移転価格税制の実務研究ノート

移転価格税制の勉強の過程。実務のヒントを探しています。

根源的欲求としての「領域侵犯」とTNMM

脱線します。過去に書いたことの繰り返しかもしれませんが。

 

建築家の伊東豊雄は、菅付雅信「これからの教養 激変する世界を生き抜くための知の11講」(ディスカヴァ―・トゥエンティワン)の中で、過去の自身の「モダニズム建築は一枚の壁によって内と外をはっきり分けるという思想でできています。内と外をもう少し柔らかく仕切るほうが日本人にとっては心地良いものになるに違いありません」(『「建築」で日本を変える』より)という発言について問われ(P.137)、以下の通り回答している。(以下引用もP.137より。)

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大体、機能というのは、寝るとか食べるとか休むとか風呂に入るとかそういうことを単純な言葉で切り分けるわけですね。でも、食べながら本を読んだり、寝転がりながらテレビを見たり、人間の活動というのは複合的なわけだから、機能という言葉で単純に切り分けられるものではないのに、明確に切り分けて、それにひとつずつ空間を与えていくというのは大変な矛盾なわけです。

だから、機能という概念を外していく。繰り返しになりますが、日本の木造の住宅は機能によって造られていない。そういう切り分けによっていろんな場所を造っていくというやり方で建築が再構成できるかというのは、すごく興味があるところです。

「機能」と言われると、移転価格税制における利益配分の決定要素となる「機能、リスク、無形資産」を連想してしまうが、上記発言のなかの「寝る」、「食べる」、「休む」等を移転価格税制における機能としてよく登場する「製造」、「販売」、「開発」等に置き換えても、意味は通じてしまうように感じる。つまり、移転価格税制においては、特定の子会社に、その子会社が担当する「機能」を割り当て、その「機能」(及び「リスク」「無形資産」)に適切な利益水準を決める(実務上多用されるTNMMを想定)のだが、この「機能」というのは、本当に明確に切り分けることができ、また、固定的なものなのだろうか。

 

「ビジネスに『戦略』なんていらない」(洋泉社新書)で平川克実は以下のように「オーバーアチーブ」(P.155)という「根源的な欲求」について説明する(P.154)。

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会社も社員も成長のプロセスでさまざまな領域侵犯を侵します。同じ仕事を半分の時間でやり終えるようになれば、あとの時間を後輩への指導とか遅れている人の手助けとか将来の自分のキャリアの準備とかに充てたいと思うのが自然でしょう。個人の内部を見れば、自分の能力以上の仕事にチャレンジするということは自分自身への領域侵犯であり、それこそが成長の原動力になりうるだろうと思われます。個人においても組織においても、成長とは自分を越え出てゆくことであり、自分の領域を侵犯することの異名であると言ってもいいと思います。そして、会社もまたそのような契約外のふるまいの結集によって大きく成長してゆくわけですから、これらのふるまいを会社の規範の中に位置づけておいたほうが自然であり、生産的であることは明らかです。

海外子会社も時間の経過とともに、「領域侵犯」をするのが当然であり、「領域侵犯」するからこそ仕事が楽しいし、成長を実感できるのではないだろうか。当初割り当てられた機能が「製造」や「販売」であったとしても、「製造」の中の工夫や気づきから「開発」に近づき、よりよい「製造」のためには自社の得意先のニーズもつかまないといけないので「販売」にも近づく。同じく「販売」会社であったとしても、得意先との接点の中で「開発」へのフィードバックや協働をしたくなるだろうし、得意先の要望に応じた供給をしてもらうためには「製造」と一緒に動くことになるだろう。「開発」を親会社からの「受託」形式で実施する組織も、徐々に主体的に動きたいと思うはずである。こうした「領域侵犯」こそが「成長」である、という平川さんの指摘を踏まえると、移転価格的に言えば、「領域侵犯」こそが「超過利益」を生み出している、と言えるのではないか。

それを、いつまで経っても、「製造」に割り当てられる利益はこれだけ、「販売」に割り当てられる利益はこれだけ、という固定的なモデルに留めておく現状の移転価格税制(TNMM)の実務では、ビジネスの現場の実感からはかけ離れてしまうのではないだろうか。ビジネスの感覚からはかけ離れても、それが国家間の税収配分のルールとして合意されており、企業側は割り切って受け入れればいいだけ、ということなのかもしれないが、割り切れられない国も出てきているのが現状ではないだろうか。

また、そのような「領域侵犯」が割り切れないほどの重要性を持つのであれば、「機能」の定義をやり直せばいいではないか、という指摘もあり得るだろうが、現状の移転価格税制においては、そのような複合的な、複雑な機能配置に適した方法(利益分割法)を採用するのは実務上の困難や負担が、単純モデルであるTNMMと比較してはるかに大きい。(苦労して利益を分割したとしても、「見解の相違」によって当局から更正されるリスクが大きい。バイラテラルAPAをすればいいのでは、という考えもあるが、内外環境要因によって動的に変化し続ける会社の組織、機能を、時間をかけたプロセスで静的に固定化させることに意味はあるのだろうか)。

過去の記事で繰り返している通り、国際的に定式配賦で合意するしかないと思うのだが、どうだろうか?