移転価格税制の実務研究ノート

移転価格税制の勉強の過程。実務のヒントを探しています。

「世界標準の経営理論」からの示唆①(完全競争と超過利潤ゼロ)

「世界標準の経営理論」(入山章栄著、ダイヤモンド社)という800ページ超の分厚い本がある。題名の通り、移転価格税制とは全く関係のない本ではあるのだが、非常に面白く、無理を承知で、これを読み進めながら、移転価格税制のあれこれについて考えてみる、ということをやってみたい。(どこまで続くかわからないが。)

 

初回は「第1章 SCP理論」について。(以下ページ数は「世界標準の経営理論」より。)

要約

 「SCPとは”structure-conduct-performance”(構造-遂行―業績)の略称」(P.34)で、その「源流」は「経済学の産業組織論…にある」(P.34)。「SCPは『ポーターの競争戦略』の基礎になっている。」(P.34)

 

「産業ごとに収益性に大きな差がある」、つまり「『この世には儲かる産業と、儲からない産業がある』という厳然たる事実」に対して、「SCPが第1に教えてくれるのは、その理由である。」(P.35)

 

完全競争においては「企業の超過利潤がゼロになる」(P.38)。完全競争の条件とは①市場に無数の小さな企業がいて、どの企業も価格に影響を与える、②参入・撤退障壁がない、③製品・サービスが差別化されていない。一方でこの反対が「完全独占」で、①1社だけが存在して価格をコントロールし、②参入・撤退ができず、③1社しかいないので差別化がない。この場合、「企業は超過利潤を最大化できる」(P.40)。

 

どの業界も、「この完全競争と完全独占の間のどこかに必ず存在」する。 「SCPの骨子とは、『完全競争から離れている業界ほど(…独占に近い業界ほど)、安定して収益性が高い(=すなわち構造的に儲かる業界である)』ということ」(P.41-2)なので、「企業にとって重要なのは、自社の競争環境をなるべく完全競争から引き離し、独占に近づけるための手を打つこと」(P.42)。そのような「独占に近づけるための手」として「ポーターの競争戦略では差別化戦略が常に重視される」(P.46)。

 

第1章からの示唆

  1. 超過利潤は、移転価格税制においてもしばしば登場する概念であるが、ここでの超過利潤とは「企業が何とか事業を続けていける『必要ギリギリの儲け』を上回る部分」(P.38)であり、「超過利潤がゼロとは『企業が何とかギリギリやっていけるだけの利益しか上げられていない』状態」(P.38)とのこと。移転価格税制の文脈においては、「超過利潤がゼロ」とは、TNMMにおける検証対象法人となる単純機能、低リスクの製造子会社、販売子会社が獲得するべきとされる利益のこと(=routine profit)であろう。ということは、製造子会社、販売子会社は完全競争状態に置かれているということが前提になっていると考えられる。
  2. ただ、経営学で議論している完全競争状態、あるいはその対極としての完全独占状態とは、事例として挙げられているのが米国内線航空業界(完全競争/超過利潤ゼロに近い例)、米国製薬業界(完全独占/超過利潤最大に近い例)であることからもわかる通り、多国籍企業グループ全体を一つの企業としてみなした場合の、そのような企業の集合体としての産業や業界単位での状態であろう。一方で、移転価格税制における「製造子会社、販売子会社はroutine profitのみを獲得すべき。すなわち、超過利潤ゼロ=完全競争状態」とは、あくまでも多国籍企業という複数機能を有するグループにおける一部の機能のみを担当する子会社に適用している議論である。
  3. 経営学の議論を正しく適用するならば、移転価格税制においては、「産業×機能」の単位できめ細かくコンパラブルというものを抽出しないといけないはずである。例えば、製造子会社のコンパラブル抽出時の産業分類は電子機器製造、電子部品製造、食品製造等の粗い分類を使うことがほとんどであるが、これではグループ内の製造子会社の本当の意味での「産業×機能」がマッチしたコンパラブルが抽出されることはまずないだろう。工場における製造技術、生産管理、従業員教育の水準は産業によって要求される水準が千差万別であろう(自動車工場、先端半導体工場から単純な組立工場まで)し、その業界内の個別企業によっても水準はピンキリであろう。そのレベルが高い業界、企業においては、そのうちの製造機能(例えばトヨタのどこかの製造子会社)に比較し得る独立企業など存在しないだろう(ライバルとなる多国籍企業グループの製造子会社は存在するだろうが、それは独立性がないという理由でコンパラたり得ない)。「トヨタの製造子会社」を想定した場合に、完全競争(①市場に無数の小さな企業がいて、どの企業も価格に影響を与える、②参入・撤退障壁がない、③製品・サービスが差別化されていない)に置かれているとは全く思えないし、超過利潤ゼロでよいとも思えない。
  4. そこを「割り切ってしまっている」のが移転価格税制の議論であることは重々承知している。だが、だからこそ、TNMMは社内の専門家以外の人たちからは納得されない、あるいはもっと言えば、胡散臭くみられるのだろう。