移転価格税制の実務研究ノート

移転価格税制の勉強の過程。実務のヒントを探しています。

利益分割法(の難しさ)にまつわるエトセトラ

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今回は大沢拓・牛島慶太・平野潤一・梶巻重幸・坂本安孝編著「移転価格ローカルファイル 作成実務と実践上の留意点」(清文社)を取り上げたい。

2017年6月に国税庁は「移転価格ガイドブック」を発表しており、その中で庁はローカルファイル(LF)の具体的なサンプルを2例提示している。この2例のいずれにもTNMMが適用されていることを受けて、本書では、庁サンプルでは採用されなかった移転価格分析手法である再販売価格基準法、寄与度利益分割法を適用した事例、また、海外製造子会社との間に商流がなく、日本親会社からの無形資産供与に伴うロイヤリティ取引しかない場合の適用事例を紹介している。類書ではこれらの移転価格分析手法の具体的な例は見たことがなく、非常に参考になる。

個人的にはこのうち、寄与度利益分割法を適用した事例に興味を抱いた。サンプルとして具体的に記述されているからこそ、よりリアルに、実務上、利益分割法を適用することの難しさを実感することができた。

 

■難しさ①:配分ファクター

  1. 自分の実務において、利益分割法が検討の俎上にあがることは今のところ、ほとんどない。俎上にのぼるとしても、国外関連者・日本親会社の双方に重要な無形資産がある場合に適用される残余利益分割法であり、本書で紹介されている寄与度利益分割法ではない。寄与度利益分割法は「国外関連者に重要な無形資産がないことが前提」(P.126)であり、比較対象取引を見出すことができない場合に、親会社と国外関連者の利益を合算し、「それぞれが、その利益に寄与したと認められる要因をもって合算営業利益を配分する方法」(同)である。
  2. 現時点において、この「合算営業利益を配分する」ために用いられる「利益に寄与したと認められる」ファクターをめぐっては、各国当局のコンセンサスはないと思われる。二国間のAPAで合意しているならばよいが、バイAPAなしで、会社自身の判断による配分ファクターの採用(利益分割法の適用)は、否認されるリスクを孕んでおり、会社側としては「恐くてできない」のが実情ではないか。
  3. 本書でも「例えば製造業の場合、製造原価や販管費を分割要因としますが、工場従事者の人件費などが要素として大きくなり、どうしても現地の国外関連者に利益がつきやすい」(P.126)と指摘されており、また、紹介されているサンプルでも、単純な製造機能のみを果たす国外関連者側に利益配分が寄っている。これは対国税を考えると、やや不安が残る結果である。

■難しさ②:比較対象取引が見出せないことの説明は可能か

  1. 比較対象取引が見い出せないと会社側で判断し、寄与度利益分割法を採用した場合において、調査の場面において、税務当局から「比較対象取引を見つけた」と言われたらどうなるのだろうか。
  2. TNMMの適用において、比較可能性はある程度の割り切りが入った上での判断がされていると思われ、100%の比較可能性がなくても比較対象取引が採用されるのが一般的と考えられる。となると、税務当局が主張する比較対象取引を否定するのは難しく、最も適切な算定方法として利益分割法を採用したこと自体が否認されてしまうのだろうか。

■難しさ③:価格調整金の使い勝手

  1. 日本親会社・国外関連者の利益を合算して、分割してみて初めて適正な利益がわかる、ということでは実務上、期中は何をターゲットに損益コントロールをしたらよいのだろうか。
  2. また、TNMMにおいては、独立企業間価格は一般的に四分位法等によるレンジで認められることが多いが、利益分割法においては合算利益を一定要素で分割した「点」(絶対額)で適正利益が決まる。「点」で決まるのであれば事後的な価格調整金なしでは到底利益コントロールはできない。
  3. しかし、現状では価格調整金の収受は各国で等しく認められているわけではないこと(新興国では難しいと聞く)、また、関税や輸入消費税との関係が税務当局・税関間で整理・調整されていないこと等から、実務上、価格調整金の使い勝手は非常に悪い。

■難しさ④:切り出し損益の作成

  1. 利益分割法の分割元となる合算営業利益は、対象となる国外関連者との取引にかかわる営業利益を算出した上で、当該国外関連者の営業利益と合算する。
  2. これは国外関連者が少なければ可能かもしれないが、国外関連者数が数十社、数百社となってきたら、こんなことは実務上、不可能ではないだろうか。日本親会社ー国外関連者という一対一の関係ですべての取引が成り立っていればまだいいが、実際のバリューチェーンは複数社にまたがり、かつ事業・商品によっても異なり、複雑な入り組み方をしている。
  3. 企業が内部的に作成している管理会計の数字を使えばいいのかもしれないが、管理会計の数字をもとに、税金計算をしていいのだろうか。管理会計はあくまでも、企業内部での業績管理のために、各社独自の思想に基づいて作成されるものであり、各社財務諸表との整合を説明せよと言われても、非常に難しい。それぞれ一方にしか反映していない数値もある。
  4. 実務面からは、切り出し損益や取引単位という発想、それぞれごとに適切な分割ファクターを使用すべきという考え方をやめ、グループ内全社の合算利益を一定の分割ファクターで単純に配賦する(フォーミュラリ方式)しかない、と考える。

■「一体として事業を行」わない多国籍企業などあるのだろうか?

  1. 国税庁「移転価格税制の適用に当たっての参考事例集」【事例7】(寄与度利益分割法を用いる場合)の≪前提条件2≫の≪解説≫(P.42)には、寄与度利益分割法について、以下のような説明がある。
    3 法人と国外関連者に機能が分散され、これらの者が共助的に一体として事業を行っているような高度に統合されたグローバルトレーディング等の取引形態については、国外関連取引の当事者のいずれか一方を検証対象とする算定方法を適用することができない場合が多いため、一般的には、取引全体からの利益を各拠点の寄与度に応じて配分する寄与度利益分割法と同等の方法の適用が適切である。
    以前の記事で以下のようなことを書いた。
    得意先要求を直接受けた営業部門だけでなく、それを伝達された事業部門、開発部門、製造部門、物流部門、法務部門、経理部門等々、要求内容によって様々な部門が連携して得意先の要求に対応する。これらの社内部門や人の中に、得意先の存在を身近に感じられず、「うるさいことを言うなあ」と思い、真摯に対応できない人が社内にいれば、たちまち、得意先への「返し」は遅く、かつ不十分なものになるだろう。得意先要求の内容にもよるが、組織が大きくなればなるほど、この部門間、社員間連携の難易度は上がってくるが、このチームプレーの巧拙、この連携の一体性の強弱こそが「顧客満足の本質」、つまり組織としての競争力の本質と理解した。
    要は「グローバルトレーディング」でなくても、多国籍企業グループであればどこでも、グループ会社が「共助的に一体として事業を行って」おり、「統合」されているのではないか。その「統合」性こそが、多国籍企業の本質ではないのだろうか。法人は別ではあっても、有機的に一体として事業を行うために多国籍企業化したのではないだろうか。だとしたら、本来的にはどの国外関連者間取引においても、寄与度利益分割法(ないし、フォーミュラリ方式)を適用すべきなのではないだろうか。