移転価格税制の実務研究ノート

移転価格税制の勉強の過程。実務のヒントを探しています。

諸富徹著「グローバルタックス—―国境を超える課税権力」(岩波新書)

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二年ほど前(2019年1月19日)の朝日新聞天声人語は以下のような書き出しで始まっている。

「将軍たちは一つ前の戦争を戦う」という格言がある。指揮をとる者は、どうしても前回の戦争での経験をもとに戦略を立ててしまいがちだ。時代とともに技術や有効な戦い方などが変わっているのに、ついていけない。待っているのは敗北である。

ここで取り上げたい「一つ前の戦争」とは、現行の移転価格税制における大原則、移転価格税制の代名詞的なルールである「独立企業原則」である。

昨今のOECDにおける国際税務をめぐる議論の動向には今一つ疎く、各種セミナーを拝聴していてもよく理解ができなかった。また、このような国際的な議論は各国での具体的な法制化までの道のりは長く、自分の実務には関係ないこと、と切り捨てて考えてしまいがちだった。

しかし、本書を拝読して、議論に至る背景・経緯から、議論の中身に至るまでが大きな流れとして理解でき、一気に目を見開かされた思いである。また、これを理解しないことには自分自身が「一つ前の戦争」を戦っていることになってしまうと感じた。

 

一言で言えば、今の議論は「独立企業原則」あるいは移転価格税制そのものの「終わりの始まり」ではないか、と感じた。もちろん、移転価格税制そのものがなくなるわけではないが、今のような理論・理屈を背景に持つ税制としてではなく、ごく単純な、ある意味で「浅い」「機械的な作業」としての税制になってしまうのではないかと感じた。この分野を集中的に勉強してきた自分としては、「足元を崩されている」感もなきにしもあらず、である。ただ、これを悲観的に捉えているというわけではなく、むしろ「オラ、ワクワクすっぞ!」(@孫悟空)という気分である。本書を出発点に今後の動きを注視していきたいし、いつの間にか「一つ前の戦争」を戦っていることのないようにしたい。

 

もう一つ、本書で衝撃を受けたのは第3章「立ちはだかる多国籍企業の壁」の「6 租税回避を助け、国際協調を妨げる者」における指摘である。その「者」が誰を指しているのかはここでは触れないが、以下のような指摘のみ引用しておきたい(P.57‐58)。

もし…租税回避に向けた国際協調の枠組みが成立し、移転価格税制に代えて定式配分法…が採用されれば、租税回避の余地はなくなり、彼らのビジネス機会も消滅してしまう。…

究極のところ、もしすべての国が同一の税率、同一の課税ベースを採用してしまえば、企業は利益を高課税国から低課税国に移す動機を失うとともに、租税回避産業のビジネス機会も消失する。

これを読んで思ったのは、「彼ら」はなぜ「やりすぎる」のだろうか、という点である。本書で紹介されているような、グーグルに代表される巨大多国籍企業の租税回避はそのスキームの複雑さ・精緻さ、そして回避している税額ともに、どう考えても「やりすぎ」である。税制の不備や抜け穴、という「機会」があれば、そこに乗じるのは「当然」なのだろうか?でも、それは本業の理念に反することになるとは考えないのだろうか?税務に関わる者として考えないといけない問題だと感じた。