移転価格税制の実務研究ノート

移転価格税制の勉強の過程。実務のヒントを探しています。

Courseraを受講する③(CSRと租税回避)

前々回前回と2回続けて、Courseraの Rethinking International Tax Lawという講義を受講したことについて書いた。今回はこの講義で、Tax planning & ethical dimensions(タックスプランニングと倫理的な側面)という6週目(最終週)のテーマの必読文献として最初に提示されている以下の論文(以下、「本論文」という)を簡単にまとめてみたい。(なお、本記事に限らずであるが、記述に誤りがある場合はすべて自分の理解不足によるものなので、本論文そのものにあたって頂きたい。今回に関しては英語文献を元にしており、誤読の可能性も他の記事以上に高いかもしれない。)まだまだ、初歩の初歩なので、引き続き勉強していきたい。

 

T. Bender and D.M. Broekhuijsen, ‘Great Debates: The Relationship between CSR and Tax Avoidance’, in: Corporate Social Responsibility for Future International Business Lawyers (Eleven International Publishing, forthcoming 2015).

 

■本論文の課題認識 

  • 本論文では多国籍企業におけるCSR*1と租税回避の問題を取り上げているが、ここでいう「租税回避」とは、各国税法には全く抵触しない(脱税ではない)が支払う税額をできる限り少なくしようとする行為のみを取り扱う。
  • 少し前までは、多国籍企業は他の経費と同様に税額の削減に取り組んできたが、近年、税は企業の社会的責任に対する姿勢を示すものとして捉えられるようになってきた。多国籍企業が活動をするそれぞれの国において、"fair share"を納税することが社会的な要請になってきているが、"fair share"とはそもそも何なのか。
  • 多国籍企業が税への向き合い方を考える上でCSRは考慮すべきか?この質問に対する答えの一方の極には、税法の遵守だけが求められているとする主張がある。税法の範囲内での行為は自由であり、株主に対する責任を考えると、租税回避はむしろ義務であるとさえ言えるという立場である。他方の極には、企業には株主だけでなく多様な利害関係者がいるのであり、税は事業上のコストという意味合いを越えて、社会に対する貢献の一部であるとする立場がある。
  • 本論文は「今日の社会的な要請としては、企業は単に税法を遵守していれば済むものではないことは明確」(P.7)という立場をとる。そこで問題は、「CSRの観点から企業が社会から求められている、あるいは認められる税に対する姿勢とはどのようなものか」(同)ということになる。

■具体的な税務案件とCSR 

本論文では多国籍企業が税務上の判断を行う際に、CSRの観点からも考えることができる可能性のあるケースをFashion Groupという架空の多国籍企業を例に、9つ取り上げている(P.8-9)。このうち、日本企業で6.以降を本格的に行う企業は少ないように思うが、1.~5.に関しては税率が判断要素になる場面もあることは否定できないように思う(4.は様々な観点で難しいと思うが)。

  1. 加速償却の利用…ある国では設備投資に対する加速償却を認める制度を導入したが、過去投資分についての適用が認められるため、 Fashion Groupは過去分まで含めて適用したいと考えている。
  2. 低税率国での新工場の設立…工場の新設に当たり、ほぼ同条件の設立候補国があるが、税率の低い方を選択する。
  3. 高税率国での生産を低税率国に移管
  4. 低税率国での優遇税制適用期間が終了後、当該国で行っていた生産をより低い税率が適用できる他国へ移管
  5. 研究開発に対する投資の優遇税制のある国で研究開発センターを設立
  6. 知的財産の所有権を低税率国に移管
  7. グループ内の金融子会社を金融取引優遇税制のある国に設立
  8. ハイブリッドローンを活用した資金提供…資金提供会社側の所在国では資本扱い、受け取る会社側の所在国では借入扱いとなるミスマッチの利用。(資金を受け取る側では金利を支払って損金扱いを受ける一方で、資金提供側では配当として益金不算入。)
  9. 事業上の理由からは必要はないが、租税条約における限度税率を活用することだけを目的に、特定の国に設立した子会社を介在させた取引の実施

