移転価格税制の実務研究ノート

移転価格税制の勉強の過程。実務のヒントを探しています。

「創って、作って、売る」のどこに課税すべきか

 

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■ 「創って、作って、売る」と「創る」偏重

三枝匡著「V字回復の経営」(日経ビジネス人文庫)には事業の原点として「商売の基本サイクル」という概念が登場する(P.136~138)。事業の原点は「商品やサービスを顧客に買っていただくこと」であり、会社は「創って、作って、売る」、つまり、開発→生産→販売のサイクルを回す。

…顧客は「値段を下げろ」「サービスを上げろ」「品質がおかしい」などと多くの要求を営業マンに突きつけてくる。

企業競争のカギは、そうした顧客の様々な要求に、組織としてどう迅速に応えるかだ。

…顧客の要求を、社内のしかるべき部署にいかに迅速に戻し、その部署の中でいかに迅速に処理するか。…

「この回し(サイクル)を、社内が緊密に連携し、競合企業に打ち勝つスピードで行うことができれば、その企業は次第に競争相手を凌駕していく…。」

「創って、作って、売る」…をスピードよく回すことが顧客満足の本質である…。

 得意先要求を直接受けた営業部門だけでなく、それを伝達された事業部門、開発部門、製造部門、物流部門、法務部門、経理部門等々、要求内容によって様々な部門が連携して得意先の要求に対応する。これらの社内部門や人の中に、得意先の存在を身近に感じられず、「うるさいことを言うなあ」と思い、真摯に対応できない人が社内にいれば、たちまち、得意先への「返し」は遅く、かつ不十分なものになるだろう。得意先要求の内容にもよるが、組織が大きくなればなるほど、この部門間、社員間連携の難易度は上がってくるが、このチームプレーの巧拙、この連携の一体性の強弱こそが「顧客満足の本質」、つまり組織としての競争力の本質と理解した。

 

翻って、移転価格税制の世界においては、一般的に、無形資産の存在は研究開発(創る)機能にはほぼ無条件に認められやすい一方で、「作る(製造)」、「売る(販売)」には認められにくい。実際には認められるのかもしれないが、いかに自社の製造、販売機能が他社を凌駕する活動を行っているのかを説明する必要があり、それは一般的にはかなり難しいと感じている。

しかし、上記の三枝さんの理論に照らせば、これは偏った執行なのではないだろうか、という思いを抱く。得意先からの要求に応える側の会社にとって、はたまた要求している得意先にとって、何が商品やサービスを売る/買うポイントになっているかは、実際のところ、様々なのではないだろうか。ある得意先にとっては仕入先A社のとある商品のスペックは他の仕入先よりも若干劣るが、納期の早さ・融通が利くところがA社から購入をするポイントになっているかもしれない。別の得意先にとっては同じA社のコストダウンに裏打ちされた価格に魅かれているかもしれない。あるいは、A社のこの商品には不満があるが、A社の別の商品が優れており、一括購入できること(ラインナップの広さ)をメリットに感じる得意先もいるかもしれない。

要するに、競争力(無形資産と言い換えていいはず)は必ずしも研究開発機能(だけ)に所在しているとは言えないし、正確にはその企業のどの機能に所在しているかはよくわからない、あるいは「総合力」としか言えない面があるのではないだろうか。少なくとも、部外者である税務当局が判断できることではないはずであるし、その企業自身にとっても「本当のところ、なぜ得意先に買って頂けているのか」がわかっていない可能性すらある。それなのに「創って、作って、売る」のサイクルのうちの「創る(開発)」機能だけに無形資産(超過利益を配分する根拠)の所在を認め、TNMMであれば「作る(製造)」、「売る(販売)」機能は一方的にルーティン機能として一定の安定した利益を計上させるだけにとどめておくのは無理があるのではないだろうか。

 

■「売る」 に価値を認める?

昨今の移転価格税制では、これまでのこのような一方的な研究開発機能重視の姿勢とは別の流れが出てきているという。その一つが、2019年3月に米国歳入庁(IRS)が事前確認申請を行う納税者に送付したFunctional Cost Diagnostic Model(「FCDモデル」)である(山川博樹編著「電子経済課税と移転価格」(中央経済社)、P.298)。以下は同書からの引用。

FCDモデルはIRSが作成したExcelを利用したツールであり、まず取引に参加する関連者の機能ごと(例:販売、製造)のセグメントを活動ごと(例:マーケティング、卸売、設計、開発)のコストセンターまで細分化し、各コストセンターがルーティン活動に関するものか、ノンルーティン活動に関するものかを整理する。そしてルーティン活動には比較対象企業のベンチマーク結果で表される利益が与えられ、ノンルーティン活動に関するコストは一定のリードタイムと耐用年数により資本化され、それを分割キーとしてノンルーティン利益を分割する計算が定型化されたファイルとなっている。

