移転価格税制の実務研究ノート

移転価格税制の勉強の過程。実務のヒントを探しています。

無形資産の定義の勉強②

前回の記事の続き。「無形資産の会計上の定義と、移転価格税制上の定義は同じなのか、それとも異なるのか?異なるとすれば、どこが異なるのか?」について、勉強する。

tpatsumoritaira.hatenablog.com

目次

 

3. 結局、違いは?

前回の記事で、会計上の無形資産、移転価格税制上の無形資産は以下の通りであることを見てきた。

  • 会計上(企業結合会計基準上)認識される無形資産:「法律上の権利など分離して譲渡可能な無形資産」
  • 移転価格税制上の無形資産:「有形資産及び金融資産以外の資産で、独立の事業者の間で通常の取引の条件に従って譲渡・貸付け等の取引が行われるとした場合にその対価が支払われるべきもの」

会社の資産を「分離」して他者に「譲渡」するのであれば、当然対価を取ると考えれば、会計と移転価格の定義には実質的な差はないように感じる。

しかし、会計上、のれんは「取得原価の配分残余」として無形資産とは明確に別扱いされるのに対して、OECD移転価格ガイドラインでは「独立企業間で支払われる対価の重要かつ金額的に大きな部分は、のれん及び継続事業価値などに係る何らかの対価を表すかもしれないことを認識しておくことは重要である。同様の取引が関連者間で行われる場合、そのような価値は当該取引の独立企業間価格の算定において考慮されるべき」とされており、独立企業間価格にのれんが含まれるのであれば、関連者間でも当然考慮に入れられるべきというスタンスのように読み取れる。

つまり、無形資産の定義において、のれんの取り扱いが会計と移転価格税制の差になっていると理解した。

 

4. どのような場面でこの定義の違いが問題になり得るか?

買収直後の関連者間無形資産譲渡取引

無形資産の定義が会計と移転価格税制とで異なることが問題になり得る場面の一つは、「多国籍企業グループが非関連者から取得した無形資産を、その取得後すぐに、関連者間取引によってグループのメンバーに移転する場合」(「OECD移転価格ガイドライン2017年版」6.147)ではないかと思う。第三者から取得した無形資産に対して支払われた価格は、関連者間取引においてCUP法を適用する際の比較対象に使えることが、6.147で以下の通り説明されている。

このような場合、取得した無形資産に対して支払われた価格(再移転の対象でない取得資産に対する差異調整を含む適切な差異調整を行った後の金額)が、関連者間取引の独立企業間価格を CUP 法に基づいて算定する際の有用な比較対象となる場合が多い。事実及び状況によっては、このような事例における第三者からの買収価格は、株式取得を通じて無形資産が間接的に取得された場合、又は買収により取得した株式や資産の対価として第三者に支払われた価格がそれらの簿価を超える場合であっても、関連者間取引の独立企業間価格その他の条件の決定において、関連性があるかもしれない。

 

OECDガイドラインの事例

さらに、OECDガイドラインの事例23(日本語版P.450-451)では、このような第三者から取得した直後の無形資産の関連者間取引例と、この取引で考慮すべき事項が提示されており、非常に参考になる。

この事例を図解すると以下の通りとなる。(詳細な前提条件はガイドラインそのもの参照。)

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  • この事例において、ガイドラインは、「買収価格の内訳に含まれる無形資産の定義及び評価は、移転価格算定上決定的ではない」とする。(すなわち、①の買収価格の内訳における無形資産とのれんの区分が、移転価格上は「決定的」な意味は持たない、という指摘と理解。)
  • その上で、「S社に譲渡する具体的な無形資産とT 社が保持するものとを特定することが重要」であり、②のT社→S社への無形資産譲渡、及び③のS社→T社への研究業務委託のそれぞれの取引対価はセットで検討されるべきと指摘する。②のT社→S社への無形資産譲渡によってT社の価値のほとんどがS社に移転されたのか、それとも、T社に残るものがあるのか。T社に残るものがあるのであれば、今後の③研究業務委託料(あるいは別途の支払い)に反映されるべきであるとする。
  • 事例23の85.(日本語版P.451)
    ...事実によっては、買収価格の内訳において T 社ののれんとされた価値のほとんどは、その他の T 社の無形資産とともに S 社へ移転しているかもしれない。事実によっては、買収価格の内訳においてのれんとされた価値の一部が、T 社によって保持されたままであることもあり得る。独立企業原則の下で、T 社は、譲渡した技術に関する無形資産に係る権利に対して S 社により支払われる価格の一部として、又は取引後数年間で T 社の従業員による研究開発活動に対して支払われる対価を通して、このような価値に係る対価を稼得する権利が付与されるべきである。一般的に、企業内事業再編の一部として、価値が消滅したり損なわれたりすることはないと想定すべきである。...
  • なお、本事例は「多国籍企業グループが非関連者から取得した無形資産を、その取得後すぐに、関連者間取引によってグループのメンバーに移転する場合」(6.147)であるが、「取得から時間が経ってから S 社へ無形資産の譲渡が行われた場合、譲渡された無形資産の価値の増加又は減少に関しては別途の調査が必要である」。

なお、EY税理士法人編「無形資産の管理と移転価格算定の税務」中央経済社のP.144-148では、類似した事例として、グループ子会社(S社)が第三者から20億円(無形資産5億円、固定資産2億円、のれん13億円)で取得した製造技術等を、親会社(P社)に譲渡する取引が取り上げられている。このケースでは20億円から固定資産分2億円を控除した18億円が関連者間譲渡価格とされている。つまり、のれんも含めて子会社から親会社に移転されたと判断されている。

この、のれんを関連者間譲渡価格に含めるかどうかの判断について、同書P.148では「第三者からの買収価格には、のれんが含まれていますが、のれんとされた価値のほとんどがその他の無形資産とともにS社からP社に移転されているのか又はその一部がS社に残っているのかについて、十分に検討を行い、必要に応じて独立企業間価格の算定に加味する必要があります」とする。

 

まだ考えるべきことはあるのかもしれませんが、今回はここまで。