移転価格税制の実務研究ノート

移転価格税制の勉強の過程。実務のヒントを探しています。

移転価格課税を受けた場合の相互協議の手続き

日本または国外関連者の所在国で移転価格課税を受けた場合の相互協議の手続きについて、以前の記事でも取り上げたEY税理士法人編「BEPS対応 移転価格文書化の実務入門」(中央経済社)の「5.4 租税条約に基づく救済手続」に沿って、その根拠条文を見ていきたい。

 

目次

 

■1. 相互協議とは

「Q&A」Q1-1 相互協議とはどのような手続でしょうか。
○ 相互協議(MAP:Mutual Agreement Procedure)とは、租税条約の規定に基づき、主に以下の事項について、租税条約締約国等の税務当局間で解決を図るための協議手続です。
1  一方の又は双方の締約国等の措置による租税条約の規定に適合しない課税
2  独立企業間価格の算定方法等に係る事前確認(APA:Advance Pricing Arrangement)

 

「Q&A」Q1-3 租税条約には相互協議を実施する根拠となる規定があるのでしょうか。
○ 一般に、租税条約には、相互協議の手続について定めている規定(相互協議規定)があり、この規定が相互協議を実施する根拠となります。…

(参考)我が国が締結している租税条約は、おおむね…OECDモデル租税条約…に沿った規定を採用しています。OECDモデル租税条約には、以下の相互協議規定が設けられています。

OECDモデル租税条約第25条(仮訳)
1. 一方の又は双方の締約国の措置によりこの条約の規定に適合しない課税を受けたと認める者又は受けることになると認める者は、当該事案について、当該一方の又は双方の締約国の法令に定める救済手段とは別に、いずれかの締約国の権限のある当局に対して申立てをすることができる。当該申立ては、この条約の規定に適合しない課税に係る措置の最初の通知の日から3年以内に、しなければならない。
2. 権限のある当局は、1の申立てを正当と認めるが、自ら満足すべき解決を与えることができない場合には、この条約の規定に適合しない課税を回避するため、他方の締約国の権限のある当局との合意によって当該事案を解決するよう努める。成立したすべての合意は、両締約国の法令上のいかなる期間制限にもかかわらず、実施されなければならない。
3. 両締約国の権限のある当局は、この条約の解釈又は適用に関して生ずる困難又は疑義を合意によって解決するよう努める。両締約国の権限のある当局は、また、この条約に定めのない場合における二重課税を除去するため、相互に協議することができる。
4. 両締約国の権限のある当局は、2及び3の合意に達するため、直接相互に通信すること(両締約国の権限のある当局又はその代表者により構成される合同委員会を通じて通信することを含む。)ができる。
5.
a)一方の又は双方の締約国の措置によりある者がこの条約の規定に適合しない課税を受けた事案について、1の規定に従い、当該者が一方の締約国の権限のある当局に対して申立てをし、かつ、
b)当該事案に対処するために両締約国の権限のある当局から求められる全ての情報が両締約国の権限のある当局に対して提供された日から2年以内に、2の規定に従い、両締約国の権限のある当局が当該事案を解決するための合意に達することができない場合において、
当該者が書面によって要請するときは、当該事案の未解決の事項は、仲裁に付託される。ただし、当該未解決の事項について、いずれかの締約国の裁判所又は行政審判所が既に決定を行った場合には、当該未解決の事項は仲裁に付託されない。当該事案によって直接に影響を受ける者が、仲裁決定を実施する両締約国の権限のある当局の合意を受け入れない場合を除くほか、当該仲裁決定は両締約国を拘束するものとし、両締約国の法令上のいかなる期間制限にもかかわらず実施される。両締約国の権限のある当局は、この5の規定の実施方法を合意によって定める。

