移転価格税制の実務研究ノート

移転価格税制の勉強の過程。実務のヒントを探しています。

Amount B続き_公開協議文書への意見書(勉強用メモ⑥)

OECDが2023年7月17日に公表した第1の柱/利益Bに係る公開協議文書(PUBLIC CONSULTATION DOCUMENT Pillar One – Amount B 17 July 2023 –1 September 2023、以下「公開協議文書」という)については、すでに各所で解説されているので、ここではその中の気になる点に触れるとともに、公開協議文書に対して出された2つの意見書を見てみたい。

 

公開協議文書で気になった点

実務上、最も注目したのは、利益Bの適格取引として想定されているベースラインの販売活動に対して適用される、TNMMの適用を前提とした利益率水準について、以下のPricing Matrixが公開されたことである。(「公開協議文書」P.26、Figure 4.1)

上表は売上高営業利益率を示し、利益Bの適格取引の利益率は産業分類と、OAS(operating asset to sales intensity、売上高営業資産率), operating expense to sales intensity (OES、売上高販管費率)の高低に応じて決まるとされている。

このような形でグループの販売子会社の利益率が決まることは、実務的には非常にありがたいことではあるが、ここで気になったのは、売上高営業利益率レンジの狭さ(±0.5%の範囲)である。このようなピンポイントでの利益率の実現が果たして実務上可能なのか、ということである。このようなピンポイントの利益率を実現するためには、「価格調整金」が必要のように考えるが、「公開協議文書」ではそのような記述はなかったように思う。今後、「価格調整金」の使用が広く(バイAPAでの合意のような個別手続きを踏まずとも、また関税や付加価値税上の問題になることなく)認められることはあるのだろうか。

さらに、少し細かい点となるが、「公開協議文書」P.12に適格取引についての二つの条件が以下の通り示されているが、a.はよいとして、b.の販売子会社の売上高販管費率について、非常に高い場合(50%ないし30%を超過する場合)と、低い場合(3%を下回る場合)には対象外とする旨が示されている。非常に高い場合にはベースラインの販売活動を超える活動を行っていることが想定されるため、逆に非常に低い場合には販売活動すら行っていない(在庫を横流しているだけ?)ため、それぞれ利益Bの適格取引の対象外になるのだろうか?前者はベースライン以上の活動を行っているので利益Bの対象外になることは理解できるとして、後者は最も低い利益率(上表のマトリックスにおける分類[E])に該当するとしておけばいいように思うが、なぜあえて利益Bの対象外にするのだろうか?ベースライン販売活動以上にlow function/low riskなのだから、対象外とするのであれば、目安となる考え方なり、利益率なりを提示して議論が起きないようにしてほしい。



Lorraine Eden教授の意見書

”Pillar One Amount B: Simplifying the Arm's Length Principle for Baseline Distribution Activities”と題されたTexas A&M UniversityのLorraine Eden教授の利益Bについての意見書で気になった点を以下に列挙する。(正確には原文に当たって頂きたい。)

  • 利益Bは、公共性のある独占事業(通信会社や水道会社)に対する利益率規制のような経済政策と似たような意味合いを持つ。そのため、このような規制を有効に機能させながらも、規制に伴うマイナス影響を抑制する方法についての知見は経済学の分野で一定蓄積されており、これまでの知見を利益Bの制度設計に活かすべきである。
  • 利益Bは、OECDが提示する利益率を、企業側、税務当局側が利用できるセーフハーバーとして導入すべきである。その際にはすでに2022年版「OECD移転価格ガイドライン」の第4章別添Ⅰ「二国間セーフハーバーにかかるCA間覚書例」に組み込まれているMemorandum of Understanding(MOU、覚書)の建付けと組み合わされるべきである。(当記事筆者補足:当意見書にはこれ以上MOUとの関係についての説明はないが、CA=Competent Authority間で覚書を締結して、その中で「23. 適格企業が本覚書の規定の適用を受けることを選択する場合(a)その課税年度における適格取引に関係する適格企業の税引前純利益は、 適格企業の総純売上高の[]%以上[]%以下とする。」(「2022年版OECD移転価格ガイドラインの第4章別添Ⅰ」より)というような形で利益率を規定することを想定しているものと思われる。)
  • まずはベースライン販売活動にこのような方法を導入し、徐々にその他のベースライン活動(低機能、低資産、低リスクの活動)にも適用を拡大していくのがよい。(上記「OECD移転価格ガイドライン」の第4章別添Ⅰ「二国間セーフハーバーにかかるCA間覚書例」は、低リスク販売サービスのみならず、低リスク製造サービス、低リスク開発サービスも対象にしている。)

