移転価格税制の実務研究ノート

移転価格税制の勉強の過程。実務のヒントを探しています。

Amount B続き(Pillar One勉強用メモ④)

前回の記事ではPillar Oneのうち、Amount Bの概要に触れたが、今回はAmount Bについての以下の論文を読んでみたい。

Michael C. Durst, "A Simplified Method for Taxing Multinationals for Developing Countries: Building on the 'Amount B' Proposal to Repair the Transactional Net Margin Method", 2020

以下では、本論文の中身を抜粋、要約する形で取り上げてみたい。(全体的な文脈を正しく理解できていない可能性、また、英文の解釈そのものも正しくない可能性を多分に含むため、正しい理解のためには原文に当たって頂きたい。本記事に限らず、当ブログの全記事について言えることではあるが。)

 

P.14

  • TNMMは広く使用される移転価格算定手法ではあるが、特に新興国の税務当局にとっては、TNMMを使用して多国籍企業グループの子会社に合理的な水準の利益を割り当てることができていない。
  • 多国籍企業子会社はその規模や事業の範囲が独立会社とは大きく異なり規模の経済を享受できること、多国籍企業が開発や買収を通じて獲得した技術に基づく製品やサービスは地場の独立会社のものとは大きく異なること、消費財の場合には多国籍企業はブランドを活かせることから、多国籍企業子会社にとっての適切なコンパラブルを探すことは非常に難しい。特に新興国にとってはこの問題は深刻で、TNMMの適用に必要な人材もおらず、データベースも使用できないことが多い。
  • Amount B提案は、個々の事案に応じたベンチマーク分析でなくてもよいことをOECDが初めて認めたものである。

 

P.16

  • TNMMにおいては、全世界に所在する多国籍企業グループ子会社にはroutine利益が配分され、その後のresidual利益はグループの主たる価値創造活動が行われているとみなされる親会社に配分される。このような利益配分方法は、植民地時代にその起源があり(originated during the period of colonialism)、海外のグループ子会社への所得配分に制約をかけるものとして批判されてきた。
  • 多国籍企業グループの利益をroutine/residualに分けずに、全面的な定式配賦をすべきという議論はあるものの、Pillar Oneでは引き続き両者を分ける考え方を採用し、TNMMは何らかの形で残ると考える。上限はあるものの、グループ全体の業績に関わらず安定した税収をもたらすTNMMにおける所得配分を捨てて、全面的な定式配賦に移行することを望まない新興国もあるだろう。

 

P.17-18

  • TNMMの見直しは概念的にはすっきりするが、実運用上は複雑、煩雑、かつ政治的にも困難。
  • TNMMの見直しにあたっては、現行のAmount B提案が対象とする範囲を超えて、多国籍企業の製造子会社や役務提供子会社にも適用することを提案したい。
    ただ、販売会社は新興国にとって重要な分野であり、まずは販売会社に対象を限定してAmount B提案を導入して、その後、対象を製造会社や役務提供会社に拡大するのがよいかもしれない。

 

P.18-19

  • OECDが現行のAmount B提案で想定しているcentralized comparables searchよりも、グループ全体の利益水準を考慮したJohnson & JohnsonやProcter & Gambleの提案する定式配賦の方法でTNMMを見直した方がよいと考える。
  • centralized comparables search方式は、誰がコンパラブルの調査を行うのかが明確ではなく、例えばOECDや地域単位での機関が行うことになれば、各国の税務主権との関係の問題が出てくる。また、各国に任せれば特に途上国においてはリソースの問題が出てくる。また、自社の事情は異なると主張する納税者が出てきたり、数値のアップデートも必要になってくるとコストもかかるし、政治的な困難も生じる。
  • グループ全体の利益水準によって変動する定式配賦の方法の方が政治的には安定した方法になる。明確なコンパラブル調査に基づかない「大まかな方法」であるがゆえに、産業や地域による違いについての主張や、定期的な見直しの必要も生じにくい。
  • 問題はこのような「大まかな方法」の導入に、税務当局や多国籍企業が合意するかにかかっている。多国籍企業が現状のTNMMにおける個々のケースに即した厳密性を要求するようだと、この見直しはうまくいかない。
  • P&G提案のように、連結ベースでの利益水準を唯一の変動要因にすべきと考える。J&J提案では、各国税務当局は自国所在の子会社の計上費用を調査する必要がある。

なお、ここでJ&J提案とは、販売子会社は連結営業利益率水準と、子会社自身の売上高販売管理費率に応じて決まる売上高営業利益率に基づく利益配分を受ける方法のことであり、P&G提案とは、連結営業利益率水準のみに応じて販売子会社への利益配分が決定される方法のことである。個人的には、売上高販管費率は各子会社の活動の多寡を示す指標であり、その大小に応じて利益配分が増えたり減ったりするJ&Jが提案する方法は面白いと考える。ただ、上記指摘も理解できるし、ややこしい仕掛けはない方が良いのかもしれない。

 

全体的には本論文での提案は、OECDのAmount B提案よりも合理的で、かつ実務面が考慮されている提案のように感じる。また、Amount Bの適用を販売子会社だけでなく、製造子会社や役務提供子会社にも拡大することについては、これらの機能の会社についての実際の係争の多さを考えると、全面的に支持したい。

 

ただ、本論文著者の表現を借りれば、「多国籍企業の利益配分の方法として、the period of colonialismに起源を持つ方法(TNMM)を(Amount Bのようなある意味本質的ではない見直し方で)使い続けることはよいのだろうか」という根本的な問題は残る。ここについては、原理主義的になるのではなく、現実的な方法としてはAmount Bによる「延命」がやむを得ないことは重々理解しつつ、また、現状のTNMMが改善されるメリットも大きいので、基本的にはAmount B提案は実務担当者としては歓迎したいものの、次回以降、もう少し考えてみたい。