■2. 申立手続き

①移転価格課税を受けた場合に相互協議の申立てができる。

「指針」2-3 相互協議の申立てができる場合
(1) 相互協議の申立ては、租税条約の規定に基づき、租税条約等実施特例省令第12条第1項《租税条約の規定に適合しない課税に関する申立て等の手続》…の規定に従って、例えば、次に掲げる場合に行うことができる。
イ 内国法人とその国外関連者との間における取引に関し、我が国又は相手国等において移転価格課税を受け、又は受けるに至ると認められることを理由として、当該内国法人が相互協議を求める場合
(注)1 …
2 内国法人は、その国外関連者が当該内国法人との間における取引に関し相手国等において国税通則法第65条第5項《過少申告加算税》の規定の適用を受ける同法第19条第3項《修正申告》に規定する修正申告書の提出に相当する行為を行うことにより生ずる二重課税の排除を目的として、相互協議の申立てを行うことができることに留意する。

②相手国当局から相互協議の申し入れがあった場合には、内国法人が相互協議の申立をすでに行っているかどうかが確認される。

「指針」3-23 移転価格課税等に係る相互協議の申入れがあった場合の手続
(1) 相手国等の権限ある当局から相互協議の申入れ(内国法人が当該相手国等の権限ある当局に対して行った相互協議の申立てに係るものを除く。)があった場合において、当該申入れが内国法人とその国外関連者との間における取引に関する移転価格課税に係るものであるとき等、相互協議の結果、内国法人の所得金額等が変更される可能性があるときは、庁相互協議室は、当該申入れに係る事項が租税条約において相互協議の対象とされているものでない場合を除き、当該内国法人が租税条約の規定に基づく相互協議の申立てを行っているかどうかを確認する。
(2) (1)の確認を行った場合において、6(1)により当該内国法人が相互協議の申立てを既に行っているとき又は行うときは、その後の手続は第2に定めるところによる。
相互協議の申立には「相互協議申立書」と添付資料を庁相互協議室に提出する。添付資料には「課税の事実を証する書類の写し」等がある。また実際の課税を受ける前の「課税を受けるに至ると認められる」場合にも申立をすることができる。

 

「指針」2-6 相互協議の申立ての手続
(1) 相互協議の申立ては、「相互協議申立書」(別紙様式1)及び次に掲げる資料(以下「添付資料」という。)を、庁相互協議室に提出することにより行われるものとする。…
イ 申立者が行った相互協議の申立てが我が国又は相手国等において租税条約の規定に適合しない課税を受けたと認められることを理由として行われるものである場合には、更正通知書等当該課税の事実を証する書類の写し、当該課税に係る事実関係の詳細及び当該課税に対する当該申立者又はその国外関連者の主張の概要を記載した書面(申立者が行った相互協議の申立てが我が国又は相手国等において租税条約の規定に適合しない課税を受けるに至ると認められることを理由として行われるものである場合には、課税を受けるに至ると認められる事情の詳細及び当該事情に対する当該申立者又はその国外関連者の主張の概要を記載した書面)

③相互協議の申立には期間制限があり、相手国との租税条約を確認する必要がある。

「指針」2-4 期間制限
租税条約によっては、相互協議の申立ての期間制限があることに留意する。

 

例:日中租税条約 第25条 不服申立て及び両国当局間の協議

1 いずれか一方の又は双方の締約国の措置によりこの協定の規定に適合しない課税を受けたと又は受けることになると認める者は、当該事案について、当該締約国の法令に定める救済手段とは別に、自己が居住者である締約国の権限のある当局に対して又は当該事案が前条1の規定の適用に関するものである場合には自己が国民である締約国の権限のある当局に対して、申立てをすることができる。当該申立ては、この協定の規定に適合しない課税に係る当該措置の最初の通知の日から三年以内に、しなければならない。

④相互協議の正式な申立前に、相互協議室に事前相談を行うことが強く推奨されている。

「指針」2-5 事前相談
(1) 庁相互協議室は、個人又は法人から相互協議の申立て前に相互協議に係る事項についての相談(当該個人又は法人の代理人を通じた匿名の相談を含む。以下「事前相談」という。)の要請を受けた場合には、これに応じ、必要な助言を行う等、適切に対応する。
 

