移転価格税制の実務研究ノート

移転価格税制の勉強の過程。実務のヒントを探しています。

取引単位のもやもや

役務提供取引ロイヤリティ取引を考える上で、実務上悩ましい問題の一つが、「役務提供取引、ロイヤリティ取引は棚卸取引と一体化できるのか?」という問題である。この点について、考えてみたい。

 

■事案例及び論点

事案例として使用するのは、国税庁が提供している移転価格ガイドブック〜自発的な税務コンプライアンスの維持・向上に向けて〜|国税庁の中の「Ⅲ 同時文書化対応ガイド ~ローカルファイルの作成サンプル~」の「サンプル1」である。(この「ローカルファイルの作成サンプル」は、日本のローカルファイルを作成する実務上、非常に重要な参考資料となる。)ここで想定されているのは、内国法人である「当社」と、A国に所在する100%子会社である「A社」との間の取引で、取引の概要、及び両社の機能の概要は以下の取引図で示されている。A社の製造販売機能は当社と比較して単純であると説明されている。(図は上記国税庁作成サンプルより。)

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また、当社ーA社間の各取引についての概要は以下のように説明されている。(同じく、国税庁作成サンプルより。)

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ここで考えたいのは、「取引ハ」(ロイヤリティ取引)や、「取引二」(役務提供取引)は、「取引ロ」(原材料取引)と一体化できるのかどうか、という点である。もっと直接的に言えば、「ハ」や「二」は取引として省略してもいいのか(「ロ」に含めていることとしてよいのか)、という問いである。

 

■原則的な考え方、及びロイヤリティ取引について

まず、租税特別措置法関係通達66の4(4)-1では、取引単位について、以下の通り定められている(下線筆者)。

 (取引単位)
66の4(4)-1 独立企業間価格の算定は、原則として、個別の取引ごとに行うのであるが、例えば、次に掲げる場合には、これらの取引を一の取引として独立企業間価格を算定することができる。…

(1) 国外関連取引について、同一の製品グループに属する取引、同一の事業セグメントに属する取引等を考慮して価格設定が行われており、独立企業間価格についてもこれらの単位で算定することが合理的であると認められる場合

(2) 国外関連取引について、生産用部品の販売取引と当該生産用部品に係る製造ノウハウの使用許諾取引等が一体として行われており、独立企業間価格についても一体として算定することが合理的であると認められる場合

つまり、原則は個別の取引ごとに独立企業間価格を算定する必要がある、ということである。(1)で述べられているのは、例えば、棚卸取引において、複数の製品の売買取引があったときに、それらの製品を一定の「かたまり」や「束」で見ることができる、ということと理解できるので、ここで検討している問題とは直接的に関係はない。一方で、(2)では、ロイヤリティ取引と棚卸取引の独立企業間価格を「一体として算定する」ことができる可能性について説明されている。

ここでよくわからないのは、独立企業間価格を「一体として算定する」ことと、個々の取引を立てるかどうかとの違いである。例えば、「取引ハ」(ロイヤリティ取引)は個別の取引として行わなくても、「取引ロ」(原材料取引)と一体で独立企業間価格を算定し、全体として独立企業間原則に則っていればよいのか。

 

■役務提供取引について

次に、「取引二」、「当社」から「A社」への役務提供取引である。

この「Ⅲ 同時文書化対応ガイド ~ローカルファイルの作成サンプル~」の「サンプル1」として提示されているローカルファイルでは、「A社との各国外関連取引がそれぞれ密接に関係していることを考慮し、個別の検証は行わず、全ての取引を一体として検証を行っています」(P.86)、「金型、機械設備及び原材料の輸出取引、無形資産を使用させる取引、役務提供取引の各国外関連取引は、A社の製品Xの製造販売事業に当たり一体として行われていますので、独立企業間価格についても、一の取引として算定することが合理的であると判断しました。」(P.93)と記載されている。そして、「A社の製造販売取引に係る損益」(P.93)全体を検証対象損益としたTNMMで独立企業間価格を算定している(つまり、取引イ~二の個別検証は行っていない)。

ここでは、上記のロイヤリティ取引のみならず、役務提供取引についても、独立企業間価格を「一の取引として算定することが合理的」とされている。やはり、ここでもわからないのは、「取引二」(役務提供取引)をそもそも行う必要があるのか、という点である。端的に言ってしまえば、A社損益が独立企業間レンジに入っていさえすれば、「取引二」は不要なのか。

事務運営要領3-9には、以下の記述もある。(下線筆者。)