CSR観点からの判断要素

さらに、本論文ではCSRの観点から税務を考える際の判断要素、議論の出発点として以下を提示する。(P.10-12)

  • 当該タックスプランニングは税法の精神に合致するか?
  • その取引を行う本当の目的は何か?
  • 当該タックスプランニングは事業目的と合致するか?
  • 価値創造や実際の企業活動が行われる場所と、利益が配分される場所との間に乖離を生むか?
  • 各国の税制の違いを利用していないか?
  • 新興国における税制や執行上の不備を利用していないか?
  • タックスヘイブンを利用していないか?
  • 各国での納税額は、それぞれの国における活動と合致するか?
  • グループ全体での実効税率は合理的に説明できる水準か?

■租税回避に対する姿勢

本論文ではCSRと税の関係について、これは「明確な科学ではなく」、「多国籍企業に対する社会の姿勢や、国際税務の枠組みの変化に応じて変化し得る」(P.14)ことを結論部で述べる。

また、UK Commons Public Accounts Committee議長のMargaret Hodgeが、グーグル、スターバックス、アマゾンについての公聴会で述べた"We're not accusing you of being illegal, we are accusing you of being immoral"(P.14)という発言も取り上げる。

当発言の動画はRethinking International Tax Lawの最初の講義でも取り上げられていた。税法は遵守しているというグーグル幹部の説明(弁明)に対する発言だったように思うが、"immoral"とは、つまり道徳や倫理に反することが問われていることになる。また本論文にて"fair share"という概念も紹介されているが、このような立場に全面的に賛成しつつ、税法を遵守している中での租税回避という行為を取り締まることの難しさは少し想像するだけでもクラクラしてくる。

 

最後に、当論文を離れて、伊藤恭彦「タックスジャスティスー税の政治哲学」(風行社)から、以下の文章を引用したい。多国籍企業による租税回避に対する根源的な批判として、非常に説得力が高いように感じた。(下線は当記事筆者。)

市場は取引という相互行為の複雑な連鎖から成り立っている。その連鎖を通して各人は利益を得ている。しかし、その複雑な連鎖はいろいろな所で搾取や暴力と結びついている。私たちは自らの取引行為をすべてたどり、その中にある搾取や暴力を一つ一つ断ち切ることはできない。そこで搾取と暴力という人間の尊厳を破壊する行為を抑制したり緩和したりする制度への貢献をし、貢献しているならばとりあえず個々の取引の倫理的問題は相互に問わないという形を作っていると考えることができる。…人間の尊厳を損傷する構造を抑止する制度に貢献すれば、私たちは市場から自由に利益を得てもよい。

…脱税や租税回避はこの集合的な尊厳損傷回避への貢献を意図的に行わないことを意味する。さらにそれは…貢献すべき分を自らの取り分ともしている。…市場の暴力的な構造を放置することで利益を得ているという点で、不正義を通して利益を得ていると言うことができる。市場社会というとても便利だが潜在的危険性をはらんだ社会において、尊厳を相互に守るためにお互いに負っているものに背を向けるのが租税回避である。(P.118-119)

*1:企業の社会的責任(きぎょうのしゃかいてきせきにん、英: Corporate Social Responsibility; CSR)とは、企業が倫理的観点から事業活動を通じて、自主的(ボランタリー)に社会に貢献する責任のことである。CSRは企業が利潤を追求するだけでなく、組織活動が社会へ与える影響に責任をもち、あらゆるステークホルダー(利害関係者:消費者、投資家等、及び社会全体)からの要求に対して、適切な意思決定をする責任を指す。CSRは、企業経営の根幹において、企業の自発的活動として、企業自らの永続性を実現し、また、持続可能な未来を社会とともに築いていく活動である。企業の行動は利潤追求だけでなく多岐にわたるため、企業市民という考え方もCSRの一環として主張されている。(Wikipediaからの引用)