 

経団連の意見書

日本経済団体連合会の経済基盤本部が表明した「第1の柱 利益B 公開諮問文書への意見」(以下「経団連意見書」)は、「利益Bについては基本的にセーフハーバーとして企業が選択できるかたちで適用すべきと考える」(1. 総論)と主張する。

「納税者が十分な比較対象企業が確保できている等ALPに基づく最適な手法が正当化できる状況にあると考えられるのであれば、税務当局からチャレンジされるリスクは認識した上で、利益Bの採用を行わない事も選択可能とすべき」(3.(5))とするが、実務的には、「税務当局からチャレンジされるリスク」を取ってまで企業自身で抽出したコンパラブル及びそこから導き出される独立企業間レンジを主張し通すことはかなり厳しいように感じる。

その他、「経団連意見書」で述べられている見解で、実務上気になった、というよりも是非実現してほしい点を列挙する。

  • 「レンジが狭い場合、企業は期中の価格調整等の努力によっても期末に確実にレンジ幅の中に入れられるか期末直前まで分からず実務的な負担が大き」く、上で引用した「公開協議文書」Figure 4.1の±0.5%を「少なくとも±1~2%以上の幅とすることが適切」。(3.(2))
  • 「対象会社が利益Bのレンジ外となった場合、期末、あるいは、翌期に、価格調整金等により必要な所得調整を行うことが想定される。このような価格調整金等による対応が許容されることをガイドラインで明記することが不可欠である。また、この価格調整金に関し、基本的に送金国側での損金性を認めるべきであり」、「寄附金課税や源泉税等が課されることは許容すべきで」なく、また、「関税・付加価値税」とは「切り離して位置付け」られるべきである。(3.(2))

感想

どちらの意見書も、利益Bはセーフハーバーとして導入すべきと述べている。セーフハーバーとして導入されれば、これを適用しない選択を企業側が取りうるものと思われるが、実務的には、適用しない場合には「適用しない合理的な理由の説明」が必要になるはずである。そして、その「合理的な理由」とは「販売子会社ではあるが、利益Bの適格取引で想定されているベースライン販売活動を超える活動を行っている」(逆に「ベースライン活動を下回る活動」を主張する場合もあるかもしれないが)しかあり得ない。

しかし、「ベースライン販売活動を超える活動」かどうかは、主観的な見方に基づくので、企業側、販売子会社所在国の税務当局、親会社所在国の税務当局の間で見解が一致するとは限らない。見解が一致するとすれば、その販売子会社の売上高販管費率が相当高いなど、客観的な指標で示せる場合のみであろう。そういう状態でなければ、企業側としては、このセーフハーバーに従っておくのが無難、ということになりそうである。個人的にはそれでよいと考えるし、販売子会社として適切な利益率水準をOECDと各国税務当局が共同で提示してほしいと考える。

また、さらに、Eden教授が触れているように、利益Bと同様の方法を製造等、他の低機能・低リスクグループ会社にも順次拡大していってほしい。

より近々の実務的な課題としては、経団連意見書の通り、「価格調整金」を「安全に」使用できるような道筋を示してほしい。(±0.5%の幅しか許容しないのに、価格調整金を認めないとすれば実務者泣かせである。OECDや当局側は、企業側がどこまで利益率をコントロールできると思っているのだろうか?)