(役務提供)
3-9 役務提供について調査を行う場合には、次の点に留意する。

(1) 役務提供を行う際に無形資産を使用しているにもかかわらず、当該役務提供の対価の額に無形資産の使用に係る部分が含まれていない場合があること。

(注) 無形資産が役務提供を行う際に使用されているかどうかについて調査を行う場合には、役務の提供と無形資産の使用は概念的には別のものであることに留意し、役務の提供者が当該役務提供時にどのような無形資産を用いているか、当該役務提供が役務の提供を受ける法人の活動、機能等にどのような影響を与えているか等について検討を行う。

(2) 役務提供が有形資産又は無形資産の譲渡等に併せて行われており、当該役務提供に係る対価の額がこれらの資産の譲渡等の価格に含まれている場合があること。

 

■仮の結論

「取引ハ」や「取引二」は取引として省略してもいいのか(「ロ」に含めていることとしてよいのか)、という最初の問いについては、今のところ、以下のように考えている。

  1. ロイヤリティ取引や、役務提供取引について、独立企業間価格の算定、つまり独立企業間原則に従っているかどうかの「検証」は、棚卸取引と一体として行うことができる。(「移転価格ガイドブック」の「Ⅱ 移転価格税制の適用におけるポイント ~移転価格税制の実務において検討等を行う項目~」の「4 取引単位に関する検討」(P.49)には「移転価格調査及び事前確認審査においては、複数の国外関連取引の価格設定が一体で行われているか、複数の国外関連取引が密接不可分であるか、という論点について、契約書、経営管理資料、顧客との価格交渉資料などを確認しながら、取引単位の合理性を検討していくこととなります。」と説明されている。)
  2. しかし、日本においては、移転価格税制を考える上で、措置法66条の4第3項(国外関連者寄附金の損金不算入)との関係を考慮する必要がある。そして、その適用順序は、「条文上、国外関連取引についてまず寄附金課税の適用の有無を検討し、その適用が認められない場合に初めて移転価格税制の適用の有無を検討するものと理論的に整理できます」(藤枝純・角田信広著「移転価格税制の実務詳解(第2版)」中央経済社、P.236-237)と指摘されている。「まず寄附金課税の適用の有無」が検討されることを考えると、「取引ハ」や「取引二」を省略することはできないように思われる。
  3. 上記「サンプル1」でも、「検証」は一体で行いながらも、棚卸取引である「取引ロ」とは別に、「取引ハ」や「取引二」を行っていることは行っており、決して取引自体を省略することまではしていない。つまりロイヤリティ取引や、役務提供取引の個別取引は、きちんとそれぞれで行っておく必要がある。

上記2.については、前の記事でも引用した、「別冊 移転価格税制の適用に当たっての参考事例集」【事例28】(国外関連者に対する寄附金)の解説でも、やはり、検討の順序は①国外関連者寄附金、②移転価格税制、ということのように読める。(「『金銭その他の資産又は経済的な利益の贈与又は無償の供与』に該当する事実が認められない場合に」、はじめて、移転価格税制の検討が行われる。)

すなわち、法人が国外関連者との取引に係る収益を計上していない場合において、当該取引につき「金銭その他の資産又は経済的な利益の贈与又は無償の供与」に該当する事実が認められるときには、当該法人が収益として計上すべき金額は国外関連者に対する寄附金となり、措置法第66 条の 4 第 3 項(国外関連者に対する寄附金の損金不算入)の規定の適用を受けることとなる(事務運営指針 3‐20 イ)。

一方、こうした検討により、当該取引につき「金銭その他の資産又は経済的な利益の贈与又は無償の供与」に該当する事実が認められない場合には、当該取引は移転価格税制に基づく課税の対象として取り扱うこととなる。

 なお、上記解説で参照されている事務運営指針3-20イは、以下の通りである。

(国外関連者に対する寄附金)
3-20 調査において、次に掲げるような事実が認められた場合には、措置法第66条の4第3項の規定の適用があることに留意する。

イ 法人が国外関連者に対して資産の販売、金銭の貸付け、役務の提供その他の取引(以下「資産の販売等」という。)を行い、かつ、当該資産の販売等に係る収益の計上を行っていない場合において、当該資産の販売等が金銭その他の資産又は経済的な利益の贈与又は無償の供与に該当するとき

 

これが、先の問いに対する現時点での「仮の結論」であるが、実務上、気になるのは、相手国の観点である。「役務提供が国外関連者にとって経済的又は商業的価値を有するものかどうかを検証する便益テストを厳しく執行している中国やインド」(藤枝・角田、P.310)に対しては、個々のロイヤリティ取引や役務提供取引を厳密に行うよりも、棚卸取引に含めてしまう(国外関連者の利益率は当然レンジ内にコントロールする)方が、現地での否認リスク、対外送金事情、関税評価額をめぐる議論等を考えると、実務ははるかにスムーズのようにまわるように思う。また、TNMMに基づく利益率管理がきちんとできている限りにおいては、日本・相手国間の所得配分にも大きな影響はないはず、とも思うが、どうなのだろうか。