移転価格税制の実務研究ノート

移転価格税制の勉強の過程。実務のヒントを探しています。

金融取引の移転価格の勉強②

以前の金融取引の移転価格に関する記事で日本の移転価格税制における取り扱いをみた後の補足として、最後に、OECDが公表した金融取引に関する移転価格ガイドラインについて、以下の通り記載した。

OECDが2020年2月に公表した金融取引に係る移転価格ガイダンスについても、理解をする必要がありそうだが、各種の記事を読んでも理解できない部分が多く、現時点では体系だった理解は諦め、上記でも参照した山田晴美「チャレンジ!移転価格税制 子会社貸付に係る金利設定方法の現状と今後」(『国際税務』Vol.40 No.10)で指摘された以下2点を頭に入れておくことに留めたい。(以下はP.97より。)

  • これまでの「貸手の信用力を基にした金利の設定」(すなわち「親会社の借入金利を参照」すること)よりも「借入人の信用格付け」を考慮すべきとされた。
  • 独立企業間のレンジとして使用するためには、「実際の取引に基づくもの」でないといけない。単に「銀行から入手した金利」情報では使用できない。

今回は、『国際税務』2021年9月号の丸山裕司「金融取引に関する移転価格対応について~2020年2月に公表された金融取引に関するOECD移転価格ガイドラインを受けて多国籍企業に求められる対応」(以下「解説記事」)をもとに、金融取引に関する移転価格ガイドラインについて、もう少し勉強を進めてみたい。

具体的には、「解説記事」が重要なポイントして指摘する以下3点について、参照されているOECD移転価格ガイドラインの条文そのものを追いかけてみたい。(このうち、1.、2.は上記引用中の記事での2点の指摘と同様である。)

ここで気付くのは「OECD移転価格ガイドライン2017年版」は国税庁から仮訳が公表されているのに対して、金融取引に関するガイドラインについては日本語訳がない、ということ(2021年10月現在、単に探せていないだけなのかもしれないが)。そこでOECD (2020), Transfer Pricing Guidance on Financial Transactions: Inclusive Framework on BEPS Actions 4, 8-10, OECD, Paris, www.oecd.org/tax/beps/transfer-pricing-guidance-on-financial-transactions-inclusive-framework-on-beps-actions-4-8-10.pdfの原文を見ていきたい。(日本語訳を出してほしいな、と思いつつ…。なお、記載している日本語訳は自分の仮訳のため、誤訳を多分に含むことに注意頂きたい。)

 

1. 関連者間ローン取引の金利は借手の信用力に基づいて設定すべき。

ここでは「解説記事」が引用している10.89及びその前後の規定を見てみたい。

独立企業間金利は「借り手」の信用格付けを考慮して決定するという点、関連者間ローン取引では市場取引を同種の取引とするCUP法が適用される可能性が高いという点、また、独立企業間金利は(TNMMの場合と同様に)ベンチマーク分析をすることが求められている点がポイントになろう。

10.88. The following paragraphs present different approaches to pricing intra-group loans. As in any other transfer pricing situation, the selection of the most appropriate method should be consistent with the actual transaction as accurately delineated, in particular, through a functional analysis (see Chapter II). 
10.88. 以下の段落では、グループ内ローンの価格設定に関する様々な方法を提示する。移転価格を設定する他の場合と同様に、最適な方法の選択は、特に機能分析(第2章参照)を通じて正確に定義された実際の取引と整合していなければならない。


10.89. Once the actual transaction has been accurately delineated, arm’s length interest rates can be sought based on consideration of the credit rating of the borrower or the rating of the specific issuance taking into account all of the terms and conditions of the loan and comparability factors. 
10.89 独立企業間金利は、まずは実際の取引を正確に定義し、その上で、借り手の信用格付けや特定の債券の格付けを考慮し、また、ローンの各種条件や比較可能性の有無を決定する要素をすべて考慮に入れることで、決定することができる。

 

10.90. The widespread existence of markets for borrowing and lending money and the frequency of such transactions between independent borrowers and lenders, coupled with the widespread availability of information and analysis of loan markets may make it easier to apply the CUP method to financial transactions than may be the case for other types of transactions. (以下略)
10.90.金銭貸借の市場が広く存在し、独立した借り手と貸し手の間でそのような取引が頻繁に行われていることに加え、ローン市場に関する情報や分析が広く利用可能であることから、金融取引にCUP法を適用することは金融取引以外の取引の場合と比べて、容易であると考えられる。

