移転価格税制の実務研究ノート

移転価格税制の勉強の過程。実務のヒントを探しています。

管理会計との悩ましい関係③

管理会計と移転価格の関係を考える3回目。以下の論文をもとに考えてみた。

 

市場哲也「取引単位営業利益法の影響を受ける業績評価の適正化への示唆:管理会計の観点からの移転価格課税理論の分析」『産研論集』49号、2022年3月20日、P75-87

 

利益獲得の機会を地理的に特定し、適時に、適切な規模の投資を行うことは、多国籍企業の事業戦略の要諦であり、そのために適正な業績評価が担う役割は大きいといえる。(P.76)

取引法(当記事筆者注:CUP/RP/CP)…においては、移転価格税制の上で適正な取引条件(取引価格自体または粗利幅)として検証された営業取引が集積(プロセス)され、アウトプットとして適正な営業利益…が誘導的に導出される。これに対して…TNMM…においては、アウトプットである海外子会社の利益の高低に対して検証が行われ、これがTNMMレンジ内の適正な水準に帰着するよう、プロセスである期中取引の価格が修正される、という帰納的な構造にある。このことによりTNMMでは、税務上適正な営業利益水準を目指して取引条件が操作された管理会計帳簿の上で、低利益の海外事業の不採算性、高利益の海外事業の高採算性が適切に表示されなくなる、という構造的問題がある…。(P.81)

移転価格税制が取引法のみに基づいて適用されるのであれば、グループ内における振替価格のルールを、取引法のルールに準じたものとすることで管理会計の運用を行うことができる。ある意味、管理会計における振替価格は、一定のルールに基づいて設定され、それが予算と実績において、また、年度をまたがって、一貫性を持って設定されてさえいれば、それがどのようなルールであったとしても、実務上「使える」。だから、その振替価格のルールが移転価格税制(CUP/RP/CP)に基づくものであってもよい。

しかし、その価格が海外子会社の営業利益水準の年度見通しに応じて期中で修正されてしまうのであれば、その振替価格は管理会計には「使えない」。

 

…TNMMの影響を受けた海外子会社の利益水準に依拠した業績評価に代わって、「TNMMの取引単位を基準とする連結セグメント会計」が、一つの答えを提供することとなる。(P.85)

海外子会社の利益のみではなく、当該海外事業を支えた親会社の期間純損益を連結した、TNMMが機能する取引単位に則した連結セグメント会計上の財務数値が、移転価格税制の影響を受けながら、海外事業の業績評価をより適正なものに近づけると期待される。(P.85)

確かに連結ベースの事業別損益は、グループ内取引が相殺されているので移転価格税制の影響を受けず、業績評価に用いることができる。

ただ、実務観点で言えば、これはすでに事業会社各社は行っている。連結損益で事業を評価するニーズはもちろんあるし、そのために連結損益は作成しているが、その上でなお、「海外製造子会社単体の(移転価格税制に邪魔されない)損益」も見たいのである。なぜなら、連結ベースの事業の損益は事業の評価にはなるものの、販売機能や本社機能等、海外製造子会社自身の貢献以外の要素も入り込んでおり(かつ往々にしてそれらは配賦基準に大きく左右される)、工場単体での評価にはならないためである。工場そのものの予算と実績、あるいは過年度実績との比較を通じて、各種改善活動、コストダウン活動、納期対応、在庫管理等、工場機能の総合的な評価を示す工場単体損益が必要とされる。

ただ、グループ内の業績評価のニーズそのもの、つまりグループ内関係者の認識を変えてもらうことは可能かもしれない。工場損益管理の場面においても連結ベースの損益、つまり、売上高は工場の売上価格ではなくグループにとっての外部得意先向け売上価格ベースとなっており、かつ、販社・本社の費用も入ったベースの損益を使用してもらう。その方がグループ内の事業関係者たちの連結経営マインドを醸成する上で結果的にはよいのかもしれない。(なお、実際の事業は、単一の海外製造子会社と、単一の販売子会社、単一の本社部門から成り立っていないケースがほとんどで、「連結ベースの損益」と言っても、ある特定の海外製造子会社にとっては自らの責任範囲外の要素が多くなってしまうことへの工夫が要りそうである。)

 

連結損益の活用の他に、TNMMと管理会計の折り合いをつける方法として考えられるのは以下のような運用になるだろうか。

  • 上記「期中取引の価格」「修正」(P.81)影響を、調整対象となった海外製造子会社の管理会計損益上取り除く。
  • 実際の取引に使用される振替価格とは別に管理会計用の価格を用意しておき、工場での管理会計損益の売上高は、管理会計用価格に基づいて計算し、実際の振替価格ベースの売上高から置き換えて使用する。

すでに行っている連結ベースの事業別損益を除けば、いずれも面倒な方法である。しかし、移転価格税制の大勢がTNMMとなってしまった以上、管理会計は何とか折り合いをつけなければならない。「…法人税制、特に移転価格税制と管理会計の関係性の問題は、国内外で古くから盛んに取り組まれてきた研究課題」(P.76)とのことであり、勉強を続けたい。