移転価格税制の実務研究ノート

移転価格税制の勉強の過程。実務のヒントを探しています。

委託契約とはリスク引受契約

以下の前回記事の続きとして、藤澤鈴雄「移転価格課税における本質的問題」『租税研究』2009年9月P.276-296のなかの、移転価格税制におけるリスクの概念について書かれている部分を読んでみたい。

tpatsumoritaira.hatenablog.com

 

独立企業間のリスク引き受け関係は、関連者間では再現できない

独立企業間では、リスクの結果がどうなるかわらかない「事前の段階」でその引受が行われ、リスク引受の対価は棚卸資産等の取引対価に含まれる形で整理される。そしてその後リスクを引き受けた者が自分の意思と費用でリスクに対応し、当該者がリスクの帳尻(結果損益)を受けることとなる。 これと同等のことが、TPM上でどこまで実現できるのかという純理論的な視点で、これまで十分議論されてこなかったように思われる。(P.286)

移転価格課税上はリスク分析を行って独立企業間価格を算定することとされている。これはリスクの引受者が、当該リスク合計損益を享受するように所得を計算することであると理解できる。そのためには①リスクの引受者を認定し、その合計損益、即ち②リスク引受対価(事前)と③リスク結果損益(事後)を算定してこれをリスクの引受者に帰属せしめる必要がある…。しかし…殆どのリスクに関して、このことは論理的には不可能であるといえる。(P.287)

このことの「根源は独立企業原則とTPMとの関係にあると考える。つまり、リスクの負担関係は独立企業間では取引価格ひいては利益に大きな影響を与えるものであるが、そのことを独立企業間では用いることのないTPM上で再現しようとすることに無理があるのである。独立企業間では①契約時点で対価を以て整理され、②その後のリスク結果損益については互いに絶縁されているが」(P.291)、関連者間ではリスク結果損益を「リスクの引受者に帰属せしめる必要がある」。

 

委託契約とはリスク引受契約

一方、「殆どのリスクに関して、このことは論理的には不可能」ではあるなかで、唯一、可能なのが以下のような委託契約、問屋契約であると指摘されている。(下線は本記事筆者。)

…一般的に関連者間においては、リスクの真の引受者の認定は困難であり、また、リスクの結果損益を区分把握することは出来ないので、リスク分析に基づいた所得計算は不可能であり、リスク分析に基づいて所得計算を行うという手順を維持するためには、リスク引受の認定方法を変えざるを得ないと結論づけた。しかし、例外的に結果損益を把握できるリスクも存在する。 …包括的なリスクを対象とした場合、例えば「全ての事業リスク」を対象とした場合には、その結果損益はその事業の純損益と言ってよいから、これを把握することは可能である。包括的なリスクを対象とした取引としては、委託契約、問屋契約がある。 これらは、本人が委託先又は問屋に対して一定の対価(リスク引受対価(事前))の支払いを約し、自らは委託等をした事業の損益(リスク結果損益(事後))を享受する契約と見ることが出来るからリスクに関わる取引であるといえる。(P.292)

委託契約、問屋契約のような契約を「リスク移転契約と呼ぶ」(P.293)こととして、「…関連者間におけるリスク移転契約については、何らかの規範を設けないと殆どフリーハンドの所得移転を容認することとなる恐れがある。特に、A社を本人、B社を問屋とする関連者間の問屋契約は、…A社がB社の事業リスクを全て引き受け、よって一定額を上回る事業損益を全てA社に帰属せしめる契約と言ってよ」い。(P.293)

「『独立企業の間であったとしたならば、果たして当該リスク移転契約は締結されたのかどうか』というテストが必要であるということなのかも知れない」が、このようなテストを「税務当局を含め当事者以外の者が行うことは不可能であろう」(P.293)。

TNMMを前提とした海外製造子会社との生産委託契約、海外販売子会社との販売委託契約も、日本親会社が「事業リスクを全て引き受け、よって一定額を上回る事業損益を全て」日本親会社に「帰属せしめる契約」なのであろう。そして、「全ての事業リスク」だけは「把握することができ」、その帰属先が決められる唯一の方法がTNMMであるからこそ、企業側としてはTNMMだけがまだ安心して採用できる方法なのであろう。

 

独立企業原則の限界

「…独立企業原則は、関連者間における恣意性の排除のための基準として独立企業の行動を参照するものといえるが、契約形態やリスク負担関係の選択に関してはこの原則からは的確な回答を得られないと考える。このような独立企業原則の限界は、更に上位の課税権の適正配分という目的から補うべきだと考える。」(P.296、下線は当記事筆者。)

そして移転価格税制の上位の目的が課税権の適正配分にあるとするならば、価格調整金こそがその目的に合致した手段であり、その本質は「価格の調整」ということよりも「利益(ないし所得)の調整」にあるはずであり、「利益調整金」という名称・位置付けがより適切のように思う。

 

経営学者の楠木建先生が引いている以下の言葉が、独立企業間原則を関連者間取引に持ち込もうとする今の移転価格税制にそのまま当てはまるのではないか。(引用されている文脈は異なるが。ここでは競争優位にある企業を他社が真似することでかえって、その真似した側の会社がおかしくなる、という意味合いでの紹介。)

しびれる名言-その3 藤沢武夫のインパクト。 - Executive Foresight Online:日立 (hitachi.co.jp)

イギリスの文学者サミュエル・ジョンソンの名言に、「愚行の原因は似ても似つかぬものを真似することにある」があります。

ちなみに、楠木先生は以下の指摘もされている。「組織ではないもの」(独立企業原則)を組織(関連者間取引)に持ち込もうとするからややこしい、ということか。

概念と対概念―その1 市場、組織、取引コスト。 - Executive Foresight Online:日立 (hitachi.co.jp)

組織の対語はひとつには個人ですが、組織は個人の集合ですから、対概念というよりも含む・含まれるの関係。取引コストの理論は組織の対概念を市場だと考えます。市場でないものが組織であり、組織でないものが市場であるということです。