 

10.91. The arm's length interest rate for a tested loan can be benchmarked against publicly available data for other borrowers with the same credit rating for loans with sufficiently similar terms and conditions and other comparability factors. (以下略)
10.91. 検証対象となるローンの独立企業間金利は、同じ信用格付けを持つ他の借り手のローンで、取引条件およびその他の比較可能性の有無を決定する要素に十分な類似性があるローンについての公開データをベンチマークとすることで求めることができる。

 

2. 関連者間ローン取引の金利設定において、金融機関からのヒアリング回答は独立企業間価格として使用できない。

ここでは、「解説記事」が引用する10.107と10.108を見る。銀行から入手した金利情報は「実際の融資の提示ではな」く、実際の取引に使用されない限りは、独立企業間金利の証拠にはなり得ない。

10.107. In some circumstances taxpayers may seek to evidence the arm’s length rate of interest on an intra-group loan by producing written opinions from independent banks, sometimes referred to as a “bankability” opinion, stating what interest rate the bank would apply were it to make a comparable loan to that particular enterprise.
10.107. 状況によっては、納税者は、独立した銀行から意見書(バンカビリティオピニオンと呼ばれる場合がある)を入手して、グループ内ローンの金利が独立企業間価格であることを証明しようとする場合がある。この意見書は、その銀行が当該企業に融資を行うとした場合に、どのような金利を適用するかが記載されているものである。

 

10.108. Such an approach would represent a departure from an arm’s length approach based on comparability since it is not based on comparison of actual transactions. Furthermore, it is also important to bear in mind the fact that such letters do not constitute an actual offer to lend. Before proceeding to make a loan, a commercial lender will undertake the relevant due diligence and approval processes that would precede a formal loan offer. Such letters would not therefore generally be regarded as providing evidence of arm’s length terms and conditions.
10.108. このような方法は、実際の取引との比較に基づいていないため、比較可能性に基づく独立企業間価格の算定方法とは異なるものである。さらに、このような意見書は、実際の融資の提示ではないという事実に留意することも重要である。融資を実行する前に、金融機関は、正式な融資提案に先立って、融資先についてのデューデリジェンスと承認の手続きを実施する。したがって、このような意見書は、一般的に独立企業間の取引条件の証拠とはみなされない。

 

3. 関連者間の債務保証料の回収は必須。

まず、「解説記事」が取り上げる10.157をみる前に、10.155で債務保証の定義を確認する。10.155では「多国籍企業グループの一員であることのみに起因する暗黙の支援」という形態での債務保証が出てくる。ここでの定義上は「法的拘束力のある義務」としての債務保証が対象とされているので、「implied support暗黙の支援」は対象外と理解した。しかし、グループ子会社と取引をする第三者は当然、グループ全体からの「暗黙の支援」を期待して取引をするはずであるし、その期待が取引条件に「暗黙」のうちに反映されるとしたら、内部CUP(グループ会社と第三者間取引を、独立企業間取引と扱うこと)には本質的な無理があるように感じた。

10.155. In general, a financial guarantee provides for the guarantor to meet specified financial obligations in the event of a failure to do so by the guaranteed party. There are various terms in use for different types of credit support from one member of an MNE group to another. At one end of the spectrum is the formal written guarantee and at the other is the implied support attributable solely to membership in the MNE group. In the context of this section, a guarantee is a legally binding commitment on the part of the guarantor to assume a specified obligation of the guaranteed debtor if the debtor defaults on that obligation. The situation likely to be encountered most frequently in a transfer pricing context is that in which an associated enterprise (guarantor) provides a guarantee on a loan taken out by another associated enterprise from an unrelated lender.
10.155. 一般に、債務保証とは、被保証人が特定の金融債務を履行できなかった場合に、保証人がその債務を履行することを規定するものである。多国籍企業グループのある企業から別の企業への様々な信用面での支援の方法には、様々な用語が使用されている。一方には正式な書面による保証があり、他方には多国籍企業グループの一員であることのみに起因する暗黙の支援が存在する。本セクションにおいては、保証とは、保証された債務者が債務不履行に陥った場合に、当該債務を引き受けるという、保証人にとっての法的拘束力のある義務である。移転価格において最も頻繁に表れる状況は、関連企業(保証人)が、別の関連企業が非関連者である貸し手から借り入れたローンに対して保証を提供するというものである。

