移転価格税制の実務研究ノート

移転価格税制の勉強の過程。実務のヒントを探しています。

市場の圧力を社内に引き込む(西口敏宏「遠距離交際と近所づきあい」より)

            

移転価格そのものというよりも、管理会計や社内での業績評価について。

 

西口敏宏「遠距離交際と近所づきあい―成功する組織ネットワーク戦略」NTT出版、2007年(以下「本書」)において、フラクタル連鎖(fractal links)というものが説明されている:「フラクタル連鎖とは、構成要素の最小単位における関係性が、スケールを拡大していっても、自己相似的に見られる連鎖様式のことである。…自然界にはフラクタル構造が数多く見られる。例えば、鳥類の羽毛や、動物の脳、肺、腸の断面に至るまで、およそ限られた空間に詰め込まれ、単純な形態によって複雑な機能を自律的に果たすメカニズムには、頻繁にこの構造が見出される…」(P.97)。

(以下も参照。)

この世界を支配する美しき法則「フラクタル」《宇宙一わかりやすい科学の教科書》 | 天狼院書店 (tenro-in.com)

 

本書ではトヨティズムの強みを説明する第3章で、このフラクタル連鎖が説明され、その上で「トヨティズムにおけるフラクタル連鎖の基本ユニットは、ジャストインタイム…で結ばれた『サプライヤー・カスタマー関係』である。その最小単位は二人の成員間の供給者と顧客の関係であ」る(P.98)と指摘されている。以下は本書第3章からの引用(下線は本記事筆者)。

…一人一人が、同時にサプライヤーとカスタマーの役割をこなさなければならないことによって、供給する側と受け取る側という、全く対局的なものの見方、発想法、世界観に日々さらされ、二つの対立し矛盾する要件や問題に、直面することになる。…いくら想像力を働かせても、目に見えない向こうの建物にいる工員Bさんのことは、よく分からない。まして、最終消費者(顧客)のことなど、見当もつかない。ところが、すぐ隣の工員には手が届き、その顔色、態度を観察し、必要ならば声をかけて、同僚がどの程度不満か満足かを、直接確かめることができる。こうしたフラクタル連鎖に埋め込まれ、「カオスの縁」に追いやられるような日々の営みを通して、一人の工員が、二つの対立し矛盾するものの見方と、その間で発生する問題のジャストインタイムによる解決法を、体得する。(P.111)

市場の淘汰の圧力を組織内に「引き込み」、「擬似市場」的な機能を組織内に浸透させる。このことによって、待ったなしの問題解決への圧力が組織の隅々にまで行きわたり、官僚主義、事なかれ主義、無責任体制の打破を促す。(P.112)

市場の変化や…多様な要求に代表される外部ニーズに圧力を、複雑な制御機構や込み入ったルールに頼らずに、いかにして組織の内部、あるいはサプライチェーンなどを含む複雑なシステムの隅々にまで浸透させるかが、組織の存亡を決する重大な課題となる。(P.359)

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低リスク製造子会社の製品を親会社が買い取る際の売上価格設定は、移転価格税制に基づけば、製造子会社で製造にかかったコストに一定利益を上乗せして設定する方法が一般的であると思われる。しかし、この方法では「市場の淘汰の圧力を組織内に『引き込み』、『疑似市場』的な機能を組織内に浸透させ」ることができない。製造子会社はかかったコストを、かかった分だけ売上価格として請求できることになるからである。

そうではなくて、この製造子会社と親会社を含むグループ全体が最終得意先に販売する際の売上価格、という市場での取引価格を、何らかの形で「市場の淘汰の圧力」として、この製造子会社の親会社向け売上価格に一定反映させる必要がある。グループ企業全体として市場に対峙している関係と相似の関係を、フラクタル連鎖として、親会社と製造子会社との間に構築するのである。うまく構築できれば、製造子会社の損益計算書は、その製造子会社が生産している製品単位でのグループ連結損益と相似したものとなるはずである。そして、このようにしなければ、製造子会社にはコストダウンや改善活動のドライブはかからないし、事業運営に主体的に参画している認識が醸成されないであろう。

 

移転価格税制に基づく価格設定をするのは税法を遵守するという意味では当然ではあるが、それだけでは企業経営は成り立たないと思われる。「市場の淘汰の圧力」を取り込む方法は、製造子会社から親会社への売上価格に、最終顧客への売上価格の要素を反映させることだけではないと思われるが、何らかの形で市場圧力を引き込む工夫をしない限り、製造子会社の運営は自社都合のみを優先することになってしまうと思われる。