移転価格税制の実務研究ノート

移転価格税制の勉強の過程。実務のヒントを探しています。

経済産業省「デジタル経済下における国際課税研究会」の中間報告書を読む(Pillar One勉強用メモ①)

以前の記事で主としてPillar Twoの勉強に使用した、経済産業省が2021年8月19日に公表した「デジタル経済下における国際課税研究会」の中間報告書(以下「中間報告書」)を取っ掛かりとして、今度はPillar Oneについて勉強してみたい。

 

1. Pillar Oneの概要

OECD/G20 BEPS包摂的枠組み(Inclusive Framework on BEPS: IF)が2021年7月1日に発表した声明(Statement on a Two-Pillar Solution to Address the Tax Challenges Arising From the Digitalization of the Economy)における大枠合意のうち、Pillar 1の内容は「中間報告書」で以下の通り概説されている(P.5-6)。

【ピラー1(本報告書においては、国際的議論における利益 A を指すこととする)】

  • 一定の全世界売上(当初 200 億ユーロ超※)及び税引前利益率(10%超)を有する多国籍企業を対象とする(採掘産業と規制対象の金融サービスを除外)。
    ※「一定の全世界売上」は、当初 200 億ユーロ(約 2.6 兆円)超とする。条約発効 7 年後にレビューを行い、円滑な制度の実施を条件として 100 億ユーロ(約 1.3 兆円)への引き下げを議論。
  • これら多国籍企業の利益について、売上の 10%を超える残余利潤の 20%から 30%(この範囲で今後国際的に合意)を市場国へ新たに配分。
  • 原則として、対象となる多国籍企業が市場国から 100 万ユーロ(約 1.3 億円)以上の収入を得ている場合にその市場国に利益を配分。
  • 実施目標は、2022 年多国間条約策定、2023 年実施。 

ここに、2021年10月8日に同じくOECD/G20 IFが公表した声明(Statement on a Two-Pillar Solution to Address the Tax Challenges Arising from the Digitalisation of the Economy – 8 October 2021)の内容及び、上記概説から省略されている利益Bの内容を追記しておきたい。

  • 上記7月声明の「これら多国籍企業の利益について、売上の 10%を超える残余利潤の 20%から 30%(この範囲で今後国際的に合意)を市場国へ新たに配分」の「残余利益の20%から30%」が10月声明では「残余利益の25%」と定められた。
  • Revenue will be sourced to the end market jurisdictions where goods or services are used or consumed. (収益は、商品またはサービスが使用または消費される最終市場の国・地域に割り当てられる。)(7月・10月声明)
  • 基礎的なマーケティング・販売活動に対する独立企業原則の適用が、特に税務執行能力が十分にない国のニーズに焦点を当てながら、利益Bとして、簡素化・合理化される。この作業は 2022年末までに完了する。(7月・10月声明、利益Bについては「多国籍企業の販売子会社に係る移転価格算定を巡る紛争が多いこと等を踏まえ」たものと説明されている*1。)
  • Pillar Oneの対象となる多国籍企業が、特定の1社を通じて、申告業務を含めたプロセスを実施できるようにする。(10月声明:The tax compliance will be streamlined (including filing obligations) and allow in-scope MNEs to manage the process through a single entity.)
  • 利益AはMultilateral Convention(MLC、多国間条約)によって導入される。2023年のMLCの発効を目指す。(10月声明)
  • MLCでは、すべての締約国に対し、あらゆる企業に関するデジタルサービス税やその他関連する類似の措置を撤廃し、将来にわたってそのような措置を導入しないことを約束することが求められる。(10月声明)

 

2. 具体的事例に基づく不明点

Pillar Oneは上記7月声明の通り、全世界売上約2.6兆円超、及び税引前利益率10%超の多国籍企業が対象のため、ほとんどの日系企業にとって当面の実務上は関係のないこととは思うが、勉強目的として、以下のような取引を行う多国籍企業グループがPillar Oneの対象になったとした場合を仮定して、実務上どのような点が現段階でクリアになっていないか、あるいは自分が理解できていないのかを列挙してみたい。

 

■取引事例

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  • アメリカに親会社がある自動車用中間材メーカーAグループは欧州市場対応として、製造販売子会社B社をアイルランドに、販売子会社D社をドイツに、ドイツ・イギリス以外でのの販売活動を担当する子会社C社をフランスに、それぞれ設立している。
  • 親会社A社はB社に中間材の半製品を供給し、B社はこれを完成させ、欧州各国の自動車メーカー(グループ外)に販売している。
    • ドイツについては、販売子会社D社がドイツ市場における販売活動を担当しているため、B社はD社に完成品を販売し、D社がこれをドイツ得意先F社に転売している。
    • イギリスについては、B社自身が販売活動を担当している。
    • ドイツ、イギリス以外の欧州自動車メーカーへの売り込み等の販売活動全般はフランスのC社が担当している。各得意先への売り上げはB社から直接行うが、B社は各得意先への売り込み活動等の販売活動をC社に委託し、販売委託料をC社に支払っている。
  • Aグループの得意先である各自動車メーカーはB社から中間材を購入後、各国で自動車を完成させ、それぞれの国における取引段階を経て、各国最終消費者に自動車を販売している。
  • B社はイギリスの自動車メーカーE社に対する売上のうち、一部はE社が指定するメキシコに出荷している。

 

