以前に多国籍企業の取引コスト節約の観点から移転価格税制、とりわけ独立企業間原則について考える記事を書いたが、その後読んだ海老原宏美「独立企業原則の限界と修正ーアドビ事件を題材としてー」(2013年、「租税資料館賞受賞論文集22(中)」pp,3-105(論文へのアクセスは、公益財団法人租税資料館 第22回入賞作品より。以下引用個所に示すページ数も以下のサイトにおける論文のページ数より。https://www.sozeishiryokan.or.jp/award/022/009.html))によれば、この観点からの独立企業原則の限界についての指摘はすでにStanley Langbeinが1980年代から行っていることを知った。
以下は、海老原論文におけるLangbeinの主張の紹介部分からの抜粋である。(下線は筆者。)
- Langbeinは、R.H.Coaseが1937年に発表した取引コストアプローチの理論、およびそれを発展させて多国籍企業の形成理由を説明したOliver WilliamsonやRichard Cavesの理論をベースとして、独立企業原則は多国籍企業の内部取引に妥当しないと結論付けている。(P.41)
- 取引費用アプローチを基礎として発展した多国籍企業論が示唆するのは、結局、多国籍企業とは市場に「置き換わる」経済システムであるということであり、その結果、多国籍企業は独立企業に比べて、相乗効果や規模の経済などの一体性から生じる超過収益を享受するということである。(P.43‐44)
- Langbeinは、多国籍企業のように内部組織が市場に置換した状況では、市場価格を決定しうる方法は無いとし、市場取引に置換する存在である内部取引を、市場取引で引きなおそうとする独立企業原則の理論的脆弱性を指摘した。(P.44)
- Langbeinは、多国籍企業を、関連者という複数の主体が、それぞれの機能に関連した…生産要素を共有する関係(shared factor relationship)であると定義する。これに対して、独立企業間原則では、このような関連者相互の関係を取引に細分化し、その取引に関わる生産要素を、どちらか一方の当事者に帰属させ、もう一方の当事者をその生産要素の外部の使用者とみなそうと試みる。Langbeinは、この点にこそ、独立企業間原則の最大の問題があると論じる。(P.44-45)
- Langbeinは、この状況を解決する唯一の方法は、フォーミュラ方式(fractional method)をおいて他に無いと論じている。(P.46)
卑近な例で相応しくないかもしれないが、多国籍企業が「shared factor relationship」でありながら、「独立企業間原則では、このような関連者相互の関係を取引に細分化」してしまうという指摘は、例えば、社内のチームで仕事をした成果を、一人ひとりの個人の業績に割り当てようとする難しさと同じだと感じた。チームで出した100の成果を構成メンバーの5人にどのように割り振るべきか。個人の貢献をいくら要素分解してリストアップしても、それぞれの要素が100の成果にどう効いたのかはわからない。そもそも特定の個人の貢献だと思っていたものも、その個人だけの貢献かどうかは怪しい――Aさんが出したアイディアだと思っていたが、実際はBさんがAさんに雑談で話をした内容がベースになっていた、実はチーム外のFさんが時々参加していい助言をくれていた等。社内の業績考課の話であれば、ある程度の納得感を形成することはできるのかもしれないが、それでも人によっては自らの貢献を声高に主張したり、不満が残るケースもあるだろう。国家間の所得・税収の配分となると尚更である。だから、各国税務当局は好き好きに自国所在グループ会社の貢献の大きさを主張してやまない。また、相互依存性が強い仕事の仕方をしている多国籍企業側としてもそのような各国当局の主張を明確に否定はできない一方で、かといって論理的な貢献度合いを提示することも難しい。そもそも誰もわからないし、正解がないのである。
海老原論文ではさらに、「1990年代から現在まで一貫して、独立企業原則を批判しフォーミュラ方式の導入を提唱する代表的論者の一人」(P.62)であるReuven Avi-Yonahの主張が紹介されている。(下線は筆者。)
- フォーミュラ方式では、関連者によって構成される多国籍企業を一つの統合された組織と捉える…。(P.65)
- グローバル化した経済において、所得の源泉を明らかにすることは困難である。フォーミュラ方式の支持者は、そのような状況下において多国籍企業の構成企業について独立企業原則を適用することには無理があり…多国籍企業に対する課税システムとしては、組織全体の所得を定められた基準により構成企業に配分するフォーミュラ方式が合理的であると主張する。(P.65)
- フォーミュラ方式への反対姿勢を崩さないOECDに対して、Avi-Yonahは、近年、新たに独立企業原則のもとでフォーミュラにより利益分割を行う妥協案を提案している。具体的には、残余利益分割法における残余利益部分をフォーミュラにより分割する方法…である。(P.67)
- Avi-Yonahが、…残余利益の分割要因として提案するのは、賃金、有形資産および売上の3要素である。(P.68)
- 残余利益の分割要因を議論する際に問題になりやすい無形資産について、Avi-Yonahは、①無形資産から生じる価値は、物理的・人的資源や市場から生じるものであり、これらがすでに上述の3要素に織り込み済みであること、②無形資産の価値を配分することは不可能であり、配分しようとすると恣意的操作の余地が生じることを指摘し、これらを理由に無形資産を分割要因から除外すべきであると主張している。(P.69)
そして、この論文の結論としての主張も、「多国籍企業の取引が…グループ企業間で相互依存的な構造を持つことを考えると」(P.83)、利益分割法が「最も適した算定方法ではないか」(P.83)、また、「複雑な関連者間取引については、多くの場合、残余利益分割法が最も適した算定方法になるものと考えられ」(P.84)、その分割要因は「Avi-Yonahの提案する賃金、有形資産および売上の3要素をあらかじめフォーミュラとして定める提案を真剣にすべき」(P.87)という内容となっている。
企業内実務者としては全面的に賛成である。
アグレッシブな租税回避を目指す企業に所属していない実務者としての本音は「何でもいいから国家間で揉めない方法を決めてくれ」「その方法はシンプルにしてほしい」「取引当事国の双方で課税されないという保証は二国間の事前確認(相互協議)でしか得られないなんておかしい(手間がかかりすぎる)」というものである。現状の独立企業原則に基づく移転価格税制において、比較的安定的に機能していると思われる「ルーティン活動に適用するTNMM方式」と、「残余利益に適用するフォーミュラ方式」との組み合わせは理想的と思う。また、現状の移転価格税制における無形資産に対する考え方よりも、上記のAvi-Yonahの考え方(フォーミュラに既に織り込まれている)の方が余程すっきりするし、様々な「操作」の余地も少ないように思う。
だが、いくつか具体的な疑問点もある。それは次回以降の記事で。
また、Langbein、Avi-Yonahの元論文も入手ができれば読んでみたい。