移転価格税制の実務研究ノート

移転価格税制の勉強の過程。実務のヒントを探しています。

経済産業省「デジタル経済下における国際課税研究会」の中間報告書を読む(Pillar Two勉強用メモ)

経済産業省が2021年8月19日に「デジタル経済下における国際課税研究会」の中間報告書(以下「中間報告書」)を公表している。当研究会は「経済のデジタル化が加速する中、我が国企業の競争力強化及び経済活性化に資する公正な国際課税の在り方を検討するため」(2021年3月1日の経済産業省ニュースリリース)に設置されたものである。最近の国際課税制度の動きのさわりだけでも把握するために、当研究会における第1回から第6回までの会合における事務局資料を参照しつつ「中間報告書」を読んでみた。

 

自分の基礎的な知識が欠落している分野のため、もちろん深く理解することはできていないが、ごく大まかに、以下の点についての初歩的な理解はできたように思う。

以下、それぞれの内容について、参照先の資料をリンクしながら、勉強の過程をメモとして残しておきたい。(「中間報告書」と上記の事務局資料を組み合わせて読むことで、理解がしやすくなった。)

1. Pillar 2及びPillar 2に影響を与えたとされる2017年米国税制改革

Pillar 2概要

OECD/G20 BEPS包摂的枠組み(Inclusive Framework on BEPS: IF)が2021年7月1日に発表した声明(Statement on a Two-Pillar Solution to Address the Tax Challenges Arising From the Digitalization of the Economy)における大枠合意のうち、Pillar 2の内容は「中間報告書」で以下の通り概説されている(P.6)。

【ピラー2(本報告書においては、国際的議論における GloBE ルールを指すこととする)】

  • 各国政府は自国の多国籍企業に対して最低税率(少なくとも 15%として、今後国際的に合意)を追加課税。
  • ピラー2 は共通アプローチとして、導入は各国の任意であるが、導入する場合には、合意されたモデルルール及びガイダンスと整合的な方法で設計及び実施を行う。
  • 課税標準から一定額の控除を認める適用除外(カーブアウト)については、有形資産(簿価)と支払給与の 5%以上(当初 5 年間は 7.5%以上)とする。(具体的な割合は今後国際的に合意)
  • 実施目標は、2022 年各国国内法改正、2023 年実施。

そして、上記「GloBEルール」の内容については、第2回 デジタル経済下における国際課税研究会の事務局資料P.8(下図)がわかりやすい。

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同じく、上記第2回研究会の事務局資料P.26(下図)によって、所得合算ルールのイメージもつかみやすい。

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所得合算課税における「カーブアウト」の趣旨は、上記第2回研究会の事務局資料P.12に以下の通り説明されている。現地で固定資産を保有し、雇用も行うような能動的な事業活動を行う目的で進出した国が低税率国だった場合の一定リターンについては合算課税の対象とはならない。

所在地国における能動的な事業活動から生じる固定リターンを除外する観点から、定式的なカーブアウトを検討。固定リターンを除外することで、GlobeルールをBEPSリスクの高い無形資産所得のような「超過利益」に焦点を当てるとの記載。

また、給与及び有形資産の費用に基づくカーブアウトを設けることで、Globeで対象とすべきではない低収益ビジネスを除外することに繋がるとされている。

また、これは低税率国の場合に限らず、「優遇税制の結果、進出企業の実効税率は低くなっているわけだが、これに最低税率までの上乗せ税率を適用することは、中国などの優遇税制の意義を減じることになりかねず、彼らの反発が予想される。この点については、今回の合意でも、何らかの適用除外(カーブアウト)が設けられることになっているが、その具体的基準を巡っては議論が続く。この点は、中国などに進出し優遇税制の適用を受けているわが国企業にとっても関心事である。」(森信茂樹「デジタル課税と最低法人税率を巡るG20合意の「歴史的意義」を考える- 連載コラム「税の交差点」第88回」)とのことである。

2017年米国税制改革の概要

上記のIIR(最低税率課税)及びUTPR(軽課税支払いルール)は「米国トランプ税制におけるGILTI及びBEATを参考にした制度であるとも言われている」(「中間報告書」P.8)と指摘されている。その2017年の米国税制改革で導入された「特筆すべき国際課税制度改革」(同P.6)の中身は、第1回 デジタル経済下における国際課税研究会の事務局資料P.35(下図)が簡潔にまとめられていて理解しやすい。(GILTIがPillar 2のIIRに、BEATがPillar 2のUTPRに、それぞれ影響したということだろう。)

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なお、上記のうち、BEATについては、以下のSHIELDへの置き換えが検討されている。(「中間報告書」P.11、注20)

SHIELD(Stopping Harmful Inversions and Ending Low-Tax Developments)は、最低限
の税負担をしていない軽課税国等に所在する親会社等への損金算入支払を否認する仕組みとして、バイデン政権下において、トランプ税制改革で導入された BEAT 税制(特定の国外関連者を対象に、所在国を問わず税源浸食的な支払の全部または一部に課税する制度)を置き換えるものとして検討されている。

 

2. Pillar 2の最低税率課税と既存のCFC税制との関係

「中間報告書」(P.13)で「最低税率課税とCFC税制それぞれの制度趣旨は異なるが、外国子会社の外国での低税率での課税後の収益に対して追加的な課税を親会社に対して行うという手段・効果には共通する部分もあるため、両制度の重複を回避し、実務負担を軽減することが望ましい」と指摘されている。

