<数値例b: 仕向地主義課税>

  • 数値例aとの違いは、国境調整、すなわち、輸出免税・輸入課税を追加し、国境調整後の各社所得に法人税が課されるようにしたことである。
  • b-1のB社を例にすれば、輸入500、輸出800なので、国境調整としては「-800」「+500」を加えている(表中ではこれをネットして「-300」と表示)。

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<数値例b及びabの比較から確認できること>

  • 国境調整を行うと(b)、法人税額は仕向地であるY国のC社に集中すること(a-1とb-1の比較)。
  • 国境調整を行うと、Y国法人税率が低く、C社に所得を移そうと、移転価格を操作しても、法人税額を引き下げる効果は出ない。(b-2とb-3の比較。)
  • 輸入国=仕向地(Y国)の税率が低いと、輸入国=仕向地で税額が発生するので、グループ全体にとってトータル税額はやはり下がる。(b-1とb-2/3の比較。)しかし、生産国と違って、仕向地=消費国はグループにとって自由に選べるものではない。

 ■まとめ

上記数値例で確認できることをまとめると、以下の2点になる。

  1. 仕向地主義課税においては、移転価格を操作することは、国境調整、すなわち輸出免税・輸入課税によって意味をなさない。
  2. 仕向地主義課税においては、税収の配分は消費地に集中する。

 

一旦、今回はここまでとして、続きは後日としたい。

 

*1:数値例は2017年3月30日の日本経済新聞の「経済教室」での星岳雄「トランポノミクスの行方① 国境調整税、各国税制に影響」における数値例を参考にさせて頂いたが、加工してしまっており、正しい理解のためには当解説記事そのもの、ないし論考①をご参照頂きたい。

*2:金子宏監修「現代租税法講座 第4巻 国際課税」日本評論社、2017年所収、増井良啓「第1章 国際課税の制度設計」P.20