移転価格税制の実務研究ノート

移転価格税制の勉強の過程。実務のヒントを探しています。

歴史は繰り返す、か?

以下の日系企業に対する移転価格税制についてのアンケート調査結果の上位回答は、どこの国を念頭に置いた回答だと思われるだろうか。

  • 明確な基準がないままに税務当局の判断により所得の増額更正が行われるおそれがある
  • 商品の利益率が低い場合や欠損会社の場合に問題となる恐れがある
  • 税務当局の担当調査官の事業活動に対する認識が浅く認識の相違によるトラブルが懸念される

 中国、インド等の新興国における移転価格税制の執行についての懸念の表明と思われただろうか。実はこれは在米日系企業に対する1990年代の移転価格税制についての懸念事項を尋ねたアンケートの調査結果である。(古田秋太郎『企業グローバリゼーションと移転価格税制』(「中京経営研究」第9巻第1号 1999年9月)に引用されている『日外協マンスリー』No.14 1995年5月より。ただし、下線部は改変。当記事の以下の引用はいずれも本論文より。)つまり、当時アメリカに進出していた日系企業は、現在、中国等に進出している日系企業が抱いている移転価格税制についての懸念を、アメリカのIRS(内国歳入庁)に対して抱いていたようなのである。「IRSによる、曖昧な基準での強硬かつ恣意的な更正処分に対する懸念が表明されている」(P.86)のである。

 

当時の在米日系企業にとりわけ懸念されていたのが、現在移転価格算定方法として主流となっているTNMMのアメリカ版ともいえる(というより前身である)CPM法とのことである。

アメリカの狙いは明白である。最も短期間に最も少ない徴税コストで、事業規模の割に利益計上少なき外資系企業に対して、一網打尽的に追徴課税できる。アメリカへ進出したばかりの日本企業が、たとえ当初赤字であろうとも、いきなり類似業種のアメリカ企業と同等の利益計上が当然とされ、多額の追徴課税を言い渡され、場合によっては罰金まで取られる。日米相互協議で不合意の可能性も高く、企業にとり2重課税を受ける恐れもある。日本企業にとって、アメリカでの事業展開は、つねにIRSの追徴宣告の恐怖におびえなくてはならなくなったのである。(P.80)

この部分は「アメリカ」を「中国」に変えれば、正に現在のことを説明していると思えてしまう。1980年代のアメリカは、税収が不足しており、独自に編み出したCPM法で在米日系企業の移転価格課税を繰り返していたとのことである(代表例が1985年のトヨタ、日産に対するIRSによる9億ドルの移転価格課税)。国は税収が不足し、国家財政が厳しくなれば、新しいルールを導入してまで課税に走るのである。同じことが現在の中国で起きていると言えるのではないだろうか。自国の巨大市場、労働力に惹きつけられた外資系企業はそう簡単には中国から抜け出すことができない。経済成長が鈍化すれば、税収は不足し、そこでターゲットになるのは1980年代にアメリカに進出した日系企業と同じく、外資企業である。このような歴史の流れを踏まえると、今後の中国が移転価格税制において、独自のルールを作ってでも課税を強化するのは必然のように思われてくる。

 

もう一つ、示唆的な指摘がある。

アメリカでの厳しい移転価格税制執行を前にして、日本企業が2重課税や罰則を恐れまた訴訟に伴う時間・コストを免れるため、できるだけ移転価格問題が生じないようアメリカに多く利益計上し、更正処分回避を図るようになった…。(P.91)

中国で課税を受けた日系企業が、仮に相互協議で二重課税が解消されないことを経験したり、そのような話が広まれば、上記のようなことを自主防衛的にし始める可能性があるのではないだろうか。そして、これを変えられるのは、国際的なルール作りに中国を巻き込み、独自ルール・運用を牽制すること、そして、相互協議で合意を積み重ねていくことしかないのかもしれない。