しかし、自分としてはまず、既存のCFC税制そのものの理解が覚束ないため、またまた事務局資料に頼ることとする。(下図は、第4回 デジタル経済下における国際課税研究会の事務局資料P.27より。)簡単に言えば、「経済活動基準をすべて満たし、かつ20%未満の税負担割合の場合は配当・利子等の受動的所得に所得単位で合算課税。経済活動基準のいずれかを満たさない場合で、20%未満の税負担割合の場合は会社単位で合算課税。」と理解した。

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次に、「中間報告書」P.14<図3>が、最低税率課税と既存のCFC税制のカバー範囲を比較している。これをみると、最低税率課税が対象とする部分(①、②、③)のほとんどは既存のCFC税制ですでに合算課税対象であることがわかる。(CFC税制だけが合算課税対象とするのは④の受動的所得部分、⑤、⑥。)

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一方で、違いとしては、例えば以下のような点が説明されている。

  • 15%未満かつ経済的活動基準を満たすケース(①の能動的所得部分)において、最低税率課税のカーブアウトによって控除される部分があるものの、すべてが控除されない以上、既存のCFC税制では除外される能動的所得でも最低税率課税の対象となってしまう部分がある。
  • 既存のCFC税制は合算課税の対象となると日本の法人税率約30%が課される一方で、最低税率課税は、最低税率水準に満たない子会社所得を最低税率水準まで合算課税する。
  • 最低税率課税の適用対象は、約1,000億円以上の連結売上高を持つ企業グループが検討されているが、CFC税制にはこのような閾値はない。

方向性として、「原則として、最低税率課税により一定の税負担を確保した上で、CFC税制については事業活動上の経済合理性が乏しい行為に限定して例外的に適用する方向で、最低税率課税とCFC税制の役割分担を明確化することが考えられる。」とのこと。(「中間報告書」P.15)

3. 現行の国際課税の課題(価値創造地の特定の難しさ、価値配分の難しさ)への対応としての仕向地主義課税

「中間報告書」最終章は「Ⅴ.中長期的な国際課税のあり方」として、現行の国際課税ルールの問題と、その解決策の一つとして仕向地主義課税が紹介されている。仕向地主義課税については、

tpatsumoritaira.hatenablog.com

でも触れたが、このような報告書に(正式に?)取り上げられたことには驚いた。

1. 問題の所在(P.27)

現在の国際課税ルールは、「PEなければ課税なし」を基本原則とする。換言すれば、研究開発活動であれ、ブランド価値向上のための広告宣伝活動、あるいは販売活動であれ、実際に価値が創造された場所で課税すべきという原則(価値創造原則)を基本として、本社や各国PE等との間の価値の配分については、帰属主義(AOA)や独立企業原則(ALP)等の考え方に基づいている。

 

これら諸原則は、…無形資産を基礎に顧客ごとにサービスが最適化されることが多い現代のビジネス環境においては、妥当性の検証のために必要な比較対象とする取引が見つからないため、…運用が困難になっている…。

 

無形資産は可動性が高いがゆえに、価値の計上地をある程度操作することが可能となっている…。

最初の引用で、「換言すれば」という言葉に着目すると、

「PEなければ課税なし」=「実際に価値が創造された場所で課税すべき(価値創造原則)」ということであり、すなわち「価値が創造されている場所=PE」、

ということと理解した。そして、本社とPEとの間の価値配分は独立企業原則に則る。

しかし、無形資産が価値の源泉としての重要性を増すと、どこで価値が創造されているのかがわかりづらくなっている、また、創造地を特定したとしても唯一無二を特徴とする無形資産の価値をどのように配分すべきかは比較対象取引からは導けない、という問題に直面している。

こういった国際課税の難局に対する抜本的な対応策として、価値創造原則に基づく、いわば「原産地主義」ともいいうる現行の法人税から、仕向地主義、すなわち、国境税調整(輸出免税、輸入課税)の導入を通じて、企業によって創造された価値に消費地で課税する税制に移行するという考え方が存在する。なお、ピラー1は、市場国、すなわち消費地に課税権を与えるという点で、仕向地主義課税の一つと見ることも可能であると考えられる。

 

2. 主な論点とその方向性(P.28~30)

以下はその仕向地主義の法人税の一つとして、アメリカで議論された仕向地主義キャッシュフロー税(DBCFT: Destination Based Cash Flow Tax)が取り上げられた内容を要約した。

  • 仕向地主義とは、日本の消費税でも採用されている、国境税調整(輸出免税、輸入課税)により資産や役務が送り出された目的地のある国で課税される仕組み。
  • キャッシュフロー税とは、投資に対して減価償却ではなく即時償却を認めるもの。
  • 仕向地主義は、価値創造地を特定する必要がなく、各国間の価値の配分を必要としない点で、現在の国際課税の課題を抜本的に解決できる可能性がある。
  • 既存の付加価値税を拡充しつつ法人税を縮小することで経済的にDBCFTに類似した効果を持たせることができる。
  • 一方で、輸出超過国では税収が減少すること、国境税調整における輸出免税がWTO協定上禁止されている輸出補助金に該当する可能性があること、現行の付加価値税と同様に無形資産・サービスの国境税調整が困難なこと等の課題がある。

各内容の表面を「さらっと」なぞっただけの状態であり、それぞれ時間をかけて掘り下げていく必要は当然あると思うが、現状の実務との関係上、ひとまずここまで。