移転価格税制の実務研究ノート

移転価格税制の勉強の過程。実務のヒントを探しています。

「世界標準の経営理論」からの示唆②(収益性は要素還元できない)

「世界標準の経営理論」(入山章栄著、ダイヤモンド社)に基づいて、移転価格税制のあれこれについて考えてみる試みの第2回。

今回は「第2章 SCP理論をベースにした戦略フレームワーク」を対象とする。

 

要約(一部のみ)

・SCPのフレームワークの一つであるジェネリック戦略(generic strategy)では自社の競争優位を確立、維持するための基本的な戦略には大別して「『コスト主導戦略(cost leadership strategy)』と『差別化戦略(differentiation strategy)』」(P.54)がある、とされる。

 

 ・どちらを選択すべきかと言えば、「『自社の競争環境を完全競争から離し、独占に近づける戦略』」としては、「明らかに差別化戦略」が「その目的を達成しやすい」(P.55)。「…コスト主導戦略を追求すると、ライバルとの価格競争に陥りがちだ。それは競争環境を完全競争に近づけるので、基本的には望ましくない。」ただ、「コストで圧倒的に勝てる条件が揃っている時に限り、コスト主導戦略も追求する価値がある」(P.56-7)。
・これらが両立できるのかと問われれば「『それは大変難しい』というのが理論的な回答になる」。(P.57)

 

 ・企業の「収益性は産業構造だけで決まるのか」(P.59)という問いに対する経営学者の回答はばらけている。
・「マサチューセッツ工科大学の経済学者リチャード・シュマレンジー」の分析では、米国企業の「利益率のばらつきの約20%だけを説明できたが、『その20%のほぼすべてが産業属性の効果で規定される』という結果になった」(P.59)。
・一方、「カリフォルニア大学ロサンゼルス校のリチャード・ルメルト」の研究では、「企業利益率のばらつき」の「63%」が説明でき、うち産業効果はわずか2割で残りの8割は企業固有の効果という結論を得た」(P.59-60)。ポーターの共同研究では「企業収益率のばらつきの約50%を説明できて、その内訳は産業効果が4割で企業固有の効果は6割」(P.60)とされた。

 

第2章からの示唆

  1. 「コスト主導戦略」と「差別化戦略」の両立は難しいとされるが、両立できた例として、サムソン電子の半導体事業では、「新世代半導体で差別戦略を取り、旧世代半導体でコスト主導戦略を取ってきた」ことが挙げられている(P.57)。
    • 個人的な実感としては、製造業、特に大規模な設備投資を必要とする装置産業においては、この例に限らず、ある程度の収益性が維持できている企業においては、むしろ両立するのが一般的であるように感じる。
    • 差別化ゆえに採用が増えるのか、コストダウンが進むことで売価の値下げが可能になったゆえに採用が増えるのかは難しいが、私見では、ことの順番としてはまず製品の差別化があり、その差別化ゆえに採用が増えることで生産量が増え、固定費が希薄化することで、あるいは累積生産数量が他社よりも増えることの学習の加速でコスト主導が可能になる、という流れのように思う。
  2. 仮に「コスト主導戦略」と「差別化戦略」が一定、両立可能であるとした場合に、そして、製造業における、とある日系多国籍企業グループが超過利潤を獲得できている場合、その超過利潤は、グループ内のどの会社に帰属すべきなのだろうか。
    • TNMMにおいては単純機能の製造子会社は「超過利潤ゼロ」の『必要ギリギリの儲け』(前回の第1章についての記事参照)でよく、「超過利潤」は複雑な機能と重要な無形資産を抱える日本の親会社に帰属すべきとされるのであるが、「差別化戦略」の要諦を親会社が握る一方で、製造子会社が「コスト主導戦略」を可能たらしめているとするならば、移転価格(TNMM)の世界における「超過利潤の一方的な親会社集中」は理論的に正しいのであろうか。
  3. 「収益性は産業構造だけで決まるのか」という問いに対する回答として、個人的に興味深いのは、どの産業に属しているかが収益性を決定する割合そのものよりも、企業の収益性の説明要素を分解したときに、経営学者の多くがその要因の半分以上を説明できないとしている点である。
    • 世界中の経営学者が要素還元して説明できないとする企業の収益性を、なぜ移転価格税制(TNMM)の世界では単純に親会社帰属として説明してしまえるのであろうか。
    • その要素還元できない「いわく言い難い何か」をもたらしているのは、まとめて親会社にしてしまおうという割り切りなのであろうことは想像できる。
    • しかし、企業に身を置く実感としては、前線にいる製造子会社、販売子会社が、その前線で何を取捨選択するかも含め、グループ全体にもたらす「外部(市場・得意先)情報」による貢献は、ある意味でグループ全体の行く末を左右するほど大きいように思う。そして、この点において、そのような製造子会社、販売子会社を抱える各国税務当局が、単純なTNMMに納得しえないのであろう。