森信茂樹著「デジタル経済と税」(日本経済新聞出版社)の中の、第2章「巨大プラットフォーマーと租税回避」の中の「4 アマゾンの租税回避」を題材に、少し考えてみたい。若干の苦手意識のあるPE(恒久的施設)にも関係する問題であり、まだ深くは考えられないが、今後の深堀りのきっかけにしていきたい。(以下ページ数は、本書のページを示す。)
■PE課税か、移転価格課税か?
- アマゾン・ドット・コム社(以下、アマゾン)は、千葉県などに100%子会社のアマゾンジャパン合同会社(以下、アマゾンジャパン)傘下の巨大な配送センター(倉庫)を持ち、日本で日本人を顧客とした大規模なネット販売ビジネスを展開しています。(P.55-56)
- …アマゾン本社は日本政府に法人税は払っていません。(P.56)
- アマゾンジャパンは日本法人として課税されますが、アマゾンとの間でコミッショネア契約(問屋契約)が結ばれており、本社に支払う委託手数料が、コストに3%程度上乗せした水準に設定されているので、経費を差し引いたネットの所得は少な(い)...。(P.59 )
この状況から考えてみる。(以下、引用個所以外では、アマゾンは「AZUS」、アマゾンジャパンは「AZJP」と略す。)
最初の論点が「論点①:AZJPは、AZUSの日本におけるPEか?」とする。
この論点①に対する答えがYesだとしたら、「論点②:AZUSの日本帰属利益はどのように算定するべきか?」という問いが出てくる。
一方で、論点①に対する答えがNoであれば(つまり、日本はAZUSに対するPE課税はできないのであれば)、次に「論点③:AZJPがAZUSから受け取る委託手数料は独立企業間原則に則っているか?」という問いが出てくる。
論点②、③のいずれにしても、本質的な論点は、「アマゾングループにおける、日本事業に配分されるべき利益とは?」ということになりそうである。その「日本事業に配分されるべき利益」に対する法人税を支払うのがAZUSであればPE課税であり、AZJPに追加納税を求めるのであれば移転価格税制の問題である。
この論点に答えるためには、日本事業、つまりAZJPの活動の実態を見ていかないといけない。「アマゾン側の考え方を代弁すれば、『…アマゾン社の利益の源泉は、インターネットでオンライン取引を行うというビジネスモデルそのもの、つまり米国本社にある。倉庫の業務はリスクを伴わない付加価値の低いもので、そこに帰属する所得はほとんど発生しない』ということではないか」(P.57)。この考え方が実態に則しているのであれば、AZJPは「作業」しかやっていないのだから、移転価格税制上、AZJPが受け取るコストプラス3%の委託手数料は概ね問題ないということになりそうである(2017年版OECDガイドラインで低付加価値役務提供の概念が出てきてからは、3%のマークアップはやや低いという指摘はあり得るかもしれないが)。
一方で、仮にこのビジネスモデルが優れているにしても、日本での事業基盤の整備や様々な体制の構築、仕入先・配送業者の開拓・交渉、日本の顧客に売り込むための様々な工夫を行っているのがAZJPだとしたら、このような事業活動は実質的に販売会社と同じであることから、販売会社並みのリターン(コストに対する3%ではなく、売上高に対する一定のリターン)が日本に帰属すべきではないか、という主張もあり得るように思う。ただ、AZJPの業務内容(さらに、日本市場の開拓、深耕にAZUSがどこまで関与しているのか)は部外者にはわかりようがないので、これ以上の検討は難しいように思う。(読みたい本が出てくればアマゾンのカートに保存し、それが溜まってくれば発注、ということを繰り返している自分としては、アマゾンの日本における存在感の大きさを感じるのみ…です。)
■販売仲介業者へのリターンは コストプラス方式か、売上高料率方式か?
