移転価格税制の実務研究ノート

移転価格税制の勉強の過程。実務のヒントを探しています。

Courseraを受講する②(Apple Case)

前回の記事で、Courseraの Rethinking International Tax Lawという講義を受講したことを書いた。そのなかで、4週目のTransfer pricingの講義の中に、アップル社の租税回避が取り上げられたApple Caseという小トピックがあり、解説動画に続けて、以下3点の文献が推奨されていることに触れた。 

- Permanent Subcommittee on Investigations, Memo on Offshore Profit Shifting & Apple (May 21, 2013).

- A. Tang, 'iTax - Apple's International Tax Structure and the Double Non-Taxation Issue', British Tax Review, no. 1, March 19, 2014.

- European Commission, Letter to Ireland regarding the decision to initiate the formal procedure, C(2014) 3606 final 2014, alleged aid to Apple, 2014.

 

今回はこのうちの1点目の文献(以下「Memo2013」)と2点目の文献(以下「Tang2014」)、及び解説動画(以下「動画」)から、学んだこと、理解できたことを以下にまとめてみたい。(今となっては古い話かもしれないが、Courseraで学んだ実例を示すという意味も込めて。なお、本記事に限らずであるが、記述に誤りがある場合はすべて自分の理解不足によるものなので、上記文献、解説動画そのものにあたって頂きたい。今回に関しては英語文献、英語の動画を元にしており、誤読の可能性も他の記事以上に高いかもしれない。)まだまだ、初歩の初歩なので、引き続き勉強していきたい。

■各文献で取り上げられている問題

 Memo2013は、U.S. Senate Homeland Security and Government Affairs Committee(米国上院国土安全保障及び政府問題委員会)のPermanent Subcommittee on Investigations(常設小委員会)が開催した公聴会に向けたMemorandumである。このうち、第3部は"Apple Case Study"と題し、アップルが多額の所得をアメリカからアイルランドに移転させ、アイルランドにおいて2%以下という特別な法人税率の適用を認められた方法を解明しようとするものであり、この第3部を中心に読んだ。

 

Tang2014は、「2009年から2012年にかけてアップル社が440億米ドル(約4.8兆円)をどの国からも課税されずに済ませた」と指摘し、この「二重非課税」がどのように実現されたのかを解明するものである(論文のもう一つの目的は、このような租税回避の防止措置についてであるが、ここでは省略する)。「アップル社は、独創的な商品で広く知られている。1998年のiMac、2001年のiPod、そしてより最近の2007年に発売されたiPhoneと2010年のiPadなど、各商品においてアップル社は業界の標準を打ち立ててきた。税務の世界においても、同じように独創的で強気である(equally creative and bold)。」(P.40)と指摘する。(論文の題名はこれらアップル社の商品名にちなんだ"iTax"。何だか格好よく感じるが、やっていることは租税回避である…。)特にTangが着目しているのは、アップルの租税回避の方法の「シンプルさ」、そしてそれにもかかわらず高い効果(約4.8兆円の二重非課税)を出している点である。(他の米国多国籍企業が多用するダブルアイリッシュダッチサンドイッチの手法を、アップル社は用いていないと指摘する。文献によってはアップル社もダブルアイリッシュダッチサンドイッチの手法を用いているとするものも見かけるが、時期によって用いていたり、用いていなかったりするのだろうか。)

 

■アップル社の租税回避方法

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Memo2013、Tang2014及び動画が指摘するアップル社の租税回避手法を、上図及び以下の通りまとめてみた。 (なお、上図では省略した商流やグループ会社もある。また、ここでは元資料に従い「租税回避」と記載し、個人的にもアップルの動きは「租税回避」にあたるのではないかと考えているが、Tang2014ではアップル社社長ティム・クックが、自社は「法及び法の精神を遵守している。アップル社は要求された税は、アメリカおよび海外においてすべて支払っている」と述べたことが紹介されている(P.44)。)

①コストシェアリング契約によって無形資産の経済的所有権をアイルランド保有

②低税率国アイルランドの活用と、アイルランド当局との合意

アイルランドにおけるtax residencyの不在

④Check-the-boxを利用したUS合算課税(Subpart F)の回避

 

