移転価格税制の実務研究ノート

移転価格税制の勉強の過程。実務のヒントを探しています。

移転価格税制と仕事と私――どこへ向かうのか?(2)

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前回の記事の続き。

tpatsumoritaira.hatenablog.com

 

■将来の法人課税のもう一つのあり方 

前回の記事の論考①*1には、今後の法人課税のあり方として、仕向地主義課税とは別の方法も提示されている。このブログでも過去に言及したことのある「定式配賦」(フォーミュラ方式)である。以下は論考①の「Ⅲ. 定式配賦(Formula Apportionment, FA)」及び「定式配賦」を若干変形したような「Residual Profit Allocation」についての、本論考の要約メモである。

■Ⅲ. 定式配賦(Formula Apportionment, FA)

  • 法人税の向かう別の方向性としてFAがある。現行の税制では各国で生じた利潤はその国の税率で課税されるが、FAでは、企業グループの全所得を合算して、定式により各社に課税ベースを割り振る。割り振る際には、典型的には、資本、労働、売上の三つの分割要素を用いる。
  • FAのメリットとしては、移転価格操作などによる国際的な租税回避が防止できること、当局・企業側の管理コストが低下すること、一方でデメリットとしては定式を利用した操作が行われる余地があること、実務的・政治的な難しさ、がある。

■Ⅳ.Residual Profit Allocationとは何か

  • RPAでは、利潤全体が通常利潤routine profitsと、残余利潤residual profitsに分けられ、routine profitsは、発生費用への一定率のマークアップとして定められて立地国で課税、routine profits以外のresidual profitsに対しては定式配賦が適用される。一種の妥協案。

 

前回記事冒頭で、現在の自分自身の仕事の中心である移転価格税制というものがなくなることへの不安(?)に触れたが、前回記事で見ていた国際課税の今後の方向性としての「仕向地主義課税」、あるいは上記で取り上げた「定式配賦」(RPAも)のいずれにしても、移転価格の操作は全く意味を持たなくなるものであり、その意味で、どちらに向かうにしても、移転価格の操作を防止する目的で制定されている現行の移転価格税制はその存在意義の大きな部分を失うと理解した。

 

■個人的な感想 

個人的な感想を言うと、論考①②*2ともに、仕向地主義課税を将来の国際課税の有力な方向性として提示しているが、前回数値例で見たように、仕向地主義課税は仕向地=消費国に税収が偏ることから、各国が合意するハードルはかなり高いように思った。それよりも、配賦基準(分割要素)を巡る争いはあれども、定式配賦の方が、生産地国、消費国双方に所得が配分されることになり、現行の「基本的には生産活動を行う場所に着目」*3する法人税からの「より穏便な移行」となることから、合意の余地はまだあるように感じた。

需要がなければそもそも価値は生まれないのだから、需要地=消費地が重要であることはもちろん事実ではあるが、一方で、需要は喚起されなければそもそも存在しないという側面もある。たまたまいま読んでいる日本版『WIRED』の元編集長、若林恵さんの「さよなら未来」(岩波書店)の中に、編集者が「未知だったマーケット」を立ち上げることについての以下のような文章がある。

…未知の読者群っていうのは、未知なものなので数値としては出てきてないものなんです。数年前に『もし高校野球の女子マネージャーがドラッカーの『マネジメント』を読んだら』(岩崎夏海ダイヤモンド社)って本がヒットしましたけど、本が出る前に、あらかじめ「野球部の女子マネージャーがドラッカーを解説してくれたらいいなあ」と思ってる読者がいたわけじゃないですよね。むしろ、この本が出たときに初めて『お、これこそおれが読みたかったものだ』と意識するわけです。(P.473-4)

同じような例で、よく引き合いに出されるが、正確な引用ができないものとして、アップルのiPhoneもある。iPhoneが世に問われるまで、誰もiPhone(のようなもの)が欲しいとは思っていなかった、でも一度触れたら多くの人々がその虜になった…。

繰り返しだが、消費地が重要なのはその通りで、人口が多い、その人口の可処分所得が多い、という消費地はどんな企業にとっても魅力的ではあるけれども(その意味で、LSAの議論におけるマーケットプレミアム的なものはあるのかもしれない)、それを活かせるかどうかは結局のところ、供給側である企業の「企画」の魅力とその実現性にかかっているのであって、需要と供給は相互作用であると言える。

であれば、法人課税も、現在のような源泉地課税(生産側に着目)、今回取り上げた二つの論考が将来的な姿として予想する仕向地課税(消費側に着目)のような片一方のみに課税権を与える方法ではなく、需要側・供給側の双方に税収を配分する定式配賦という方法の方が納得性は高いように思った。

まだ仕向地主義課税を十分に理解できていないだけのような気もするが、現時点ではここまでとしたい。

最後に「さよなら未来」から再度引用。

じゃあ未来なるものをもう少し原理的なところから考えてみようということになると、それはどうしたって現在を考えることになるし、それがどうやってかたちづくられたのかを考えようとするとどうしたって過去と向き合うことになる。『WIRED』という、いかにも「未来志向」に見えるメディアのなかでやっていたことは、実際はそういうことだった。(「S君のことー謝辞」)

 

 

*1:鈴木将覚先生の「法人税はどこへ向かうのか?」( 証券税制研究会編「企業課税をめぐる最近の展開」日本証券経済研究所、2020年、第7章(pp.173-206))

*2:南繁樹先生の「国際課税の潮流ー『東インド会社』、『文明の衝突』、『アフターコロナ』」(『租税研究』2021年2月号、pp149-188)

*3:金子宏監修「現代租税法講座 第4巻 国際課税」日本評論社、2017年所収、増井良啓「第1章 国際課税の制度設計」P.20