 このようなモデルをIRSが打ち出してきた背景として、PwC税理士法人 TCDR Japanチーム「IRS/APMAによるFunctional Cost Diagnostic Model(FCD Model)の導入と日系企業案件への影響」(2019年12月)ではこれまでの米国の事前確認案件においては「CPM/TNMMによる片側検証での合意ケースが多く、また、その多くは米国関連者を検証対象とするものであり」、関連者双方が「ノンルーティンな付加価値を生み出すような貢献を行っていると考えられるケース」における利益配分が適正なのか、という「IRS側の問題認識があるものと推察され」るとする。さらに、より具体的には、山田晴美「米国当局が導入したFCDモデル TNMMからRPSMへ舵を切ったのか?」(「月刊国際税務」Vol.40 No.6)においては、その背景として「米国だけでなく、日本の子会社が所在する国は、従前から自国で行うマーケティング活動が評価されていないことに、かなり不満を持って」おり、「マーケティングにも価値を認めて、もっと自国に利益を落とすべきだと考えて」いることがあげられると指摘されている。

 

村田朋博著「電子部品 営業利益率20%のビジネスモデル」(日本経済新聞社)において、村田さんは「驚異の営業利益率50%」(P.224)企業であるキーエンスの強みについて、以下のように説明をされている。

それぞれの営業マンが、本当に、顧客の問題に「気づく」感性を持っているか。気づいたとして、それを開発に伝える仕組みがあるか。営業からあがってきた気づきから、開発者が新製品に結びつける気づきがあるか・・・・・おそらく、この一連の工程を組織として成立させていることが、キーエンスの最大の強みであろうと思われます。(P.231)

営業の…より重要な機能は、情報を得ること…なのです。

売上高は短期的な成果で、情報…は長期的な成果です。仮に、売上高があがらなくても、次の製品開発につながる情報を獲得できれば、また、今すぐは売上高をもらえなくとも、提案力や業界情報の提供などで顧客の信頼を勝ち取る…ことも重要な仕事です。(P.233)

すなわち、外に向かって開かれている営業機能こそが大事なのであり、「営業は企業の将来」(P.234)であり、また「すべて営業が強い企業が勝っている」(P.236-7、富士通 山本卓真氏の言葉の引用)のである。

このような営業機能の重要性から考えると、やはり、現状の移転価格税制における単純で一方的な研究開発機能の重視には疑問を感じるし、(自国への所得配分を増やしたいという思惑絡みではあると思うが)昨今の移転価格税制における販売機能の評価の流れも理解できる。

 

■「人間の頭脳」への課税 

以下は、自分を含め、実際に、いま、企業内において、日々起きている様々な移転価格の問題に直面し、頭を悩ませている人にとっては、何の役にも立たない「妄想」である。

 

OECDが2015年に公表した「BEPS行動8-10最終レポート」が"Aligning Transfer Pricing Outcomes with Value Creation"と銘打たれているように、実質的な価値創造が行われているところで課税する、というのが国際課税ルールの改革の方向性である。また、「租税研究」2019年11月号(pp.141-166)の『移転価格税制―無形資産に関する最新事情:DCF法、所得相応性基準、最新判例、海外での進展』において、南繁樹弁護士は「無形資産というのは課税要件・課税根拠」と指摘している。

そして、諸富徹著「資本主義の新しい形」(岩波書店)では「人間の頭脳のみが無形資産を生み出せる」(P.iX)と指摘されている。

これを受けて、結局、「人間の頭脳」が存在するところに課税をすればいいのでは、と考えてみた。開発、製造、販売、あるいはこれらを支える間接部門等、その企業グループにおいて、どの機能が重要なのかを決めることは難しい、あるいはその一体性、連携にこそ意味があるのだとすれば、どの機能に従事している人か、には関係なく、単純に、各国・各社単位の総人件費の割合をもとに、グループ連結利益をグループ各社に定式配賦してしまえばいいのではないだろうか(ただし、これは議論の分かれるところであるが、製造の直接人員は除く等の調整は必要になる可能性は高い)。あるグループ会社に人がたくさんいるから、総人件費が高いから、そのグループ会社で競争上重要な意味を持つ無形資産が生まれているとは限らない(少人数のグループ会社の、ある一人の優秀な社員が競争力の源泉を生み出している可能性もあるだろう)が、割り切ってしまえば、一般的な傾向としては、「人がいるところ」で価値が生み出されていると言え、「人」に課税をすればいいのではないだろうか。