「Q&A」Q2-3 相互協議の申立て前に国税庁に相談ができるのでしょうか。
○ 国税庁相互協議室は、相互協議の申立てを行うことを検討している方からの事前相談に応じておりますので、積極的に利用されることをお勧めします…。…
○ 事前相談は予約制としておりますので、相談を希望される方は国税庁相互協議室にご連絡いただき、予約をお願いします(連絡先はQ2-2参照)。

 

「Q&A」Q2-4 事前相談はいつまでに行う必要がありますか。
○ 事前相談については、期限はありませんが、相互協議が効果的かつ円滑に行われるよう、租税条約の規定に適合しない課税を受けた場合又は受けることとなった場合には、できるだけ早めに相談されることをお勧めします。… 

■3. 相互協議の実施

①相互協議にあたって、相互協議室から資料の提出やその説明を求められる。

「指針」2-9 資料の提出
(1) 庁相互協議室は、申立者に、相互協議の実施のために必要と認められる資料の提出を求める。

 

「指針」2-11 提出資料等の説明
庁相互協議室は、必要に応じ、申立者…に、添付資料その他の提出資料についての説明を求める。

②相互協議室からは進捗上の説明や、合意に先立って意向の確認も行われる。

「指針」2-15 申立者への相互協議の進ちょく状況の説明
庁相互協議室は、申立者…からの求めにより、又は必要に応じ、相互協議の実施に支障のない範囲において、相互協議の進ちょく状況を当該申立者に説明する。

 

「指針」2-16 合意に先立っての申立者の意向の確認
(1) 庁相互協議室は、相手国等の権限ある当局と合意に至ると認められる状況となった場合には、合意に先立ち、合意案の内容を文書で申立者に通知するとともに、当該申立者が当該合意案の内容に同意するかどうかを当該申立者に確認する。
(注) 庁相互協議室は、申立者に対し、合意案の内容に基づき計算された本税の額に連動して、国税通則法第2条第4号《定義》に規定する附帯税の額が変更される可能性があることを、必要に応じ、説明する。
(2) 庁相互協議室は、(1)により申立者が合意案の内容に同意することを確認した後に、相手国等の権限ある当局と合意する。 

■4. 相互協議合意後

①相互協議室から合意の通知が行われる。

「指針」2-17 相互協議の合意の通知
(1) 庁相互協議室は、相互協議において合意に至った場合には、申立者に、「相互協議の合意について(通知)」(別紙様式2)…により、合意に至った年月日(以下「合意日」という。)及び合意内容を通知する。

②合意後の手続きとしては、日本課税案件の場合は更正請求不要、相手国課税案件の場合は、合意後2ヵ月以内に更正の請求を行う。

「Q&A」Q2-18 国税庁相互協議室から、「相互協議の合意について(通知)」を受領しました。この後、何か手続を行う必要はあるのでしょうか。

源泉徴収以外の課税事案)
○ 我が国において更正・決定を行った課税事案について相互協議の合意に至ったことにより、申立者の納税申告書に係る課税標準等又は税額等のうちに減額されるものがある場合は、国税通則法第26条《再更正》の規定に基づき、職権による更正を行います。したがって、更正の請求を行っていただく必要はありません。
○ 相手国等において更正・決定を行った課税事案について相互協議の合意に至ったことにより、申立者の納税申告書に係る課税標準等又は税額等のうちに減額されるものがある場合は、申立者は、租税条約等実施特例法第7条第1項又は第2項《租税条約に基づく合意があった場合の更正の特例》の規定に従って、当該合意の日の翌日から起算して2か月以内に、国税通則法第23条第1項又は第2項《更正の請求》の規定に基づく更正の請求を行っていただく必要があります。

 

国税通則法 第二十六条(再更正)

税務署長は、前二条又はこの条の規定による更正又は決定をした後、その更正又は決定をした課税標準等又は税額等が過大又は過少であることを知つたときは、その調査により、当該更正又は決定に係る課税標準等又は税額等を更正する。