次に、10.157では債務保証の効果として借入条件が有利になること、また、10.159でそれに対する(債務保証料の)支払いをすべきことが述べられている。ただ、その際の債務保証料は、保証付きの金利率と保証なしの金利率との差から検討すべきとのことであるが、ここに再度「暗黙の支援」の概念が登場し、「暗黙の支援」を考慮すべきことが指摘されている。概念として考慮すべきことは理解できるが、実務上、具体的にどうするかは自分には理解ができなかったところである。(この点に関して「解説記事」で参照されている10.174や、それに続く10.175でも説明がされているが、やはり理解ができず、ここでの引用は一旦省略する。)

10.157. From the borrower perspective, a financial guarantee may affect the terms of the borrowing –for instance, the existence of a guarantee may allow the guaranteed party to obtain a more favourable interest rate since the lender has access to a wider pool of assets –, or the amount of the borrowing – for instance, enabling the borrower to access a larger amount of funds.
10.157. 借り手の立場からすると、債務保証は借入条件に影響を与える可能性がある。例えば、保証があることによって、貸し手は被保証人よりも強固な財務基盤をあてにできるため、被保証人はより有利な金利を得ることができるかもしれない。あるいは、借入額に影響を与える可能性がある。例えば、借り手がより多額の資金を借入できるようになるかもしれない。


10.159. Where the effect of an intra-group guarantee as accurately delineated is to reduce the cost of debt-funding for the borrower, it might be prepared to pay for that guarantee, provided it was in no worse a position overall. In considering the borrower's overall financial position as a result of the guarantee, its cost of borrowing with the guarantee (including the cost of the guarantee and any associated costs of arranging the guarantee) would be measured against its non-guaranteed cost of borrowing, taking into account any implicit support. Borrowing with a guarantee might also affect terms and conditions of the loan other than price; each case will depend on its own facts and circumstances.
10.159. 正確に定義されたグループ内保証の効果が借手の借入コストを削減することである場合、 借手の全体的な財務状況が悪化しない限りにおいて、借手はその保証に対して何らかの対価を支払うかもしれない。保証の結果としての借り手の全体的な財務状況を検討する際には、保証を付した借入コスト(保証のコスト及び関連コストを含む)は、保証を付さない借入コストと比較して測定される。ただし、保証を付さない借入コストに含まれる暗黙の支援を考慮する必要がある。保証付借入は、価格以外の借入条件にも影響を与える可能性があるが、それは各事案の事実と状況によって異なる。

所感

グループ内金融取引が租税回避に利用されてきたという背景は理解しているつもりだが、ガイドラインは全体的に、過度な「独立企業間取引」の信奉ではないかと感じた。


グループの構成事業体である個別会社が「借り手」だったとして、その個別会社の信用格付けにどれほどの意味あるのだろうか。例えば、日系の多国籍企業グループ傘下の海外製造子会社の場合、グループ内借入が必要になる典型的な場面はその海外製造子会社で旺盛な設備投資を行う際であろうが、この場合、TNMMの検証対象法人となるような機能・リスク限定型の製造子会社であれば、設備投資の実質的な意思決定は日本の親会社がしているであろう。また、その設備投資の結果としての減価償却費をはじめとした各種コストの増大も、TNMMで総費用営業利益率を一定範囲内に維持する価格設定によって賄われるであろう。この場合に、投資資金の回収はTNMMによって保障されているのも同然であり、投資のタイミングでの一時的な資金不足を手当てするのがグループ内借入である。この借入利率を決める際に、「借り手」である海外製造子会社の信用格付けを議論することにどれほどの意味があるのだろうか。そして、その信用格付けに基づくベンチマーク分析まで要求しているが、これは金融取引が本業ではない事業会社にとっては明らかに過剰な要求ではないだろうか。

所詮、グループ内という一つの財布の中で右から左に貸し借りをしているだけである。もっと割り切って、グループ内金利の水準を国際的に一律に決めておけばいいのではないだろうか。あるいはさらに割り切ってしまって、高税率国での支払金利の損金算入効果を抑制してしまうために、グループ内金利は無利子にしてしまえばよいのではないだろうか。
債務保証についてのガイドラインの記述も相当に無理があるように感じる。10.175「保証によって得られる利益の範囲を決定する際には、明示的な保証の影響と、グループの一員として得られる暗黙の支援の影響を区別することが重要である。」なんてどう考えても無理がある。

 

事業会社の実務観点からは、本業の付随取引に過ぎない金融取引については、明確でシンプルで、当局と揉める要素のない基準の提示を望むのみである。