■①コストシェアリング契約によって無形資産の経済的所有権をアイルランド保有

  • 租税回避のポイントの一つとなっているのが、アップル社がアイルランド子会社であるASI(Apple Sales International)やAOEApple Operations Europe)と研究開発費についてのコストシェアリング契約を締結することで、ASIやAOEに米国外での無形資産の経済的所有権を保有させている点である。
  • アップル社グループでの開発活動のほとんどは、実際には、本社のあるカリフォルニアで行われている。ASI/AOEの人員数が占める割合はグループ全体の開発人員の1%未満である。AOEの従業員数は400人で、小規模の生産を行うのみ。ASIは250人の従業員を有し、中国の外部生産委託先と生産委託契約を締結して、完成品を購入し、欧州他での販売分についてはADIに、アジア他での販売分についてはApple Singaporeにそれぞれ転売する。
  • しかし、コストシェアリング契約によって、アップル本社とASIはそれぞれの売上が全世界売上に占める割合に応じて、研究開発費を負担する。概ね、売上の約6割は海外での売上のため、ASIが開発費の約6割を負担する。
  • そして、ASIの開発費の負担に応じて、米国外での無形資産の経済的所有権がASIにて保有されることになり、ASIはグループ内での取引を通じて、米国外での取引から発生する超過利益を獲得することになる。(筆者注:ASIは第三者である生産委託先から製品を購入し、他の子会社に転売する取引を行うが、転売先の子会社は無形資産を保有していないので、限定的な一定利益のみを確保することになり、消費者向け価格と、生産委託先からの購入価格との差額の大部分がASIに集中することになる。)
  • また、ASI/AOEがそもそも開発費のシェアをできるだけの資金は、アップル社から提供されたものである。
  • Tang2014は「もともとコストシェアリング契約は、R&Dの成否がわからない、失敗する可能性もある、という前提で締結されるものとして導入された。失敗した場合には、低税率国で損金が発生することになるので、多国籍企業は租税回避目的のみでこのスキームを積極的に導入することはないだろうと予想されていた。…しかし、この見方は多国籍企業と税務当局との間の「情報の非対称性」を見落としていた。…実際には、多国籍企業がコストシェアリング契約を締結するのは開発が成功する見通しがある場合だけであった。言い換えると、コストシェアリング契約はIPから生じる所得を低税率国に移転する合法的な手段となっている。むしろ、…多国籍企業が租税回避以外の目的でコストシェアする必然性は全くない。」(P.48)と指摘する。
  • また、動画では「コストシェアリング契約については、本質的に問われるべきは、アップルは第三者と同様の契約を締結しただろうか、という点である。この第三者は戦略的な事業判断を行うような中核的な活動を行わないにも関わらず、多額の収益を獲得できるのである。」とも指摘されている。

■②低税率国アイルランドの活用と、アイルランド当局との合意

  • アップル社の主たる海外子会社のうちの数社は、アイルランドに設立されている。
  • もともとアイルランドの法定法人税率は12%と低いが、アップル社による常設小委員会での説明によれば、「長年に渡って、この法定税率よりもかなり低い税率の適用をアイルランド政府から認められてきた。ここ10年間は、2%あるいはそれ以下という特別な法人税率がアイルランド子会社に適用されてきた。」とのこと。(Memo2013, P.20)
  • 上記の通り、米国外IPの経済的所有権を有し、かつ、米国外の商流に必ず入ることになるASIに対する2009年~11年の法人税率は1%を下回っており、2011年には0.05%であった。Memo2013は「これらの数値は、アップル社にとって、アイルランドは実質的にタックスヘイブンとして機能していたことを示す。」と指摘する。(P.21)

■③アイルランドにおけるtax residencyの不在

Apple Operations International(AOI)

  • AOIはアップルのほとんどの海外子会社の親会社であり、海外各社からの配当を受け取る。会社としての物的所在はなく、従業員もこれまでの30年間で一度も存在しなかった。

