移転価格税制の実務研究ノート

移転価格税制の勉強の過程。実務のヒントを探しています。

管理会計との悩ましい関係④(二つの取引価格)

国税庁は、2012年4 月からの「税務に関するコーポレートガバナンスの充実に向けた取組」の一環として行ってきた「移転価格上の税務コンプライアンスの維持・向上に向けた取組」のなかで、移転価格上の問題の発生を防止する上で有益と考える7項目を整理した「移転価格に関する取組状況確認のためのチェックシート」を公表している。

この「チェックシート」に記載された7項目の一つに、「5 移転価格算定手法を念頭に置いた取引価格設定」がある。記載要領にはこの部分について、以下の通り解説されている。(下線は当記事筆者。)

(1)社内の組織体制として、税務担当部署主導で、取引価格の設定に移転価格算定手法を用いることとしているか又は取引価格が独立企業間価格となっているかについて事業部と検討を行う体制になっていますか。

 

この解説は移転価格の「チェックシート」の中に出てくるものであることから「取引価格の設定」とは「国外関連者との取引価格の設定」と読むべきであろう。つまり、国税庁はここで「国外関連者との取引価格の設定」には、「移転価格算定手法を用いる」必要があると言っている。それは具体的に言えば、日本の移転価格税制で定められた移転価格算定手法であるCUP法、RP法、CP法、TNMM(以下略)を用いるべきであるということであり、当然であるとも言える。

そして、日本の製造業における多国籍企業グループの多くが、日本の親会社に経営上の主体的な機能を配する一方で、海外の製造子会社、販売子会社を機能・リスク限定的な位置付けにしていると思われることから、移転価格算定手法としてTNMMが最適となるケースが大勢を占めるとするならば、「国外関連者との取引価格の設定には、TNMMを用いること」と述べられていると考えても、かなりの部分、誤りではないであろう。

 

しかし、国外以外も含む、つまり国内を含むグループ内の「関連者との取引価格」は、グループ各社の管理会計や業績評価のためにも用いられる。管理会計上のグループ内取引価格の算定方法には市価法、再販売価格法、原価法があり、それぞれ移転価格算定手法におけるCUP法、RP法、CP法に対応しているものの、「TNMMに結びつく管理会計上の振替価格概念が存在しない」。(市場哲也「取引単位営業利益法の影響を受ける業績評価の適正化への示唆:管理会計の観点からの移転価格課税理論の分析」(『産研論集』49号、2022年3月20日、P75-87)のP77 図表4、及びP78。)

そのため、各社の税務部門は、税務目的からは「海外子会社の毎決算期の営業利益を、TNMMのベンチマークのもとで管理せねばならなくなっている」(市場P.80)一方で、社内の経営者や経営管理部門からは「そのような価格設定では海外子会社の管理会計が成り立たない」という批判、抵抗を受けてしまうことになる。(上記で「国外関連者との取引価格の設定」には、「移転価格算定手法を用いる」必要があると国税庁が言っていることを「当然」と書いたが、本当に「当然」なのかはよくわからない。移転価格税制という文脈では「当然」であるが、果たして各グループ企業の経営管理管理の機微につながるグループ内取引価格の設定方法に、口を挟むのが「当然」なのだろうか。)

このような「関連者との取引価格」が持つ二つの目的ーー税務と経営管理ーーを両立させるために、「二つの取引価格」を用いる会社もあるようだ。海外の、主として管理会計分野における論文を読むと、目的によって価格を使い分ける会社が増えているとの指摘もある一方で、全体的には「一つの取引価格」で運用している会社が多いという印象がある。

例えば、Moritz Hiemann and Stefan Reichelstein ”The Dual Role of Transfer Prices in Multinational Firms: Divisional Performance Measurement and Tax Optimization”, October 2, 2012では、”In order to address both the managerial and the tax minimization objectives of transfer pricing, some MNC’s adopt a system of ‘two sets of books’.”と指摘した上で、以下の通り続ける。(当記事筆者の仮訳)

内部的な業績評価目的で使用されるグループ内取引価格は、税務申告目的の取引価格とは「分離される」。
現時点では多くの多国籍企業は、統合的な方法、すなわち一つの取引価格で運用をしているように見受けられる。一つの取引価格で運用することの利点は、(当記事筆者補足:二つの価格を)管理するコストを削減できることと、社内で使用する報告と税目的で使用する報告との間の一貫性が維持できることにある。取引価格を一つに維持することで税務当局との争いの可能性を避けることができる。特定の取引において内部評価用の数値と、税務における数値とが異なると、当局は内部の数値を調査に利用することができる。 

 

二つの取引価格を運用することの手間、煩わしさは容易に想像できるが、一方でここで指摘されている、税務当局が社内の管理会計の数値を都合よく利用することの可能性はよくわからない。そのようなことがあり得るような気もするし、「これは管理会計であり、内部管理目的の数値である。税務や財務会計とは関係ない。」と反論できるような気もする。ただし、当局側に「きっかけ」あるいは「手がかり」を提供していることまでは否定できない。

一方で「TNMMでは、税務上適正な営業利益水準を目指して取引条件が操作された管理会計帳簿の上で、低利益の海外事業の不採算性、高利益の海外事業の高採算性が適切に表示されなくなる、という構造的問題がある」(市場P.81)なかで、TNMMを遵守するグループ内取引価格を続けることが本質的にグループ全体の採算意識、特に製造業では工場におけるコストダウン・改善意識を損なっていないのか、仮に損なっているならば税務コンプライアンスは達成できたかもしれないが、企業としては事業を継続できなくなってしまい本末転倒である。税務に限らずコンプライアンスは企業が存続するための前提条件なので、これを遵守するなかで工夫を凝らして競争力が維持できる仕組みを作るしかないことは重々承知だが、悩ましい問題である・・・。