移転価格税制の実務研究ノート

移転価格税制の勉強の過程。実務のヒントを探しています。

管理会計との悩ましい関係②

管理会計と移転価格の関係を考える2回目。以下の論文をもとに、少し考えてみた。

 

梅田浩二「移転価格税制が海外子会社の分権化に及ぼす影響」『原価計算研究』Vol.37 No.2、2013、P.170-181(以下「梅田2013」)

梅田浩二「日系多国籍企業の国際振替価格管理に関する実態調査」『日本管理会計学会誌』第20巻第2号、2012、P.63-77(以下「梅田2012」)

市場哲也「移転価格税制による多国籍企業の戦略的不確実性への影響ーTNMMと新興諸国での課税を中心にー」『産研論集』48号、2021、P.89-100(以下「市場2021」)

 

振替価格を設定する目的

「振替価格は分権化された組織間で取引される財貨に対し付与される内部市場価格であ」り、「その設定は各組織の利己的な利益追求行動がグループ全体利益の最大化を促す…(目標整合性)」ため、及び「各組織の業績を客観的かつ合理的に測定」するために行われる。(引用は「梅田2013」P.173より。)

しかし、国際振替価格の設定においては、ここに、「移転価格税制への対応」という別の要素が入り込んでくる。梅田2012 P.64では以下の通り説明されているが、国際振替価格設定の実務上の難しさは、まさにここで説明されている通り、これが「税務か、管理会計か」という二者択一ではないところ、この二つを両立させなければならないところにある。

多国籍企業にとって、国際振替価格管理は重要な経営課題の一つである。企業グループ内の国際振替価格管理は、移転価格税制への対応と海外子会社の利益管理への影響を意識して行われる。税制対応のみを重視した振替価格政策は、海外子会社の業績評価や事業戦略の遂行とコンフリクトを起こす可能性がある。逆に、経営管理のみを重視した振替価格政策は、事後的な税金コストを発生させる可能性がある。すなわち、グローバルに事業展開する多国籍企業はグループ利益を最大化させるため、この両面バランスを考慮した国際振替価格の管理システムを構築する必要がある。

 

税務対応の優先

そして、この点は日系多国籍企業を対象とした国際振替価格設定の実態調査において、日系企業はかつては「『海外子会社の業績評価』という項目を比較的重視していた」(梅田2012、P.66)ものの、「移転価格税制の執行強化」によって、「企業が『海外子会社の業績評価』よりも『各国税制の遵守』を重視する傾向にあること」が明らかになっているとのことである(同P.68)。つまり、多くの企業の実務上は、「税務」と「管理会計」の両立が課題となる国際振替価格の設定において、「管理会計」を一定「犠牲」にして、「税務」を優先させている、ということである。

この傾向はTNMMが独立企業間価格算定法として、ベストメソッド下で圧倒的に使用される状態になったことによって、加速しているように思われる。

CUPでは正しい価格、RPやCPでは正しい粗利に則した取引である限り、取引実施後の税務上の遡及修正は予定されていない。これと異なりTNMMでは、期間損益としての検証対象法人…の営業利益が移転価格上過少または過大とされれば、国外関連者間で利益(所得)金額を移動させることが求められる(以下、所得調整)。利益法に属するTPMは、この所得調整に固有の特徴を有する。(市場2021、P.90)

国際振替価格を、移転価格税制に則ったCUP法、あるいはグループ内から仕入れ、外部得意先に転売する海外販売子会社の仕入価格に適用するRP法、または、グループ内向けの製品を生産する海外製造子会社の製品売上価格に適用するCP法で設定することが仮に可能であり、かつ、それが認められるならば、業績評価/管理会計のための振替価格設定と、移転価格税制対応としての振替価格設定とは、ある程度、両立させることは可能かもしれない。

しかし、TNMMは検証対象法人の営業利益率で独立企業間価格の検証を行う。要は基本三法が「価格設定のプロセス」を問うのだとしたら、TNMMは「最終結果」だけを問う、とでも言えばいいのだろうか。「…TNMMは振替価格以外の要因を内在したまま所得移転の額を測定してしまう傾向がある。よって、基本三法と比べ海外所得移転の額が大きくなりやすく、海外子会社の営業利益を大幅に調整しなくてはならないケースも多々ある…」(梅田2013、P.178)。そして「最終結果」だけを問う税制に対応しようとして振替価格を調整していては、その振替価格は管理会計/業績評価では使い物にならない。

そして、このように国際振替価格を調整することは「海外子会社の競争力に直接影響する」(市場2021、P.95)。「…移転価格税制の遵守意識の副作用として、高利益体質の海外子会社に対して本社に有利な取引条件が、反対に低利益・損失体質の海外子会社には、利益の下支えを指向する取引条件が提供される傾向を生じ、海外事業の公正な業績評価に、潜在的な問題をもたらして」(同P.95)いるのだとしたら、企業にとって本来的に重要な競争力を蝕んでいると言え、このような副作用は、将来的な課税リスク以上に、恐いものと言える。

管理会計/業績評価とは別の観点になるが、国際振替価格においては、ここにさらに、実務上の悩ましい問題として、関税評価の要素と、「棚卸資産の年間取引総額に比して要調整所得の絶対額が過大である場合、棚卸資産価格を通じた調整が実質的に不可能になる」(同P.95、注27)という問題が入り込んでくる。

 

ではどうすれば…

ここまで考えると、移転価格税制(というよりもTNMM)と、管理会計/業績評価、さらには関税までを満足させる国際振替価格の設定など、到底不可能なように思えてくる。だからこそ、日系企業の多くはTNMMの隆盛に対処するために、国際振替価格設定においては、管理会計/業績評価よりも移転価格税制の遵守を優先する方向に舵を切ったのであろう。

ただ、ではこれらの日系企業において、海外子会社の管理会計/業績評価はどうなったのだろうか。そこは各社の「工夫のしどころ」だと思うし、一律の解などないと思うが、「海外子会社のプロフィット・センター意識の希薄化を誘発している可能性も否定できない」(梅田2012、P.75)。

まだ中途半端な状態であるが、一旦ここまで。