  • アップル社による常設小委員会での説明によれば、「2009年から12年にかけてAOIは海外子会社から299億米ドル(約3.3兆円)以上の配当を受け取った。AOIの税引後利益はグループ全体の利益の約3割を占める一方で、2009年~11年にかけてどこの国においても法人税を支払っていなかったことを明かした。」とのこと。(Memo2013, P.22-23)
  • AOIはアイルランドアメリカでのみ活動しているので、どちらかの国の内国法人になるはずだが、アップルは両国のtax residencyの定義の違いを利用して、どちらの国でも税務申告を行っていない。AOIは1980年にアイルランドで設立されたものの、アイルランドはtax residencyを管理支配基準で判断するため、アイルランドに従業員がいないAOIはアイルランド法人税法上の内国法人とはならない。一方で、アメリカは法人の設立地でtax residencyを判定するため、AOIはアメリカ内国法人にもならない。

Apple Sales International(ASI)

  • AOIの孫会社に相当するASIも、AOI同様、1980年にアイルランドに設立されており、同じくどこの国においてもtax residencyがないとしている。長らく従業員がいなかったが、2012年のグループ内の組織再編によってApple Operations Europe(AOE)から250人が転籍している。取締役会はすべてアメリカで開催されており、従業員の転籍にもかかわらず、管理支配はアイルランド外であるとして、アイルランドではtax residencyはない(アメリカでもない)という立場を取り続けている。
  • アイルランドではtax residencyはないとの立場をとるが、ASIはアイルランドにおける活動についての法人税の申告をアイルランドで行っている。ただ、その納税額は所得に対してはあまりに低く、ASIはきちんと全所得を申告しているのか、あるいは、アイルランドアイルランド消費者に対する売上についての所得のみを申告しているのではないか、と指摘されている。(Memo2013、P.25)

■④Check-the-boxを利用したUS合算課税(Subpart F)の回避

  • アメリカのCheck-the-boxによって、米国税務上の取り扱いとして、lower-tier CFC(米国居住者株主の被支配外国法人、Controlled Foreign Corporation)をupper-tier CFCと一体化することができる。この場合、この範囲内(上図の黒点線の枠内の子会社間)及びAOIとの間でのグループ内取引は米国税務上、無視される。

  • つまり、米国税務当局はAOIしか見ないことになる。AOIとその傘下の子会社が一体であれば、AOIは外部生産委託先から製品を購入して、直接消費者に販売していることになる。このような「能動的な事業所得active business income」はSubpart F(アメリカのタックスヘイブン対策税制)の適用から除外される。

  • 同じく、Check-the-boxを利用することで、通常は直ちにSubpart Fの対象となる配当等の受動所得についても、AOIとその傘下子会社が一体扱いされることによって、「実質的に消滅する」(Memo2013、P.36)。AOIは上記の通り、「2009年から12年にかけてAOIは海外子会社から299億米ドル(約3.3兆円)以上の配当を受け取っ」ているが、これらの海外子会社からの配当支払い及びAOIでの配当所得は米国税務上は無視されることになる。

 

長くなったが、最後に1点だけ付け加える。上記の通り、アップル社は1980年にこれらのアイルランド子会社を設立している。アップルは当時、1976年に設立され、1977年に法人化、1980年に株式公開をしたばかりの会社である。もちろん、「マイクロコンピュータ市場におけるApple製品のシェアは1978年には10パーセントだったが、1980年には27パーセントとなり、タンディとコモドールを上回って業界トップに躍り出た」という成功を収めてはいた(Wikipedia)。しかし、このような、まだまだ本業のビジネスが始まったばかりの会社がアイルランドに複数の子会社を設立し、直ちにコストシェアリング契約を締結するところに、「回避できる可能性のある租税は回避するのが当然」という強い姿勢を感じざるを得ない。これは果たしてアップル社だけの特異な姿勢なのか、それとも(米系)多国籍企業全般に共通する姿勢なのか。今回の文献、動画に触れるだけでは判断はつかないが、今の国際課税を巡る世界での動きを見ていると、やはり後者としか思えない。