移転価格税制の実務研究ノート

移転価格税制の勉強の過程。実務のヒントを探しています。

TNMM=「構想と実行の分離」?

     f:id:atsumoritaira:20210130080135j:plain

今回も脱線します。

 

■「構想と実行の分離」

2020年1月のEテレの「100分de名著」は、カール・マルクス資本論』を取り上げていた。放送途中から斉藤幸平先生によるNHKテキストも買って、興味深くみていた。

 

放送とテキストの中で、特に興味を惹かれたのが、第3回で取り上げられた、アメリカのマルクス研究者ハリー・プレイヴァマンが唱えた「構想と実行の分離」という概念である。(以下ページ数はNHKテキストのページ数を示す。)

  • …資本主義のもとで生産力が高まると、その過程で構想と実行が…分断される…。「構想」は特定の資本家や、資本家に雇われた現場監督が独占し、労働者は「実行」のみを担うようになる…。(P.80)
  • 構想と実行が統一されていた労働として、イメージしやすいのは…職人仕事でしょう。職人は、長年の修練によって身につけた技術や知識、そこで培われた洞察力や判断力を総動員して、自分が作ろうと思った(=構想した)物を、自分の手で作り出す(=実行する)ことができます。(P.80)
  • 彼ら(筆者注:職人たち)は、自分たちの「構想」力と「実行」力を自主管理することで(筆者注:例えばギルドのような同職組合を作ることで)、無用な競争を防ぎ、自分たちの仕事と労働環境を守っていたのです。(P.81)
  • しかし、こうした状況が、資本家にとっては不利・不都合…。(P.81)
  • だから、資本主義はギルドを解体していくのですが、その際に、重要だったのが、労働者の「構想」と「実行」の分離なのです。(P.81)
  • では、どうやって「構想」と「実行」を分離するのでしょうか。一番簡単なのは、生産工程を細分化して、労働者たちに分業させるという方法でしょう。…職人が一人でやっている作業を単純作業へと分解していくのです。(P.82)

「分業」を推し進めていくと、その一部のみを担当する労働者にはやりがい、自律性、達成感、成長がなくなり、極めて弱い立場に貶められる。この構想と実行の分離を貫徹したのが、科学的管理法を提唱した「テイラー主義」とのことである。

「彼(筆者注:マルクス)が何より問題視していたのは、構想と実行が分離され、資本による支配のもとで人々の労働が無内容になっていくこと…。…マルクスが目指したのは、構想と実行の分離を乗り越えて、労働における自律性を取り戻すこと。過酷な労働から解放されるだけなく、やりがいのある、豊かで魅力的な労働を実現することです。」(P.95)

 

■移転価格税制における「構想と実行の分離」?

ここでふと思ったのは、「構想と実行の分離」は、移転価格税制におけるTNMM(取引単位営業利益法)が前提とする「機能・リスクが限定されている海外子会社(製造・販売機能のみを担当することが多い)」と、「複雑な機能・リスクを担い、重要な無形資産を保有している親会社」という形で、多国籍企業グループの構成会社を強制的に二分していくことに通じるところがあるのではないか、という点である。親会社が「構想だけ」を担い、海外子会社はそれを「忠実に実行すること」「だけ」を行う。そして、「構想」という仕事には価値があるが、「実行」という仕事にはそこまでの価値はないと見なしてしまい、だから「実行」しか担わない海外子会社には限定的なリターンを与えておけばよい、残余の利益は「構想」を担う親会社が総取りするべきである。アメリカのCPM(利益比準法)を源流とするTNMMには、実は抜きがたい「実行」への軽視があるのではないか。

 

このような「構想」と「実行」に役割を単純に二分化してしまう発想、そして「実行」の軽視は、子会社所在国への所得配分を減らすという意味で、TNMMは税を通じた世界の不平等の促進に少なからず寄与してしまっているのではないだろうか。少なくとも、全く無関係とはいえないのではないだろうか。やはり、別記事でも触れたフォーミュラ方式への切り替えが望ましいように感じた。

tpatsumoritaira.hatenablog.com

 

■余談:日経新聞の記事より

ここで、1月28日の日経新聞の「半導体微細化 TSMC独走」という記事に触れておきたい。世界一の微細化技術を持つとされる台湾積体電路製造(TSMC)の存在感が、世界的な半導体不足の状況下で増しており、その強みに迫るという趣旨の記事である。(以下の引用は当記事より。)

  • TSMCの創業は1987年。
  • 米国では投資マネーが主導する形で、半導体製造企業の効率化も進んだ。当時はまだ設計から製造までを全て一社が担う「垂直統合モデル」だったが、新たな経営モデルとなる「水平分業」を志向するよう促したのだ。水平分業で米企業は上流の設計開発に特化するようになった。投資が巨額になる割に、付加価値が少ない下流の生産部門は「アジア企業に」と考えた。

 これに対応して創業したのがTSMCである。米国半導体企業の生産を請け負い、順調に成長していく。

  • 下請け仕事の受託生産でためた巨額資金を一気に、製造技術の研究開発に投じた。これがさらなる受託生産の仕事が舞い込む好循環をつくり、存在感を高めた。
  • 気付けば世界で今、先端の半導体を生産できるのは、TSMC、韓国サムスン電子インテルの3社。
  • 米国は自ら描いた水平分業と「工場を持たない経営」でクアルコム、米エヌビディアなどの有力企業を生んだ。だが特許やデータなどの無形資産に傾斜し「生産はアジアに」と突き放した結果、分業が進みTSMCが予想以上の力を持ったことに焦りが募る。

 「『生産はアジアに』と突き放」す。生産=実行を下に見る発想はやはりTNMMの発想に近いものがあるように感じた。