違う方向からもう少し検討を進める。
上記の、販売会社並みのリターンか、コストに対する3%のリターンか、という問題についてである。この差は大きい。例えば、日本における売上高が1000、AZJPのコストが100とした場合、販社としての営業利益は1000×3%=30、一方で、役務提供会社としての営業利益は100×3%=3である。これはアドビ事件で問題となった構図と同じで、Buy-sellでない販売仲介業務を行った場合の論点になる。(アマゾンのケースでも、はっきりと理解できなかったが、売上が計上されるのはAZUSという理解。)
この論点は販売仲介業務という役務提供を行った場合に問題となるが、一方で、そのほかの役務提供においては、その対価は、あくまでもコストに一定のマークアップを行った業務委託手数料で済むことが多い(マークアップを何%にするかという問題はあるが)。なぜ、販売仲介という業務だけが、コストプラスの業務委託手数料にすべきか、取り扱った売上高に対する一定利益配分にすべきかが論点になるのだろうか、という点を考えてみたい。その理由を考えてみると…
- 他の役務提供では、売上という直接的な成果が見えず、コストプラスしかとり得る方法がないから。
- 第三者に販売仲介を委託すれば、その報酬は「その第三者が獲得した売上高×一定料率」で算出するのが一般的だから。
- 他の役務提供では、受託者側は委託者の指示のもとで「作業」を実施しているだけ。一方で、販売仲介業務では、受託者側が独自の裁量で売り込みを行っており、その業務は「作業」の範疇を超えており、実質的にはBuy-sellを行う販売会社と活動がほぼ同じ(在庫リスク、債権リスクの違いはある)だから。
…といった辺りが考えられるだろうか。
では、開発業務委託ではどうだろうか。開発委託契約においては、典型的には委託元の指示のもと、委託先が開発「作業」を行うから、その成果は委託元の所有となり、業務委託料はコストプラス(マークアップ率は多少高めになるかもしれない)ということになる。しかし、開発活動にも濃淡があり、本当に「作業」的な業務を委託されることもあれば、提示された大きな方向性の中で創造的な業務が行われ、重要な成果が出ることもあるだろう(開発活動という活動の性格から考えて、手取り足取り「作業」を指示することは少なく、実質的に受託者側の裁量はそれなりに大きくなるのではないだろうか)。それでも、受託側は、委託元がその開発成果を活用した事業で獲得した売上高からの利益の割り当てを受けることはなく、コストプラスの業務委託料を受け取るのみである。
このように考えると、販売仲介活動にも様々な形態があり得るのではないかということに思い至る。委託元がおぜん立てした商売の、事務的な部分を「作業」的にこなすだけの活動を行うこともあれば、新規売込み・売上拡大のために奔走することを求められる場合もあるだろう。
つまり、同じ業務委託でも活動内容は千差万別であり、開発委託であろうが、販売仲介の委託であろうが、その活動実態に応じてリターンを配分せよ、というのが、「価値が創出される場所で、利益が課税されるべき」というBEPS行動計画の大原則に照らした答えではあろう。そして、販売仲介という業務委託においては唯一、他の業務委託とちがって、売上という金額的な成果が明確に出ているので、販社並みのリターンとしての売上からの一定利益配分が求められる場合が生じる、ということではないだろうか。
だが、販売仲介にしても、実態は、ある得意先に対しては委託元主導で商売を獲得、別の得意先に対しては受託者が売り込みに尽力した、また別の得意先には共同で売り込んだ等、様々なケースが混在している、ということも十分にあり得る。このような場合に、受託者側の創出した「価値」に応じて、コストプラスの業務委託手数料にすべきか、取り扱った売上高に対する一定利益配分にすべきか、を決めるべきと言われても、実務者は困ってしまう。会社側でどちらかに決めたところで、所得配分に及ぼす影響が上記の通り非常に大きく、関係する両国の税務当局が納得するのかはわからない。この議論は「価値とは何か」という定性的な問いであることから、利害関係の相反する者同士での決着は難しい。やっぱり、フォーミュラか、という発想に、自然に行ってしまうのだが、それは安易な考えなのだろうか。
最後に、本書で取り上げているアップル、スターバックスの租税回避スキームの説明も非常にわかりやすかった。こちらも、「グループ会社間における無形資産の移転」という「フィクション」を許さず、フォーミュラでグループ会社間の所得配分を決定してしまえば、極めてシンプルに、価値創出に最も貢献していると思われる親会社への所得配分が大きくなるように思われる。これもまた別途考えてみたい。