 

国税通則法 第二十三条(更正の請求)

2 納税申告書を提出した者又は第二十五条(決定)の規定による決定(以下この項において「決定」という。)を受けた者は、次の各号のいずれかに該当する場合(納税申告書を提出した者については、当該各号に定める期間の満了する日が前項に規定する期間の満了する日後に到来する場合に限る。)には、同項の規定にかかわらず、当該各号に定める期間において、その該当することを理由として同項の規定による更正の請求(以下「更正の請求」という。)をすることができる。

三 その他当該国税の法定申告期限後に生じた前二号に類する政令で定めるやむを得ない理由があるとき 当該理由が生じた日の翌日から起算して二月以内

 

国税通則法施行令 第六条(更正の請求)

法第二十三条第二項第三号(更正の請求)に規定する政令で定めるやむを得ない理由は、次に掲げる理由とする。

四 わが国が締結した所得に対する租税に関する二重課税の回避又は脱税の防止のための条約に規定する権限のある当局間の協議により、その申告、更正又は決定に係る課税標準等又は税額等に関し、その内容と異なる内容の合意が行われたこと。

③相手国課税案件の場合、当局は更正請求に基づき、対応的調整を行う。

租税条約等の実施に伴う所得税法法人税法及び地方税法の特例等に関する法律

第七条(租税条約に基づく合意があつた場合の更正の特例)
相手国等の法令に基づき、相手国居住者等又は居住者(所得税法第二条第一項第三号に規定する居住者をいう。以下この条において同じ。)若しくは内国法人に係る租税(当該相手国等との間の租税条約の適用があるものに限る。)の課税標準等…につき更正…又は決定…に相当する処分があつた場合において、当該課税標準等又は税額等に関し、財務大臣と当該相手国等の権限ある当局との間の当該租税条約に基づく合意が行われたことにより、居住者の各年分の各種所得の金額…、内国法人の各事業年度の所得の金額、各連結事業年度の連結所得の金額若しくは各課税事業年度…の基準法人税額…又は相手国居住者等の各年分の各種所得の金額、各事業年度の所得の金額若しくは各課税事業年度の基準法人税額のうちに減額されるものがあるときは、当該居住者若しくは当該内国法人又は当該相手国居住者等の更正の請求…に基づき、税務署長は、当該合意をした内容を基に計算される当該居住者の各年分の各種所得の金額、当該内国法人の各事業年度の所得の金額、各連結事業年度の連結所得の金額若しくは各課税事業年度の基準法人税額又は当該相手国居住者等の各年分の各種所得の金額、各事業年度の所得の金額若しくは各課税事業年度の基準法人税額を基礎として、更正をすることができる。

■5. 事前確認申請との関係/国内救済手続との関係

  • 「実務では移転価格課税に関する更正処分を受けた後に、将来の課税リスクを回避するために、将来年度の事前確認申請を行うことがあります。」(上記 EY税理士法人編 P.198 )
  • 移転価格課税を受けた場合、①課税対象年度、②課税対象年度より後の年度で進行期までの過去年度、③進行期以降の将来年度、の3期間が存在することになるが、③は事前確認の対象となり、②もロールバックにより事前確認を準用できるとのこと。この場合の②③についての事前確認は、①の相互協議のどの段階で申し立てを行うべきなのか、はよくわからなかった(①の相互協議の申立時からその意向を相互協議室に伝え、指示を仰ぐ?)。
  • なお、移転価格課税を受けた場合、国内救済手続きと相互協議手続きは、同時に申し立てることができる。「日本で移転価格課税が行われた場合には、納税者は国内救済手続と相互協議手続の双方の申立てを同時に行うのが一般的です。これは、相互協議での合意が得られない場合に備え、実務上は国内救済手続を行うとともに、相互協議優先の嘆願書を提出することで、国内救済手続の権利を留保するためのものです。」(上記 EY税理士法人編 P.185 )