■現時点で理解できていない点

  1. Pillar OneではPEがあろうがなかろうが、市場国に残余利潤分の課税所得が配分される。Aグループはイギリスに拠点を持たないが、B社がイギリスの得意先向けに販売をしているため、イギリスに課税所得が配分されることになると思われる。この場合のイギリスへの納税実務はどうなるのか?
    • そもそも、イギリス税務当局に納税するのはAグループのどの会社か?イギリスに販売しているのはB社だから、アイルランドのB社がイギリスへの納税義務を負うのか?B社はアイルランド税務当局を通して、イギリス税務当局に納税するのか、それともB社が直接イギリス税務当局に納税するのか?
    • 事例では割愛しているが、AグループがB社以外にも多数の販売子会社を有しており、これらの販売子会社が各地域での販売活動を担っている場合、これらの販売子会社の全てにおいて、B社同様の市場国への課税所得の配分、納税業務が発生するのか?各販売子会社の実務負荷は増えてしまうが、このような実務は可能か?
    • それとも、10月声明では「Pillar Oneの対象となる多国籍企業が、特定の1社を通じて、申告業務を含めたプロセスを実施できるようにする。」とされているが、Aグループの残余利潤分の課税所得の市場国への配分、納税業務は親会社A社で集中的に行うのか?(A社がアメリカ税務当局に納税し、アメリカ当局から各市場国税務当局に配分するのだろうか?Pillar One対象企業が限定的なうちは可能かもしれないが「7年経過後見直しによって基準額が売上高100億ユーロ(約1.3兆円)に引き下げられた場合、対象企業は一気に広がることにな」*2るとのことであり、その場合でもこのような配分業務は可能なのだろうか?)
  2. この課税所得が割り当てられる市場国について、"Revenue will be sourced to the end market jurisdictions where goods or services are used or consumed." と7月・10月声明では記載されているが、中間材メーカーであるAグループにとってのend market jurisidictionとはB社が第三者得意先に販売する先の国を言うのか、それとも、最終消費者(この事例で言えば、自動車を購入する消費者)の所在する国を言うのか?もちろん、前者でなければA社グループにはわかりようがないように思うが、end market jurisdictions where goods or services are used or consumedという言葉の意味がわかりづらい*3
  3. (仮に2.の答えが「Aグループにとっての得意先売上の販売先国」の場合)イギリス得意先E社から一部をメキシコに納入するように指定された場合、B社にとってのend market jurisdictionはイギリスなのか、それともメキシコなのか?後者でなければ、今回の改革の趣旨から言っておかしいように思うが、納入先がどこかは会計データでは取れない可能性もあり、実務上の不安がある。
  4. 各市場国の税務当局は売上高に応じて配分された課税所得の正しさをどのように確認するのか?仮に自国への販売額を把握できたとしても、配賦される課税所得は他国への販売額に左右される。他国への販売額の正しさを確認する方法はあるのだろうか?仮にどこかの市場国向けの売上高に修正が入ったら、配賦のため、全市場国向けの課税所得が変動してしまうのか?
  5. Aグループのフランスの場合のように、市場国に子会社(C社)が存在する場合、納税はどうなるのか?
    • C社は、残余利潤からの割り当て分としてフランスに配分された課税所得と、C社の活動(売り込み等の販売活動)への対価に基づく課税所得との両方に基づくフランスでの税額の合算分を納税するのか?
    • それとも、「残余利潤からの割り当て分としてフランスに配分された課税所得」については上記1.の通り、B社(ないしA社)が何らかの方法により納税し、C社はあくまでも「C社の活動(売り込み等の販売活動)への対価に基づく課税所得」についてのみ納税するのか?
  6. Aグループのドイツの場合のように、市場国に販売子会社(D社)を設け、D社を通してグループ外の得意先に販売している場合は、上記5.と同様に、納税はどうなるのか?
    • D社はあくまでも販売会社としての独立企業間原則に基づく課税所得に応じた納税を行う(ここに利益Bが適用される?)一方で、「残余利潤からの割り当て分としてドイツに配分された課税所得」については、B社(ないしA社)が何らかの方法により納税するのか?
    • 仮にD社が「残余利潤からの割り当て分としてドイツに配分された課税所得」分についても、まとめてドイツ税務当局に納税する必要がある場合、価格調整金等でD社の課税所得を増やしておく必要があるのか?(増やしておかないと納税資金が足りないように思う。)その場合、ドイツでの輸入関税等との関係はどうなるのか?

 

3. 今後の勉強の方向性

自分の読み込み、理解が浅いせいか、疑問点は多い(また、本当に実務に直面した場合にはまだまだ疑問点は出てくるものと思われる)が、「2022年初頭までにMLCとその説明書のテキストを完成させる」(10月声明Annex)とのことであり、これ以上の実務目線での心配(?)は一旦止めて、今後はもう少し視点を上げて、Pillar Oneの意義や意味合いを理解していきたい。

*1:国税庁 調査査察部調査課 国際調査管理官 磯見竜太「特別解説『国際課税に係る執行状況について」「国際税務」2022年1月号P32以下

*2:南繁樹「10月に合意された『OECDデジタル課税・世界最低税率制度』の概要と企業への影響」「国際税務」2021年12月号P26以下

*3:森口直樹「先どり先よみ デジタル課税 第10回 デジタル課税導入に伴う影響の検討」「国際税務」2022年1月号P75以下、によれば、「このルールの実施に伴う間接的な影響」の一つとして、適用対象企業から、「市場国の判定をするために製品等の最終消費地を特定する必要があ」ることから、「このルールの適用対象企業と取引をしている場合、その製品を最終的にどこに販売したか等の報告を求められる可能性があ」るとのこと。つまり、end market jurisdictionはこの事例で言えば、自動車を購入する消費者の所在する国ということのようである。しかし、実務上、得意先に当たる自動車メーカーが、中間材メーカーであるA社グループにこのような情報開示をするだろうか、という疑問が残る。